千夏とデート デートの王道と言えば水族館
そして迎えたデート当日。俺は若干緊張しながらもデートの待ち合わせ場所に向かっていた。待ち合わせ場所は駅前の噴水である。今日の天気は曇りらしいが、天気予報という物はあまりあてにならない。雨が降り出さないことを祈っておこう。
俺が住むこの色彩市は地方の田舎都市でそれほど発展しているわけではない。最近こそ再開発が進み、やっとこさ駅周辺に多種多様な店や施設が立ち並んできたのではあるが…、逆を言うと駅周辺以外は何もない田舎なのである。
この色彩市にあるものといえば山、川、海、田んぼ…以上! と言った具合で、豪華田舎詰め合わせセットのようなものしかない。
流石にこのままでは不味いと思った現市長が駅周辺の再開発に力を入れ、この色彩市にも遊べるレジャー施設や全国展開しているチェーン店などができたのである。それがここ2、3年の話。
なのでこの色彩市で
俺が駅前の噴水近くに着くとそこにはおそらく俺たち同じくデートの待ち合わせをしているであろう人物が何人か散見された。駅前の噴水は目立つのでよくデートの待ち合わせ場所に指定されるのだ。さて、千夏はどこにいるだろうか?
俺はキョロキョロと見渡して千夏を探す。何と言っても彼女は美少女なので目立つはずなのだが…。
おっ、いた。
彼女はベンチに座りスマホをいじっていた。俺が声をかけるとムクリと顔を上げる。
「ごめん、待った?」
「遅い、3分の遅刻よ」
彼女はのそりと立ち上がり、スマホをポケットにしまうと不満気な顔で俺にそう言ってくる。しかし美少女なだけあって、不満気な顔もまた美しい。
「3分ぐらい良いじゃないか」
「180秒も待つのは辛かったわ」
「なんで秒数に直したの!?」
「あなたに私が待った時間の長さを理解してもらうためよ。3分だと短く感じるけど、180秒だと長く待たされた感じがするじゃない?」
「そんな言葉遊びみたいなことしなくても…」
「ねぇ兼続。180秒ってカップラーメンが出来るぐらい長いのよ」
「その言い回し流行ってるの!?」
確か以前氏政も同じような事を言ってたな。
「私が…あいつと同じ発想をしたと言うの…?」
千夏はショックを受けた様子で心底嫌そうな顔をしている。あの
と、ここで改めて千夏の格好を見てみる。ノースリーブのニットにカーディガンを羽織り、下にはジーパンをはいていた。シンプルながらもカッコいい感じのファッションだ。6月なので涼しさを意識しながらも雨が降った時に肌寒くならないようにノースリーブのニットにカーディガンを羽織っているのはそつのない彼女らしい。
…ひょっとするとデートにもあのお気にいりの「唯一神」Tシャツで来るかなと思っていたのだが、流石にそれは無かったらしい。
「服、良く似合ってるよ。千夏らしくてカッコいいと思う」
「そう、アリガト」
彼女はそう言ってプイと横を向いてしまう。うーむ、先輩からアドバイスされたことを早速実践してみたのだが…。あんまり効果が無かったか。
考えてみれば彼女ほどの美少女ならそういう事はみんなに言われ慣れているだろうし…、あまり効果が無いのも仕方ないのかもしれない。
…と思っていたのだが。
良く見ると横を向いた彼女の顔が若干赤い。もしかすると照れ隠しなのだろうか? 俺に褒められて照れているのがバレたくないからそっけない返事をしつつ、横を向いてバレないようにしているのかな?
