冬梨とデート おうちデートだと!?

 千夏と美春先輩とデートした次の日の日曜日。俺は若干疲れた体にムチを打ち、ベットからのそりと体を起こす。昨日は楽しかったが、1日中動き回ったので体に疲れがまだ残っているらしい。…大体は美春先輩とやった例の鬼畜難易度のゲームのせいだと思うが。


 今日は冬梨と秋乃の2人とデートをする日である。俺は着替えて身だしなみを整え、食堂に置いてあったご飯を食べると冬梨との待ち合わせ場所である寮の玄関へと向かった。まず冬梨とデートだ。


 冬梨とのデートは彼女がプランを考えているらしい。正直、この寮に来て2週間ほど経つが、未だに彼女のキャラを掴み切れていないのでどういうデートになるのか皆目見当もつかない。


 俺が寮の玄関に行くとすでにそこには冬梨が待機していた。彼女は俺に気が付くと軽く手を上げる。


「…おはよう兼続。今日はべちゃべちゃした朝だね」


「どういう朝だよ…」


 まぁ確かに今日は雨こそ降っていないものの、梅雨の時期らしく湿度が高く少し蒸し暑い。ある意味べちゃついているとは言っていいだろう。


 と、そこで俺は冬梨の格好を見て驚いた。なんと彼女はまだパジャマ姿だったのである。可愛らしいウサギさんのフードが付いているピンク色のパジャマを羽織った彼女が寮の入り口に立っていた。


「お前まだ着替えてないのかよ? デートはどうするんだ?」


「…問題ない。今日のデートは寮を出るつもりは無いから」


「え、どういうことだ?」


「…今日は兼続の部屋でめい一杯ゲームをする。いわゆる『おうちデート』と言うやつ。だから着替える必要はないと判断した」


 彼女はそう言うと持っていた袋の中から大量のゲームを取り出した。『メリオカート』『メリオパーティ』『大乱痴気スマッシュシスターズ!』『スプラテーン』等のみんな大好き任地堂オイッチの対戦ゲームたちだ。


 確かに『おうちデート』というものが存在するという事は知っているが…彼女の場合、ただ外に出るのが億劫なだけだったのではないか? 


「…それに冬梨は気遣いの出来る大人の女だから兼続のお財布事情にも配慮している。寮でゲームすればデート代はかからない。…兼続のお財布に優しい」


 お財布事情に関しては千夏とのデートでは1万5千円ほどしか使ってないし、美春先輩は「自分の方が年上だから」という理由でデート代は出してくれた。なのでそこまで財布の中身が寂しくなっていないというのが現状である。それに加えて冬梨とのデート代がほぼかからないのであれば、後は秋乃だけなので当初の予定より大分節約できることになる。


 正直な話、有難い。まさか冬梨がそこまで考えてくれているとは思わなかった。


「わかった。でも俺コントローラー持って来てないぞ?」


 俺も任地堂オイッチは持っているのだが、ゲーム類は全て男子寮の方に置いて来てしまったのだ。今から取りに行くというのも少し面倒くさい。


「…冬梨のを貸してあげる。任地堂オイッチのコントローラーなら沢山持ってるから」


 冬梨は袋の中からオイッチのコントローラーを複数個取り出す。


「…いつでも友達と対戦できるようにコントローラーを4つ持っている。冬梨は用意がいい出来る女」


 冬梨はドヤ顔でそう自慢してくるのだが…俺は知っている。彼女は基本ボッチなので一緒にゲームできるような友達がいないことを…。コミュ障の悲しいところである。彼女が一緒にゲームできるのはおそらく俺と美春先輩ぐらいなものだろう。


 せっかく神様に人よりとびぬけた容姿をプレゼントして貰ったのだから、それを有効活用すればいいのに。確かに自分に寄ってくる人間が良い人間ばかりとは限らないし、沢山の人間の相手をするのはめんどくさいだろうと予想するが、友達を作るならそこは頑張らないとダメだと思う。


 それに友人というのは良いものである。俺にも朝信や氏政といったふざけた友人達がいる。時々腹ただしく思う時もあるが、なんだかんだ言って友人とバカやって笑い合うのは楽しいものなのだ。冬梨にもぜひとも友人がいる素晴らしさという物を体験して欲しい。


 そう思った俺は少し優しい目になり、冬梨を諭すように言葉をかけた。


「…なぁ冬梨。友達いなくて寂しくないか?」


 俺の言葉を聞いた冬梨はビクンと体を震わせ、心臓のあたりを押さえて苦しそうな表情をする。


「…兼続は人の心をえぐるようなことをハッキリと言う。そんなにストレートに言わないで欲しい。精神衛生上良くない。冬梨に友達がいないことを指摘するのは千夏に『胸が無いに等しいけど悲しくないの?』と言うようなもの」


