秋乃とデート 地獄のスイーツキングダム

 冬梨と別れた俺はその足で秋乃との待ち合わせ場所である駅前まで歩いていった。寮長の企画したデート大作戦の最後…秋乃とのデートである。


 最初はどうなることかと思ったデート企画だったが、今の所順調にいっているとは思う…多分。


 当初の目的通り、女性に対してこの場面ではどう行動するべきか? とか、こういう考え方もあるのか…という知見が得られたし、女性たちの方でも男性とはこういう感じなんだというものを各々学んでくれているのではないだろうか?


 結局、お互いを良く知るには一緒に長い時間を過ごすというのが一番いいという事なのだろう。一見無茶苦茶に見えた無理やりなデート企画も蓋を開けてみれば俺たちの成長に大いに役立っていたということか。今回に関して言えば企画した寮長に頭が下がる思いである。


 寮長は普段のクズな言動さえなければ結構尊敬できる人なんだけどなぁ…。如何せんその普段のマイナス面が大きすぎるのだ。普段の寮長の言動をマイナス10000点とすると、たまにいい事する寮長はプラス10点とする。マイナス10000点にたかだか10点プラスされようがさほど評価は変わらないという事だ。


 …こう考えてみると普段の言動って大事だな。俺もクズな言動はしないように気を付けよう…。寮長や氏政みたいになったら敵わん。


 そう思考しながら歩いていると、いつの間に色彩駅前に到着していた。スマホで時間を確認すると16時5分前、ちょうどいい時間に到着した事になる。俺は秋乃が先に来ていないかキョロキョロと見回すが、まだ彼女の姿はどこにも見えなかった。そのうち来るだろうと秋乃のreinに『駅前の噴水の所で待っている』とメッセージを入れる。


 俺はベンチに座って何気なく空を見上げた。今日の天気予報では1日中曇りと出ていたのに昼頃からお日様が顔を出し、夕方になった今ではそのお日様が茜色に輝いてこのあたりを照らしている。以前に比べると大分日が長くなったものだ。


 色々あって忘れていたが、日が長くなった事でもうそろそろ夏が近づいてきているというのを思い出した。来週で6月は終わり、そして再来週からは7月が始まる。「夏」本番の到来であり、7月中旬にある試験が終われば俺達大学生は約2か月という長い夏休みに突入する。


 その昔、誰かが言った『夏は恋の季節だ』と。一説によると夏の暑さが人間の判断基準を狂わすが故に男女がくっつきやすくなるらしい。

 

 俺も一歩ずつではあるが、着実に彼女を作るために進んでいるというのは感じる。この夏…俺は何か起こることを感じずにはいられなかった。願う事なら…俺にとっていい夏になって欲しい。


「ごぉめぇ~ん!!! 兼続君待ったぁ~?」


 突然右の方からドタドタと走る音と俺を呼ぶ声が聞こえた。どうやら待ち人が到着したらしい。俺はベンチから腰を上げるとその人物の方を見た。


「いいや、今来たとこだよ」


「ごめんねぇ。ハァハァ…。身だしなみを…整えるのに…時間がかかっちゃって…」


 彼女は俺の傍まで走ってくるとゼェゼェと息を吐きながら呼吸を整える。そういえば美容院に行くって言ってたな。俺とのデートのためにそこまで気合いを入れてくれるなんて…秋乃は真面目なんだなぁ。


 見ると確かにいつもはフワフワしている彼女の茶色の髪がツヤツヤのストレートになっていた。フワフワした髪型の秋乃からは包容力とか柔らかさを感じるが、今日のストレートの髪にした秋乃はいつもとは違う大人っぽさというものを感じる。


「髪…少し変えた? いつもの髪型もいいけど、今日のもいいね」


「うん、ちょっとだけ変えてみたの/// 美容師さんからこっちの方が大人っぽく見えるからデートの時にお勧めだよって言われて///(キャー/// 兼続君気づいてくれた//// 今日のために沢山オシャレしたもんね。デートが決まった次の日に予約した甲斐があった~///)」