「千夏…ひょっとして照れてる?」
「ッ//// うるさいわね//// ほら、時間がもったいないから早く行きましょ! エスコートしてくれるんでしょ?」
彼女は赤くした顔をこちらに向けて抗議の目線を向けてくると俺にそう言い放った。俺はそんな彼女を見て少し吹き出す。不覚にもちょっと可愛いと思ってしまった。
「あいよ。じゃあ行こうか」
俺は彼女にそう言って本日の目的地へと足を向けた。
先輩に言われた通りデートプランをどうすればいいのか4人に聞いた結果、千夏は「考えるのがめんどくさい」と理由で俺に丸投げ。美春先輩は「プランは私に任せて!」と言うので行き先は彼女に任せた。冬梨は意外にも自分で考えたいらしく、こちらもプランは彼女に任せている。秋乃は「兼続君に任せてもいいかな?」と言ってきたので俺がプランを考える…という結果になっている。
そういう事なので千夏とのデートプランは俺が全て考えた。デート前に彼女はどういう所が好きなのかと聞いた所「騒がしい所は苦手」という事だったので比較的静かなデートスポットをピックアップしてある。
「ま、不本意だけど行くからには楽しまなきゃね」
所詮童貞が考えた未熟なプランではあるが…彼女に楽しんで貰いたくて一生懸命考えたのだ。少しでも楽しんでくれれば幸いである。
○○〇
「へぇ…水族館ね」
「千夏は騒がしい所は苦手って言ってたろ? だから比較的静かに楽しめる場所をチョイスしてみた」
「まぁいいんじゃないかしら」
俺たちが最初に訪れたのは色彩市にある水族館だ。駅から歩いて10分ほどの距離にある。まぁデートのド定番の場所…といえば定番の場所であるし、比較的静かに楽しめるところである。雑誌やネットで調べたところ、この色彩水族館は最近できたが故に綺麗で評判が良く、カップルに人気の場所らしい。
「懐かしいなぁ。水族館なんて小さい頃家族で1回行ったキリなのよね」
「じゃあ、今日はその分思いっきり楽しめばいいさ」
「私ももう子供じゃないのよ。そんなにはしゃぎはしないわ!」
-数分後-
「きゃあ~/// 見て見て兼続、チンアナゴだって~。キモ可愛い~///」「ペンギンよペンギン!/// 間抜けな顔してるわね~」「うわぁ…マナティが自分のう〇こ食べて泡拭いてるわ…」
「はしゃぎはしないわ!(キリッ)」とドヤ顔で言っておいてからのこれである。即落ち2コマかよと思わず突っ込みたくなるような手のひらの返しようだ。
「ハッ! べ、別にはしゃいでたわけじゃないんだからね!/// これは…そ、そう。生命の神秘に感動していたのよ!/// ほら、人間は生まれながらにして知ることを欲するっていうじゃない!」
俺が呆れた目線を彼女に送っていると、それに気付いたのか必死に弁明してくる。今更自分がはしゃいでた事に気が付いてももう遅い。まぁでも楽しんでくれてるようで良かった。
「コ、コホン!/// 今見た光景は忘れる事! いいわね///」
「わかったよ」
俺は苦笑しながらそれを承諾した。彼女の事だからそう言うだろうなとは思っていたけれども、いざ思った通りの行動をされると思わず笑ってしまうものである。
「そういえば千夏は魚は何が好きなんだ?」
「魚? うーん…、やっぱり王道のサンマかしら? ポン酢をかけてごはんと一緒に食べると最高なのよね」
「水族館に来てまで食い気かよ…。そこは『リュウグウノツカイ神秘的!』とか『クマノミ可愛い!』とか色々あるだろ?」
「何故そのチョイス…? リュウグウノツカイは分からなくもないけど、クマノミはキモイでしょ」
「えっ? お前あのディ〇ニー映画の主役にもなった魚だぞ? 可愛いじゃねえか!」
「えぇ…。あんなスケベなおっさんみたいな顔の魚のどこが可愛いの? あなたの美的センスを疑うわ…」
千夏がやや引いた顔で俺を見てくる。お前それデ〇ズニーに怒られるぞ!
まさか「唯一神」とかいうTシャツを好んで着る奴に美的センスを疑われるとは思わなかった。えっ、クマノミ可愛いよな? この前学部の女の子が可愛いって言ってるのを聞いたし…。やはり千夏はセンスが独自なのかもしれない。
俺たちはそのままあーだこーだ言いながら水族館の奥まで進んでいく。なんだか彼女といると朝信や氏政などの男友達と一緒にいるみたいで結構楽しいかもしれない。なんというか…あまり気を使わなくて済むと言えばいいのだろうか。
「なんか喉乾いてきたわね」
「もう水族館に入って1時間も経ってたのか。ちょっと休憩しよう。ちょうどそこに座る所あるし。さっき自販機あったから飲み物買ってくるよ。何がいい?」
「じゃあお茶お願い」
「あいよ。お茶好きだな」
「悪い? 私は飲み物で1番お茶が好きなのよ」
「いや、渋くて良いと思う」
「褒められている気がしないわ」
スマホの時計を見るともう10時20分ほどになっていた。体感では10分ほどしか経っていないのに時間が経つのは早いものだ。…そういえば女性は男性よりも体力が無いからマメに休憩をとってあげた方が良いと聞く。うーん、ちょっとこれは失敗したな。千夏の様子をもっと良く見ておくべくだったか。
俺は反省しながら少し順路を戻って、自販機を探しに行った。
「あったあった」
10メートル程戻ったところで自販機を発見する。俺は千夏のお茶と自分用の水を買うと彼女が待っている場所へと戻ることにした。
「う~、トイレトイレ」
「えっ?」
飲み物を買って彼女の所へ戻ろうと思っていると、向こうから来た人と勢いよくぶつかってしまう。痛たた…誰だよ?