「ちょっと! 聞こえてるわよ!!!」


 食堂の方から千夏の怒った声が聞こえる。どうやらまだ朝食を食べていたようだ。


「…兼続は千夏に面と向かってそんな酷い事言える?」


「胸が無いのは努力ではどうしようもないけど、友達は努力でなんとかなるだろ…? 同列に語るのが間違っている気がするが」


「…兼続は勘違いしている。冬梨が言いたいのは人の心をハンマーでぶん殴るような事をしないで欲しいって事。冬梨のハートは小麦粉で出来た塔より脆い。千夏だって胸が無いと散々言われて物凄く傷ついているはず。人の心をむやみに傷つけるのは良くないという事を言いたかった」


 分かるような分からないような…。というか冬梨の心が小麦粉で出来てる設定まだ引っ張ってたんだ。


「あなたたちそんな所でいつまでもくっちゃべってないでとっととデート行ってきなさいよ!!! 人の胸が無いだの散々バカにして…。いい加減にしないと怒るわよ!」


 千夏に怒鳴られた冬梨はピューっと俺の部屋の方向へ逃げていった。この2人は仲が良いのか悪いのかわからんな。



○○〇



 俺たちは場所を移動し俺の部屋である地下室…もとい地下牢までやってきた。よくよく考えると地下牢に友人を招き入れる…どころか地下牢で異性とデートするというのは中々凄い字面である。人類の歴史上、仮に…とはいえ地下牢でデートしたのは俺が初めてではないだろうか?


 今ではもう慣れてしまったが…何故女子寮の地下にこんなものがあるのか不思議でたまらない。 


 俺は先週のうちにam@zyonで注文しておいた来客用の座布団を出すと冬梨に進める。


「まぁ座れよ。ってかゲームをするなら冬梨の部屋で良かったんじゃないか?」


「…寮の部屋は狭い。この地下室は広いからこっちの方が良い」


 確かにそれは一理ある。俺も男子寮にいた頃は朝信とよくゲームをしていたのだが、例え2人しか部屋にいなかったとしても狭く感じるのだ。朝信が肥えた豚というのもあると思うが。


 それに引き換えこの地下室は寮の部屋の倍以上の広さがあるので狭さはあまり感じたことは無い。鉄の牢のせいで窮屈さは感じるけれども。


「…何のゲームやる?」


「別になんでもいいぞ。あっ、でもシューティング系は今日は勘弁してくれ」


 昨日の鬼畜ゾンビゲーのトラウマが蘇る。しばらくはシューティング系ゲームはやりたくない。シューティングゲームをやるたびに昨日の『パシュパパパパパパパシュパシュンパパパパパパパシュン』という不協和音が頭の中に蘇ってきそうだ。


「…把握した。じゃあ最初は『メリオカート』をやろう」


「『メリオカート』か。やるの久々だな、腕が落ちていないといいが」


 『メリオカート』とは…メリオという30代半ばの工場勤務のおっさんがアップル姫という我儘の末に婚期を逃した40代の姫をビビンバという熟女フェチの亀から助け出すというゲームの派生作品だ。メリオはそのコミカルなキャラが受けて任地堂の看板キャラクターとなっている。


 この作品ではメリオに登場するキャラクターたちがカートに乗ってレース大会に出場するという設定で、プレイヤーはキャラを操作してレースに優勝することを目的とする。


 昨今は便利なもので昔はコントローラーを持ち寄って友達としか対戦しかできなかったのだが、ネット技術の発達によりインターネットに接続することで友達がいなくても全国のプレイヤーと戦えるのでぼっちの冬梨でも気軽にプレイできるのだ。


 冬梨は任地堂オイッチのスイッチを入れるとメリオカートを起動させた。俺は座布団を引っ張ってくると自分の尻の下に置く。


 さて、ゲームをやるかとコントローラーを構えて気合いを入れていると何故か冬梨がこちらに移動してきてあぐらをかいている俺の股の間に座った。それに伴い冬梨からお菓子のような女の子特有の甘い香りが漂ってくる。


「あの…冬梨さん? 何をしていらっしゃるの?」


「…この前の飲み会の時に兼続の背もたれが非常に心地よい事に気づいた。だから今日も冬梨は兼続を背もたれにする」


 別に背もたれにされるのは構わないといえば構わないのだが…。冬梨も小さいとはいえ女の子なのでその柔らかい感触と漂ってくる甘い香りにどうしてもドギマギしてしまうのだ。


「…それに、この方がデートっぽいでしょ?」


「それは…そうなんだが」


「…なら問題ない」


 彼女はこちらを向いてニヤリとほほ笑んだ。やはり彼女も美少女というだけあって非常に可愛い。しかもほんの数センチ先という至近距離で俺にほほ笑んでいるのだ。冬梨の事だからおそらく無自覚でやっているのだとは思うが破壊力が半端ない。