 彼女はまだ息が上がっているのか赤い顔をしながらそう答える。おそらく走ってきたせいだろう、しんどそうである。水分を飲ませて少し休ませた方が良さそうだ。そう思った俺は近くの自販機に向かうと水を買い、彼女に手渡した。


「大丈夫か? ベンチに座ってちょっと休みなよ」


「あ、ありがとう///」


 彼女はそう言うとベンチに座り、俺から受け取った水をゴクゴクと飲む。よほど喉が渇いていたんだろう。赤い顔をしながら水を飲む彼女の姿が少し艶めかしい。


 俺はここで再び彼女の全体像を見る。服の方もかなり気合を入れてきている様だ。涼し気な水色のブラウスにティアードスカート、可愛らしくもあり女性らしくもあるフェミニンスタイルだ。


 身だしなみを整えるのに時間がかかったというだけあって、とても似合っていると言わざるを得ない。


「服も可愛いね。俺とのデートのために時間をかけて選んでくれたんだ?」


「そ、そうそう/// 服選ぶのに時間かかっちゃって…(言えない/// 本当は服は30分で選び終わってて、今日何かあった時のための勝負下着を選んでたら3時間もかかって遅刻しそうになったなんて絶対言えない////)」


「???」


 なんだか彼女の顔の朱色が増した気がしたが…、どうしたのだろうか? まぁ昼から日が出てじわじわと暑くなってきたからな。まだ走って来た時の体の熱が抜けてないんだろう。


「まだしんどい? もう少し休んでから出発しようか」


「そ、そうだね。まだ…体がちょっと熱いかも…」


 俺たちはしばらく6月後半の生ぬるい風を楽しみながら秋乃の息が整うまでベンチに座って休むことにした。千夏とのデートで女性はこまめに休ませた方が良いと俺も学んだからな。


 そして10分後、秋乃の息が大分治まって来たので気を取り直してデートに出発することにした。…のだが。


グゥ~


 駅前に大きな腹の虫が響き渡った。もちろん俺では無い。俺は昼飯としてラーメンと冬梨から貰った満漢全席弁当の一部を貰って食べたので、腹の虫が鳴くほどお腹が減っているというのはあり得ない。


 と…なると、このバカでかい腹の虫の犯人は…。俺は視線を少しずつ上げながら秋乃顔を見た。秋乃の顔は先ほど見た時よりもさらに赤く、熟したトマトもびっくりするぐらいの赤色に染まっていた。


「あー…。なんかさっき凄い犬の鳴き声がしたね? シベリアンハスキーかな?」


「いや今のを犬の鳴き声と言い張るのは無理があるだろ!? 秋乃、お腹減ってるのか?」


「うう…。ごめんなさい…。美容院行って服選んでたらお昼食べ忘れちゃって…////」


「じゃ、まずは軽く腹ごしらえでもする?」


 秋乃は赤く染まった顔でコクリと頷いた。今日のデートはもちろんレストランの予約などを入れてあるのだが、予約は今から3時間半後である。流石にそれまで秋乃に空腹を我慢しろというのも可愛そうなので、本来の予定を変更して何か食べれる場所へ行くことになった。


 俺の知ってる何かを軽く食べれる場所…。そうだ! この前みんなで行ったがあるじゃないか。確かデート情報誌にもあそこはカップルにも人気の店だと書いてあったし、秋乃も気に入るはず。それに俺も複数人ではなく2人で行ってみたかったのだ。そう思った俺はその場所に秋乃を連れて向かっていった。



○○〇



「スイーツキングダム?」


「雑誌とかでお菓子が美味しいお店として紹介されてたんだ。秋乃もお菓子好きでしょ? 気に入ると思って」


「うん、お菓子大好き♪ 楽しみだなぁ」


 俺は秋乃と一緒に以前みんなで行ったスイーツショップである『スイーツキングダム』へと足を運んでいた。軽く食べるのにお菓子食べ放題の店に行くのもどうかと思うかもしれないが、正直俺も昼飯がちょっと食べ足りなかったので夕食までに少し腹に入れておきたかったのだ。


