美春とデート 先輩が頓珍漢と言われていた訳が分かった

 俺たちは3回目の挑戦でなんとか『ゾンビハザード12』をクリアすることに成功した。時計を見ると20時過ぎ、時間にしてクリアに約4時間ほどかかったようである。ゲームをクリアした俺と先輩は何とも言えない達成感と倦怠感を感じながら色バラを後にした。


「な…なんとかクリアできた」


「今作があんなに難易度が上がっているとは思わなかったわ…。前作は比較的簡単だったんだけど…」


 まさかラスボスに第2形態があるとは思わなかった。第2形態に変態したラスボスは縮地ゾンビを大量生産するようになり、処理するのが大変だった。


 それに加えて縮地ゾンビが縮地をする際に『パシュン!』とSEが鳴るのだが、あまりにも大量のゾンビが縮地をするためSEが連続で鳴り響き『パシュパパパパパパパシュパシュンパパパパパパパシュン』と音がバグった不協和音みたいになってこちらの精神力を徐々に削りに来ていたのも難しさに拍車をかけていたと思う。あれ絶対設定ミスだろ…。


「ごめんなさい兼続。あたしの我儘で何時間もゲームさせちゃって…」


「いえ、俺もなんだかんだ結構楽しかったですし」


 確かにゲーム自体は苦痛だったが、美春先輩とゲームを一緒にすることによって彼女の新たな一面を発見できたというのが個人的には嬉しかった。負けず嫌いな所や、ゲームをクリアした時に子供の様にはしゃぐ一面など、普段の先輩からは想像もできなかった部分を垣間見ることができて意外にも満足感は大きい。


「そう、ありがとう」


 先輩はニカッと笑ってその綺麗な顔で俺に笑顔を向けてくる。だからそういう風に子供っぽい表情を見せるのは反則ですって。普段は大人っぽい人がやる子供っぽい笑顔はギャップがすさまじくて破壊力が物凄い。


「さて、ゲームやったらお腹が減ったわね。少し遅くなったけど夕食に向かいましょう?」


「はい、俺ももうお腹ペコペコですよ」


 スマホで時計を確認するともう20時半近くになっていた。寮での食事が基本19時ということを考えると結構遅い時間である。


「あたしのおススメのお店でご飯にしましょ? 美味しい所だから期待しておいて♪」


 先輩はそう言って俺にウィンクしてくる。先輩のおススメの店…俺は頭の中にオシャレなバーやレストランを想像した。俺もこの年になってようやくオシャレな店未経験童貞というのを卒業できるのかと思うと少し緊張する。


 オシャレな店というのは基本的に「彼女持ち以外お断り!」という雰囲気を感じるので1人では中々入りづらいのだ。男同士で行くというのもなんか違うし…。回転寿司やファミレス程度なら俺も1人で入れるのだが。


 果たしてあの美春先輩のおススメの店とは一体どういう所なのだろうか? 俺は期待に胸を膨らませるながら彼女の後に着いて行った。



○○〇



「ここがあたしのおススメの店よ!」


「えっ!? あっ…はい…」


 先輩に連れていかれた場所…それは大学近くにある『猫宮』という個人経営の飯屋だった。俺が頭の中に想像していたオシャレな店のイメージがズコズコと音を立てて崩れ落ちる。


「ここのご飯スッゴク美味しいのよ! 値段も安いし♪」


「はぁ…」


 知っている。というかむしろ色彩大学に通う学生でここを利用した事がない学生の方が少ないのではないだろうか? 安くて美味いがモットーの定食屋で俺もたまに利用している。ちなみにハンバーグ定食が絶品だ。


「ちなみにハンバーグ定食があたしの一押しよ」


「あっはい…」


 確かに料理が美味しい店…という事は間違いないであろう。俺もここの料理好きだし。だがデートでここに来る…というのもどうなんだろうと俺は首を傾げた。


 店には少し失礼な言い方だが『猫宮』にはオシャレ感というものはほとんどなく、内装は素朴な感じの地域の定食屋と言った感じの店で、客層はそれこそ色彩大学の学生や近くに住んでいるおっさん連中などが良く利用する店である。


 当然だがカップルで来る奴など見たことが無いし、ムードなど欠片もない。今もおっさん連中が隣の席で酒を飲んで大盛り上がりしている。


 先輩がお勧めの店…というとオシャレな店を想像していたせいか尚更拍子抜け感が強い。いや、この店が悪いわけじゃないけどね。


「すいませーん。注文お願いしまーす。ハンバーグ定食2つ♪」


「はいよ! ちょっと待ってね」


 先輩は席に座るとウキウキで料理を注文する。さながらその様子は家族で飯を食いに来た小さい子供が「あたしハンバーグが食べたい! ハンバーグ!」と店員さんいアピールしているかのようだ。クッ、ちょっと可愛い。


