千夏とデート 少しだけ甘酸っぱいデートだった
嵐のような氏政が去った後、無事?に危機を乗り切った俺は引き続き千夏と水族館でデートしていた。お昼になったので水族館内にあるレストランに入り、食事を取る。
「いやぁ美味しかったわね、アジフライ定食。流石水族館の水槽で泳いでる新鮮なアジを取って来て調理してただけの事はあるわ」
「いや流石に水槽で泳いでる奴は取ってないだろ!? あれは観賞用だろ? 普通に今日魚市場に行って買ってきた奴だと思うぞ」
「冗談よ」
そう言って彼女はニヤリと笑う。ここ最近で千夏と一気に打ち解けてきたせいか彼女も俺に対して結構冗談を言うようになってきた。出会った頃からすると考えられないことだ。
以前の俺は彼女は冗談も言わないお堅い人間だと思っていたが、違ったようだ。そのまま俺たちは軽口を言い合いながら水族館を進んでいく。
そうこう言っているうちに水族館もそろそろ終わりが近づいて来た。この熱帯魚のエリアを過ぎると後は出口とお土産用の売店があるだけである。
「どうする、売店寄っていく? それとも次の目的地へ向かうか?」
「そうねぇ。ちょっと売店見ていきましょうか? どんなものが売っているか興味あるわ」
千夏が売店に行く意思を見せたので俺たちはひとまず売店のコーナーへ向かった。売店の中では様々な水族館に関する商品が販売しており、千夏はその中のぬいぐるみのコーナーでふと立ち止まる。
「へぇ、見て見て兼続。サケのぬいぐるみだって。お腹を押すとイクラが飛び出るみたいよ」
「何それ気持ち悪…。そんなの買う奴いるのか?」
「合計販売個数10万個突破だって」
「かなり売れてるじゃん!? こんなのが!?」
「ちっちゃい子にバカウケみたいよ」
どこがキッズに受けているのか分からん…。キッズたちは一体これのどこを気に入ったのだろうか?
試しにサケの腹を押して見ると「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~」という謎の奇声ともにぬいぐるみの腹からイクラが飛び出してきた。…これを考えた奴どういう感性してるんだ?
「不気味ね…」
「全くだ…」
キッズに人気どころかキッズのトラウマになるんじゃないかこれ…? 俺たちはなんとも言えない気分になりながらぬいぐるみを元の商品棚に戻すと売店の奥へと進んでいった。
ここは女性向けのお土産コーナーか…。
「魚の匂いのする香水だって。『これを付けて異性にアピール! フェロモン溢れる臭いで相手をメロメロ! ひと吹きで産卵期の魚のようにモテモテになること間違いなし!』…凄い謳い文句ね」
「魚の匂いってそれ生臭いだけじゃないのか…?」
「サンプルが置いてあるわよ。兼続試しにつけてみる?」
「遠慮しとく…」
生臭い匂いを嗅いで興奮するか普通? しかし世の中には女の子のワキガの匂いでも興奮する猛者がいるらしいし、もしかすると興奮する奴もいるかもしれない。俺はゴメンこうむりたいが。
次に進んだ先は衣服類のコーナーだった。
「ナマコのパジャマ?」
「なんでナマコをチョイスしたんだよ!? 普通ペンギンとかイルカとか可愛い奴をチョイスしないか?」
この水族館の売店、碌なものが売ってないな…。売上とか大丈夫なのだろうか? その後も俺たちは売店の中を散策して回ったが、目を疑うようなしょうもない商品ばかりが売ってあった。
…一通り見終えたのでそろそろ次の目的地に向かうかと思っていた所で千夏が声を上げて立ち止まる。
「あっ! これ…」
「どうした? 何々…チンアナゴの抱き枕…?」
そこには不細工な顔をしたチンアナゴの抱き枕が置いてあった。心なしか千夏の目が少し輝いているように見える。
そういえば…千夏の奴、チンアナゴの事を可愛いとか言って興奮してたな。もしかしてこのチンアナゴの抱き枕を気に入ったのだろうか?