 『スイーツキングダム』は店の雰囲気もデートで使うのに悪くは無いし、何より1度入ったことがあるので勝手がわかっているというのが個人的にでかい。おススメのスイーツなどを秋乃にドヤ顔で進めることができるのだ。…まぁ全部冬梨の受けおりだが。


 そこらの飲食チェーンなどに入るよりはマシであろうとの判断である。…ここも少し反省だな。軽く食べられる店というのをもう少し調べておくべきであった。ガッツリ食べる店しか調べてこなかったからな。


 定満後輩の「アクシデントが起こった際のサブプランを考えておいた方が良い」という言葉が胸にグサリと刺さる。スマン、定満。せっかくもらったアドバイスを無碍にしてしまった。


 俺たちは『スイーツキングダム』に着くと自動ドアを通って中に入る。そして店員さんに「2名です」と告げ、レジでお金を払うと中に入っていった。


「うわぁ~、本当にお菓子が山のようにある! 匂いが甘~い」


 秋乃は店内に入ると辺りを見渡して興奮している様だ。やっぱり女の子はみんなお菓子が好きらしい。まぁ俺も最初店内に入った時その種類の多さにびっくりしたからな。流石キングダム(王国)というだけある。


「荷物は俺が見てるから先に取っておいで」


「いいの? ありがとう兼続君!」


「あっ、ちなみにこの店のおススメはイチゴのショートケーキな。いいイチゴを使っているからイチゴの酸味とケーキの甘さのバランスがいいらしい」


 俺はドヤ顔で冬梨から教えて貰った知識を披露する。ありがとう冬梨、お前から教えて貰った知識が活躍したぞ。


「そうなの? 兼続君って物知りなんだね。じゃあそれとってこよーっと」

 

 秋乃は笑顔になってお菓子を取りに行く。彼女も機嫌がいいみたいだし、この店をチョイスしたのは成功だったようだ。



○○〇



 …スイーツキングダムに入店して1時間ほど経っただろうか。俺と秋乃は軽く腹ごしらえを済ましたので2人でお茶でも飲みながら談笑していた。


 そこでたまたまメニュー表を見ていた秋乃がパッと顔を輝かせてこちらを見る。


「ねぇねぇ兼続君! この店カップル専用メニューっていうのがあるんだって。2人で注文してみない?」


 秋乃は顔をウキウキさせがら興奮した様子でメニュー表を指さしている。カップル限定メニュー? そういえばそんなものもあったなぁ…。前回来た時はそれでえらい目にあったからな。存在が俺の記憶から消去されていたようだ。


「『カップル限定! あま~い愛を ラブラブストロベリーパフェ』『カップル限定! 二人で一緒に飲む ハワイアントロピカルジュース』『カップル限定! 舌が痺れるほどの愛を 激辛ジャワカレー』『カップル限定! ハートを打ち抜け! 激辛ロシアンルーレットたこ焼き!』…だって、どれを注文する?」


「注文するのは確定なのか? というか後半のメニューおかしくない?」


「だって…その/// せっかくのデートなんだしこういうの頼んでみたいじゃない////」


 彼女は赤く染まった顔をメニュー表で半分隠しながら言う。くそっ、可愛いじゃないか。


「分かったよ。今は秋乃とデート中だもんな。ちなみにストロベリーパフェが絶品らしいぞ」


「えへへへへ、ありがとう。じゃあ兼続君おススメのストロベリーパフェにしようっと」


 彼女はルンルンで店員さんの呼び出しボタンを押す。数秒後、チャイムに反応した店員さんがやって来た。


「いらっしゃいませー! 何かご注文でしょう… あっ、3股の人…」


「えっ? 3股?」


「なんでもない!なんでもない! ほら、秋乃注文するんだろ?」


 なんと注文を取りにやって来たのは前回来た時に俺たちがカップル限定メニューを注文したのと同じ店員さんだった。どうやら寮長の思惑通り、俺は「3股の人」と店員さんに覚えられているらしい。