 俺の頭は困惑と疑問で一杯だった。席に座って水を飲みながら先輩がどうしてデートにこの店にチョイスしたのであろうかという事を必死に考える。


 …そうか! ゲームにかなり時間を割いちゃったから最初予定していた店に行けなくなったんだな。


 だから代替案として味も良くて値段も安いこの店をチョイスしたと。オシャレな店に行けなくても味が美味しければそれでいいだろうと。俺はそう言う事で納得した。


 …どうやら俺が色々と思考している間に注文した品が出来上がったらしく、店員さんがハンバーグ定食を持って来る。ハンバーグの良い香りが鼻から入り、脳に食欲をそそる香りを届け、それに脳が反応して腹の虫が鳴き始めた。


「さぁ、頂きましょう♪」


「はい」


 俺はとりあえずお腹も減っていたのでハンバーグ定食を頂くことにした。


「う~ん♪ やっぱりここのハンバーグ定食は定食は絶品ね♪」


 先輩は一押しのハンバーグ定食を食べれてご満悦の様だ。ちょうどいい機会かと思った俺は先輩に疑問に思っていた事を少し質問をしてみることにした。


「そういえば先輩、今日ゲームに時間を盗られなかったら本来はどこに行くつもりだったんですか?」


「そうねぇ…とりあえず予定していたのは、『色彩の湯』に行って足湯につかりながら温泉まんじゅう食べて…、その後に夕食にここに来て…、その後は『居酒屋・色彩』に行って軽くお酒でも飲もうかと思ってたの。ゲームに時間割き過ぎて全部パァになっちゃったけどね」


 先輩は「たはは…」と自嘲気味に笑う。


 んん…? えっ…それ今日のデートコース!? 


 一応説明しておくと『色彩の湯』とは駅近くにある温泉施設で、建物の前で無料の足湯を開放している。温泉まんじゅうも売っており、じいさんばあさんに人気だ。『居酒屋・色彩』はこの近くにある安さがウリの飲み屋である。…というか夕食は元からこの『猫宮』に来るつもりだったのか。


 おおよそオシャレな先輩が考えたデートコースとは思えず俺は困惑する。先輩…というよりはモテないおっさんが考えたようなデートコースである。


 俺は困惑し、さらに頭を回転させて考える。


 ハッ…そうか! おそらく先輩は俺のレベルに合わせてくれたのだろう。俺みたいな童貞がいきなりオシャレなデートコースに行くと、緊張のあまり粗相をしでかすかもしれない。なので俺のレベルに合わせた素朴なデートコースを先輩は考えてくれたのだと俺は解釈した。


 流石先輩。これがまさに相手に合わせたデートコースを設定するという事だろう。やっぱりモテる人は自然にこういう気遣いが出来てるんだな。


 だが逆を言うと俺は所詮その程度の人間としか思われていない訳で…。まぁしょうがないと言えばしょうがないのだが少し傷つく。


 いいや、こんなんでへこたれてどうするんだ兼続。先輩は今の俺がどの程度のレベルなのか遠回しに教えてくれているのだ。今はこんな扱いでも将来的に成長すればいいじゃないか。いつか先輩も唸るような男に成長してやるぞ。


 俺はそう意気込むと皿に乗っているハンバーグを口に放り込んだ。



○○〇



 俺たちは食事を取った後、先輩が「食後にコーヒーでも飲みに行かない?」と言うので大学の広場のベンチに座りながら自販機で買った缶コーヒーを飲んでいた。近所の喫茶店はもう閉まっている時間だったので、仕方なく近くにあった大学内の自販機で買う事にしたのである。


 時刻は21時30分、もうすぐ先輩とのデートが終わる時間だ。


「かなりゲームに時間を盗られちゃったけど、結構楽しかったわね今日のデート♪」


 先輩がベンチに座りながらしみじみとそう述べる。レベルの低いこの俺とのデートでも楽しかったと、そう俺に気を使ってくれているのだろうか? 流石先輩、相手に対する気遣いも忘れない。こういう所も彼女が人気の秘訣なのだろうな。


 これは俺も先輩の気遣いにお礼を言わなくちゃいけないな。学ぶことの多いデートだった。


 俺は彼女の方に向き直ると頭を下げて礼を言った。


「ありがとうございます先輩。今日のデート…俺のレベルに合わせて設定してくれたんですよね? 俺がいきなりオシャレな店に行って混乱しないように普通の店をデートの行き先にしてくれた。相手に合わせてデートコースを設定するその気遣い…感動しました」


 しかし先輩から返って来た答えは俺の予想に反するものだった。


「何の話? 今日のデートコースはあたしが厳選したあたしのお気に入りの場所スペシャルコースよ?」


「んん…?」


 なんか話がかみ合わないな…? 先輩は童貞の俺に合わせたデートコースを設定してくれたわけじゃないのか?