「気に入ったのか?」
「まぁ…そうね。これを抱いて寝ると凄く気持ちよさそうだわ」
確か高広先輩が言ってたな、女の子が気になった商品を見ると明らかに目の色が変わるからそれを買ってやると凄く喜ぶって。デートの必勝テクの1つだそうだ。
俺は抱き枕の値札を見る。5000円か…出せないことは無い値段だ。
「良し! じゃあ買ってくるよ」
「えっ? ちょっと待って、流石にそれは悪いわよ」
「気にするな。俺と今日デートをしてくれたお礼だ。俺も色々勉強になったしな」
俺は抱き枕を掴むと会計へもっていき代金を払う。そして袋に入れて貰ったそれを千夏に押し付けた。
「ほいよ」
「あ、ありがとう…///」
千夏は俺の渡したプレゼントをギュッと両手で抱きしめる。心なしか少し千夏の顔が赤い気がするのだが気のせいだろうか? まぁモテる彼女の事だからプレゼントなんてしょっちゅう渡されてることだろうし、そんなに大したことでもないだろうけれども、喜んでくれているみたいで何よりだ。
「だ、大事にするわね///」
「もしかして照れてるのか?」
「うるさいわね!///」
そう言いつつも彼女は上機嫌でその抱き枕を抱きしめていた。
○○〇
水族館を出た俺たちが次に向かったのは色彩公園だ。色彩公園は色彩市民の憩いの場としてある公園で、色彩海岸と隣接している色彩松原という松林の中にある。さわやかな潮風と松の自然を両方楽しめる落ち着いた場所として密かにカップルに人気らしい。(デート雑誌情報)
ここを行き先に選んだ理由はまず千夏が静かな所の方が好きと言っていたからというのが1つ。あとは公園の脇にある喫茶店で売っている和菓子が結構美味しいらしい。千夏はどうも和菓子が好きらしいので、午後は静かな自然を楽しみつつ公園でまったりしながら和菓子を楽しもうという算段だ。
「色彩公園なんて久々に来たわ。子供の時以来よ」
「ここらで小さい頃に外で遊ぶといえば遊具があったここくらいしかなかったからな。もしかしたら俺らも昔会ってるかもな? 千夏はどこ小だっけ? 俺は色彩東小だけど?」
「私は南小よ。でも、もしかしたら思い出せないだけで小さい時に会ってるかもしれないわね」
この俺が住む色彩市は田舎の都市なので子供が遊べる場所も都会に比べると結構あるのでは? と思うかもしれないが、実はあんまりない。俺の子供の頃も友達と遊ぶと言えば基本家の中でゲームするか、遊具のあるここで遊ぶぐらいしかなかった。
しかし今ではその昔俺たちが遊んだ遊具も錆びて危険ということで数年前に撤去されてしまったらしい。なので現在公園の中にあるのはベンチぐらいなものだ。楽しかった思い出の物が無くなってしまうとどうしても寂しさを感じてしまう。俺は少しセンチメンタルな気分になりながら公園を見渡した。
逆を言えばそのおかげでうるさいクソガキ共が公園におらず、穴場のデートスポットとして挙げられるようになったのであるが…。
俺たちは早速公園にあるベンチに腰掛けることにした。潮の匂いのする風が優しく吹き、松林がざわざわと揺れる。鳥がチュンチュンと鳴き、自然の合唱ともいうべき歌声で俺たちの耳を楽しませる。
「のどかねぇ…。ここがこんなに落ち着ける場所になっていたなんて…。基本的に私はベットの上でゴロゴロするのが好きだけど、たまには外に出てこういう所でのんびりするのも悪くはないわね」
俺もここがこんなに静かで落ち着ける場所になっているとは思わなかった。子供の頃は俺含めた近所のクソガキどもがここに集結して騒ぎ立ててうるさかった記憶しかない。それが今では子供1人いないのである。
目と耳で美しい自然を満喫できる場所。精神を落ち着けたい時とか1人になりたい時にここに来るのもいいかもしれないな。
「そろそろ14時か。ちょっと早いけど15時のおやつに潮風堂の和菓子買ってくるよ」