 クソッ、こんな時に前回の汚点が響いてくるなんて…。本当に寮長は碌な事をしない。1時間ほど前に寮長を褒めたが撤回させてもらおう。


「えっと…この『カップル限定! あま~い愛を ラブラブストロベリーパフェ』をお願いします。えへへへへへ////」


 秋乃はカップル限定メニューを注文できるのがよっぽど嬉しいようだ。まぁ文字通りカップルだけしか注文できないからな。限定のメニューが食べれるのが嬉しいのだろう。人間誰しも「限定」という言葉には弱いのだ。


「か、かしこまりましたぁ~。(この前とは違う娘…まさか4股?)」


 おいっ、ボソッと言ってるの聞こえてるぞ! でも悪いのは変なことしたこっちだしなぁ…。店員さんを責めるに責められない。


 …どうか秋乃に余計な事がバレませんように…。



○○〇



 数分後、店員さんが巨大なパフェを持ってきた。


「わぁ~! すご~い! 写真より大きい~! おいしそ~!」


 秋乃は大興奮でパフェを見ている。彼女が喜んでいるのは嬉しいのだが、俺の心中は穏やかではなかった。


「(彼氏さん彼氏さん)」


 俺は店員さんに肩をつつかれ小声で話しかけられる。


「(カップル限定メニューを注文された方には記念写真をお願いしてるんですけど…どうします? 今日は撮らない方がいいですか?)」


 あっ、記念写真の存在をすっかり忘れていた。もちろん記念写真など取ればめんどくさい事になりかねないので俺は秒でその提案を受け入れた。どうやらこの店員さんは配慮の出来る有能な店員さんだったみたいだ。


「(お願いします…)」


「(わかりました。何人目の彼女さんか知りませんが、バレないといいですね)」


 別に俺が4股とかいう不貞行為を働いているわけではないのだが…。クソ、寮長のせいで…。でもとりあえず危機は去ったみたいだ。あの店員さんが機転の利く人で助かった。今度会ったらお礼を言っておこう。


「あれ? 『カップル限定メニューを注文した人には記念写真をお願いしてる』って書いてあるよ? せっかくだから撮ってもらおうよ兼続君! 店員さん! お願いしてもいいですか?」


「あっ、はい。かしこまりました…」


 …どうやら逃げられなかったようだ。


 俺は無理やり笑顔を作るとパフェを中心にて秋乃と一緒にピースサインをして写真を撮る準備を整えた。おそらく俺の人生で一番緊張した写真だと思う。


「い、いきますよー。はい、1足す1は?」


「「にー」」


パシャリ


「で、ではこの写真はお帰りの際にレジの者に言って下されば差し上げますので…。あとあそこのカップルの写真スペースにも貼っておきます…。では…ご、ごゆっくり~」


 店員さんは引きつった笑顔をしながらこの場から去っていった。ありがとう店員さん、あなたはよくやったよ…。


「カップルの写真スペースかぁ…。ちょっと見てこよっと」


「あ、秋乃。あんなの見ても楽しくないと思うぞ…」


「そう? 幸せなカップルたちの写真ってこっちまで幸せになれそうでいいじゃない?」


 なんとか彼女を引き留めようとしたが無駄だったようだ。これはもう…ダメかもしらんね…。



○○〇



「ねぇ…兼続君」


 ああ、俺の耳にそれまでご機嫌だった秋乃の声とは真逆のえらく低い声が聞こえてくる。


「なんかね、カップルの写真スペースに兼続君とよく似た人の写真があるんだけど…どういうことなのか私にも説明して貰えないかなぁ~? それにさっき店員さんが言ってた3股の意味も…」


「アッ、ハイ。わかりました…」


 寮長! ガチで恨むからなぁ!!!!



○○〇



※作者からのお願い


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