「…兼続、照れてる?」


「うるさい//// とっととゲームするぞ」


 俺は照れているのを誤魔化すようにして冬梨にゲームを始めるように急かした。



○○〇



「…メリオカートもこの前のアップデートで大分変わった。新アイテムも増えたし新ステージも増えた」


「へぇ~」


 俺が最後にメリオカートをやったのは半年程前なのだが、その時よりは大分変わっているらしい。インターネットでゲームのデータをアップデート出来るのだから凄い時代になったものだ。


「…ただゲームするのもつまらない。10回レースをして平均順位の高い方の言う事を1つなんでも聞くというのはどう?」


「おっ、賭け事か? いいぜ乗った!」


 勝負と言うのは賭け事があるとより燃えるものだ。俺たちはキャラとステージを選択するとレースを開始した。


「ちょ…冬梨! そこでオッサン投げるのは反則だって! あぁ…抜かれた」


「…メリオカートはルール無用のデスマッチ。オッサンを投げようがカツラを投げ捨てようが勝てば問題ない。…良し1位。まずは冬梨の勝利」


 冬梨はしたり顔で俺の方を向いてほくそ笑む。レースを開始した俺は最初こそ有利に立ち回っていたのだが、新ステージのギミックと新アイテムに分からん殺しされてあえなく冬梨に抜かれてしまった。


 というか新アイテムの「ベニテングダケ」がチート過ぎる。なんだよラリってスピードが10倍になるって。調整ミスだろ! 


「…今の世の中チートが大人気みたいだからそういうアイテムを実装したらしい」


「それにしたって限度があるだろ!?」


 他のプレイヤーがコースの4分の1しか進んでないのに1人だけコース1周してたぞ…。もはや対戦ゲームとしてバランス崩壊してるじゃないか。1回のレースはコースを3週すればクリアなので3個とればそれだけで終わりだ。


「…兼続、世の中には理不尽で溢れている。例え他の人がチートを使ったとしても、自分に配られたカードで勝負するしかない」


「確かにその通りだけど、そのチート使って勝った奴には言われたくないわ…」


 この野郎…年下なのに人生を分かったような事言いやがって…。俺は冬梨のその言葉に完全に火が付いた。いいだろう、やってやろうじゃないか。その昔、友達に『メリオカートの兼続』と呼ばれた俺の真の実力を見せてやる。


 俺を本気にさせてから後悔したってもう遅い!


「さぁ続きだ続き。次のレースやるぞ」


「…兼続は冬梨に勝てない」


 彼女はそう言って自信満々にニヤリとほほ笑んだ。


 …そして1時間半にも及ぶ激戦の末、俺はなんとか10回のレースの平均順位で冬梨を負かすことに成功した。


「…負けちゃった」


「ハァハァ…なんとか勝った。みんな…『メリオカートの兼続』の名前は守ったぞ…」


「…何それ?」


「何でもない、気にするな。それよりも冬梨…約束覚えてるよな?」


「…約束? なんだっけ? 兼続が冬梨にお菓子を奢る約束?」


「とぼけるんじゃないよ!? 自分に都合のいい事言いやがって…。勝った方がなんでも1つ言う事聞く約束だったよな?」


「…そういえばそうだった。兼続は何が望み?」


「そうだなぁ…」


 いざ冬梨にどういう願いを聞いてもらおうか言われるとパッと浮かんでこない。 


「…ハッ! まさか冬梨の体が目当て!? なんて卑劣な…。いたいけな冬梨を無理やり手籠めにしようだなんて…。冬梨に『さぁ、脱ぎなさい…』とか命令するつもりでしょ? この変態!////」


「人聞きの悪い事言うなよ!? 俺はそんな事しねぇよ!」


 その時上の方から「ガシャン」という物音がした。あの音は…地下室の蓋が開けられた音に似ている。まさか…俺の頭に悪い予感がよぎる。俺は恐る恐る地下室への入り口を見上げた。


「え、えっと…その…///// そろそろお昼だから2人はどうするのか聞きに来たんだけど…お邪魔だったみたいね//// 失礼しましたぁ////」


 見ると美春先輩が赤い顔をしながらに逃げるように地下室から去っていった。またこのパターンかよ!? めんどくせぇ…。


「ちょ!? 美春先輩!? 誤解です! 待ってください!」


「千夏ー//// 兼続が冬梨に『さぁ、脱ぎなさい…』とか命令してるぅ~////」


「そんなこと言ってませんってば! 誤解ですって!」


 俺は先輩への誤解を解くために彼女の後を追いかけた。



○○〇



※作者からのお願い


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