潮風堂というのはこの公園の脇で経営している和風喫茶店である。そこそこ美味しいと評判の店で和菓子と飲み物のテイクアウトもやっており、潮風堂でお菓子を買って公園のベンチに座って食べるカップルも多いらしい。(デート雑誌情報)
「私が和菓子好きなの、覚えててくれたんだ?」
「そりゃな。(仮)にとは言えデートしてる相手の好きなものぐらいは覚えてるさ」
「そう、ありがと/////」
千夏は少し恥ずかしいのか、顔を赤くして横を向いた。彼女はどうも照れると顔を背けるクセがあるらしい。俺は和菓子を買うために潮風堂へと足を進めた。
○○〇
俺は潮風堂で中にあんこと生クリームが入っている
「ほいよ。潮風堂名物の最中、飲み物は抹茶で良かったよな?」
「ありがとう。私ここの最中好きなのよね♪」
彼女はウキウキで俺から最中を受け取ると早速それにかぶりつく。潮風堂の最中は普通の最中よりかなり大きく、パリッパリの皮の中にあんこと生クリームがたっぷりと詰まっており、これでお値段250円である。
「う~ん♪ この溢れんばかりのあんこ最高だわ~♪」
千夏はかなりご満悦の様子だ。抹茶と一緒に笑顔で最中を頬張っている。思えば彼女がここまで顔をほころばせているのはかなり珍しい。
大学内ではキリッとした綺麗な顔をしているし、寮ではダルそうなダラダラとした顔を見せている彼女だが、彼女の満面の笑みを見るのは実はこれが初めての気がする。俺はそんな彼女がみせる珍しい表情に不覚にもドキッとしてしまった。なんだよ…可愛いじゃないか。
いや、彼女はそもそも美少女だから可愛いのは当たり前ではあるのだが…。どうも俺はギャップに弱いらしい。
「どうしたの? そんなに私の顔を凝視して。最中ならもう食べちゃったわよ」
「いや、何でもない…」
俺は動揺がバレないように彼女から顔をそらして最中を頬張る。クソッ、変な事を考えてしまったから折角の最中の味が分からねぇ…。
俺は急いで最中を食べたために最中の乾いた皮が喉にひっかかってしまう。
「ゴホッ、ゴホッ」
「急いで食べるからよ」
喉に引っ付いた最中の皮を流すために自分用に買ってきたほうじ茶ラテを口に含む。潮風堂はお菓子だけでなく飲み物も美味しいと聞いていたのに、これじゃあ味もわかりゃあしない。
「ふぅ、助かった…」
やっとのことで最中の皮が喉からはがれると俺は一息ついた。呼吸を整えていると千夏が俺の持っているほうじ茶ラテを凝視していることに気がつく。
「どうした?」
「ねぇ、ほうじ茶ラテって美味しいの?」
「えっ? まぁ俺は好きだけど…。飲んだことないのか?」
「ええ。私はお茶に牛乳を入れるのは邪道と思って今まで毛嫌いしていたのだけれど、あなたが飲んでいるのを見ると美味しそうに見えて来たわ」
「ちょっと飲んでみるか?」
「いいの?」
そう言って俺は彼女にほうじ茶ラテのカップを渡す。彼女は訝し気な目でほうじ茶ラテのカップを見ていたが、やがて意を決するとカップに刺さっているストローを口に含んで中身を吸い込んだ。
彼女は吸い込んだほうじ茶ラテを口の中で転がす。そしてなんとも言えない微妙な表情をしてそれを飲み込んだ。
「………。やっぱり私には合わないわね。お茶はそのままで飲むのが一番いいわ。ありがと」
そう言って彼女は俺にカップを返してくる。俺は苦笑しながらそれを受け取ると返って来たほうじ茶ラテを飲もうとストローに口を近づけた所でふと思い至る。
…んん? 待てよ。今サラッとやったけど…。これって…「間接キス」じゃね?
大学生にもなって間接キスぐらいで動揺するなんて情けないと思うかもしれないが、俺の人生で初めての事なのだ。しかも相手は物凄い美少女である。
ダメだ。意識すればするほど「間接キス」と言う単語が頭の中でサンバを踊って中々ほうじ茶ラテを飲めない。どうすればいいんだ?