「だってせっかくのデートなんだから兼続にあたしの好きな場所を知ってもらいたいじゃない? 本当は温泉に行ったり居酒屋でお酒も飲みたかったんだけどね」


「えっ? じゃあ今日のデートコースは先輩がで選んだってわけですか?」


「そうよ? だってゲームもしたいし、温泉気持ち良いし、お酒飲みたいじゃない?」


 オシャレな美春先輩が今日のデートコースをで選んでいたという事実に俺は衝撃を受けた。えぇ…。

 

 俺の頭の中で寮長の「美春は頓珍漢な所があるのよね」という言葉が再生される。もしかして寮長の言ってた言葉の意味ってこういう事だったのか? 


 そういえば千夏も「美春先輩には色々な意味で衝撃を受けるわ」とか言っていたな。確かにこれは先輩の外面しか知らないと衝撃を受けるわ。


 俺の中で「オシャレで大人な女性」という美春先輩のイメージがドバドバと音をたてて崩れ落ちる。この人見た目こそオシャレな大人の女性だけど中身は残念な人じゃないか!


「ちなみにお聞きするんですけど…他の人と出かけた時もこんな感じなんですか?」


「そうよ? あっ、でもデートまでしたのは兼続が初めてね」


 となると…何故彼女に今まで彼氏が出来なかったのかという事も説明がつく。おそらく彼女に近寄って来た男性は先ほどの俺みたいに「自分は相手にされてないな」と思い違いをして自分から身を引いていったのであろう。なまじ彼女の見た目が派手でオシャレなのがそれに拍車をかけていると思われる。


 今まで謎だった先輩の残念な部分と言うのが一気に理解できた気がした。


「なぁにその顔…? なんだか凄く馬鹿にされているような気がするんだけど…?」


「え、えっと…」


 先輩はプクッとふくれっ面をしてそうのたまう。どうしよう…? これ先輩に言ってもいいのだろうか? 


 俺は少し考えたが、先輩も彼氏を作りたいと言っていたのを思い出す。ならばこういう所は指摘してあげた方が良いと判断した。


「あのですね…。おそらく先輩に彼氏が出来ない理由は…」


 俺はできるだけオプラートに包みつつ、先ほど考察した事を先輩に話した。


「えっ? じゃああたしの考えたデートプランはモテないオッサンの考えと一緒って事?」


「いや、そこまで言ってないですけど」


「だってあたしの尊敬する大蒜醤油真紀子にんにくじょうゆまきこ先生が雑誌に書いていたことを参考にしたのよ?」


「誰ですかそれ…?」


「兼続…大蒜醤油真紀子先生を知らないの?」


「知りませんよそんな臭そうな名前の人物!?」


 そんなに有名な人なのか。いかにも胡散臭そうな名前をしているように思うが…。


「そんなにダメだったかしら? あたしのプラン…。兼続はあたしに魅力を感じてドキドキしたりしなかったんだ…」


「まぁ…最初だけは結構ドキドキしました」


 先輩は目に見えて落ち込んでいる。まぁ…このデートプランも好きな人は好きなんじゃないかな? 俺は先輩の残念な中身を知った今なら別にそういうデートもいいんじゃないかと思えるけど、ダメと言う人も当然いるだろう。


「先輩、落ち込むことは無いと思いますよ。俺だって…、いや、俺含めて寮の連中みんなが先輩と同じようなもの…恋愛初心者なんですから。今はダメでもこれから成長していけばいいんです。俺は先輩が成長するためなら協力を惜しみませんよ。もちろん自分が成長するためでもありますけど」


 俺は笑顔で落ち込む先輩に手を指しのべる。今はダメでも将来的にできていればいいのだ。


「…兼続/////」


「どうしました先輩?」


 周りが暗くて良く見えないが少し彼女の顔が赤いような気がする。


「…なんか年下の子に論されるのってすごく負けた気分になるわね」


「すいません、ちょっと生意気でしたかね」


「…決めたわ! このままキミにダメだしされたまんまじゃあたしの性に合わないわ。あたしもキミに負けないように恋愛を勉強する。そしていつかキミをドキドキさせて見返してあげる! 覚悟しておきなさい兼続!」


 先輩はそう言うと元気よく立ち上がり、俺に向かって宣戦布告してくる。そういえば先輩は負けず嫌いだったな。別にそんなに勝ち負けなんて気にしなくていいと思うけど。まぁ先輩が元気になってくれたならいいか。


「こうしちゃいられないわ! 早速寮に帰って大蒜醬油真紀子先生のコラムを読み漁って勉強しなきゃ! じゃあね兼続お疲れ様、今日は色々教えてくれて感謝するわ」


 そう言うと先輩は寮の方へ向かっていった。…その大蒜なんちゃら先生の言う事はあまり参考にしない方が良いと思うが…。


 俺も明日の準備があるからそろそろ帰るか。時間を確認すると22時を少し過ぎていた。明日は冬梨と秋乃とデートか。頑張らなきゃな。



○○〇


※一応念のため補足しておきますが…、美春が1対1でデートらしいデートをしたのは兼続が初めてです。他の人は普段の美春の言動を見て色々察して勝手に身を引いていったという感じですね。


※作者からのお願い


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