いやいや、落ち着いて良く考えて見ろ。こんなことで怖気づいているから俺は童貞なのだ。世の中のイケメン連中は間接キスなんて特に意識もせずに女友達とサラッとやっているではないか。あれくらいできないと彼女なんて夢のまた夢である。
「さっきから硬直してどうしたの? あっ///」
俺の行動を不審に思った千夏が声をかけてくるが、どうやら彼女も気が付いたらしい。少し顔を赤くして俺から顔を背ける。
「えっと…その…。私除菌ティッシュ持ってるから拭くわ…///」
「い、いやぁ、別に気にしてないよ」
「私が気にするの!/////」
彼女はバックから除菌ティッシュを取り出すと俺のほうじ茶ラテのカップのストローを拭いた。
…別に少し残念だったなんて思ってはいない。
○○〇
「もう15時か。時間が過ぎるのは早いわね」
彼女と公園のベンチに座りながらゆったりとした時を過ごしているとスマホの時計がもう15時を指していた。デートの終わりの時間である。
「初めはどうなることかと思ったけど、中々良かったわね」
彼女はこちらを向いてほほ笑む。そう言って貰えたならこちらも有難い。経験の無い俺なりに千夏が喜ぶだろうなというデートプランを考えて実行したのだ。その苦労が報われたのなら嬉しい限りだ。
「はいこれ」
千夏はごそごそとカバンを漁ると俺にお金を差し出してきた。
「これは?」
「今日のデートでかかったお金よ。流石に全額出してもらうのは悪いから私も半分出すわ。水族館の入館料に昼食代、抱き枕のお金にさっきのお菓子代…しめて7000円ってとこかしら?」
「いやいや、デート代は俺が出すよ。今回のデートで色々学ばせてもらったし、それに…俺も楽しかったしな。というか千夏この前奢りじゃなきゃデート行かないって言ってなかったか?」
このデートで女の子とデートする際の注意点や観察するべきところをいくつか学べたし、デートを通して彼女との仲も深まったと思う。そして何より結構楽しかった。なのでここは男として俺が払うべきだろう。デートの練習をしてくれたことに感謝だ。
「そんなことを言った覚えはないのだけれど…。確かにつまらなかったら奢ってもらおうと思っていたけれど、その…私も楽しかったし半分出すわ。金銭関係はキッチリしとかないとダメよ」
彼女は俺の手に無理やりお金を握らせてくる。困ったな。正直、俺もお金に余裕があるわけじゃないからありがたいと言えばありがたいんだけど…。ここは男の見栄として全額払いたいという気持ちもある。
「分かった。じゃあこうしよう。今回は俺が全額払う。その代わり今度何か奢ってくれ」
俺は少し考えて妥協案を示した。これなら千夏も納得してくれるだろう。
「本当にそれでいいの?」
彼女はしぶしぶとお金を財布にしまう。なんとかそれで納得してくれたようだ。
彼女は財布を鞄にしまい、荷物をまとめて身支度を整えている。そのまま寮に帰るつもりのらしい。さて、俺も次のデートに備えないといけない。
「次は美春先輩?」
「ああ」
「心を強く持ちなさいよ。美春先輩は色々な意味で衝撃を受けると思うわ。私以上にね」
おそらく俺が今回のデートで1番緊張すると思われるのが美春先輩である。あの…美人で人気者の先輩とデートするのだ。そりゃ衝撃の連続だろう。
「おそらく兼続が今思っている事とは逆の方向に衝撃を受けるでしょうね」
「どういうことだ?」
「すぐに分かるわ」
彼女は自分の鞄と俺がプレゼントした抱き枕の入った袋を持つと再びこちらに向き直った。
「じゃ、帰る前にもう一度だけ言っておくわね。今日は楽しかったわ。ありがと兼続」
彼女はそう言ってまたほほ笑んだ。その笑顔を見て俺はやはり彼女は可愛いなという事を再度、心に刻みつけられた。
○○〇
※作者からのお願い
もし当作品を読んで1回でも笑われたり展開が面白いと思って下さったなら♡や☆での評価をお願いします。作者のモチベにつながります。
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