「すいません。大丈夫ですか? 急いでいたもので。…ん?」
「いやこちらこそ…。へっ?」
なんとそこにいたのは氏政だった。なんでこいつがこんなところにいるんだよ? もしかして1人で来たのだろうか? こいつが水族館が好きなんて話は聞いたことないが…。
…しかしこれはひょっとして不味いのでは? 俺が千夏と(仮)にとはいえデートに来ていることがこいつに知られると確実にめんどくさいことになるだろう。なんとかして隠し通さなくてはならない。
「なんで兼続が水族館にいるんだよ?」
「その言葉…そのまんまお前に返すぜ」
「俺か? 俺はな。何を隠そう…デートだよ。で・ぇ・と!!!」
「デートぉ? お前がか? あっ、そうか男とか。お前いくらモテないからってそっちの道に走るのはどうかと思うぞ…」
こいつが女の子にモテないのは周知の事実なので、デートと聞くと男とやっている姿しか思い浮かばなかった。幸いにも顔はそこそこいいのでそっちの趣味の方には需要があるかもしれない。
「ちげぇよ!? 女の子とのデートだよ!!!」
「そうか…ついに自分の妄想と現実との区別がつかなくなったんだな。可哀そうに…。今度いい病院紹介してやるよ…」
「そんな憐れむような眼で俺を見るな! 俺は正気だ! ちゃんと現実に存在している女の子とデートしてるよ!!!」
にわかには信じられなかった。下品でバカでクズのどうしようもないコイツに彼女…? 一昨日大学で彼に会った時はそんな話は全くしていなかったはず…。こいつの性格からして彼女ができたら真っ先に自慢してきそうなものだが…。何か引っかかるな。
「いや実はさぁ…、昨日俺のことを好きって言ってくれる娘がいてさぁ…。それで即OKして付き合っちゃたんだよね。そして早速今日デートをしてるワケ。これで俺も晴れて彼女持ち。お前のような独り身とは格が違うんだよなぁ」
氏政は髪をかき上げながら勝ち誇った表情でそう言ってくる。
こいつと付き合いたいと思う女の子がこの地球上に存在していたという事実に俺は衝撃を隠しきれなかった。ほんの数分でもこいつと話せばその異常性が分かるというのに…。
「あっ、その顔信じてないな。いいだろう。お前に現実を見せやるよ。お~い、加乃子! ちょっとこっちきてくれ!」
「なぁに? 氏政君」
そういって氏政は数メートルほど先にいる水槽を見ていた女の子に声をかけた。その女の子がこちらに近寄って来る。えっ…まさか本当にこいつに彼女がいるのか?
「紹介するよ。俺の彼女で
「こんにちは! 初めまして加乃子でぇす♪ 氏政君のお友達ですかぁ?」
「あ、はい。東坂兼続です。ご丁寧にどうも…」
俺の目の前に現れたのは今どきのファッションをした可愛らしい娘だった。ウチの寮の4女神と比べると見劣りするかもしれないが、それでも十分可愛い。
嘘だろ…こんな可愛らしい娘が氏政の彼女? 本当にいるとしてもRPGに出て来るようなモンスター系彼女だと思っていたのに…。俺は謎の敗北感に打ちひしがれる。こいつが俺より先に彼女を作るとは…。
「えっと…失礼ですけど、こいつのどこに惚れたんですか? もしかして脅されてるとか…?」
「本当に失礼だな!?」
「う~んとぉ…。そうだなぁ…。奇想天外で行動が予想できないところかな? なんか新種の動物を観察してるみたいで楽しいし♪」
「流石加乃子ちゃん。俺の事良く見てる!」
そう言って彼女は氏政と腕を組む。彼氏というか…ペットの珍獣みたいな扱いを受けている気がするが、2人が納得して付き合っているのなら俺が言う事は何もない。それにしても世の中は広い。氏政に惚れるなんて奇怪な人がいるもんだと俺は改めて思い知った。
「ちょっと、兼続どこまで飲み物買いに行ってるのよ? 遅いわよ!」
「あっ、ヤベ…」
そこで千夏が飲み物を買いに行ったまま帰らない俺を探しに来たのかこちらの方に来てしまう。しまった…氏政に彼女が出来たことが予想外の出来事過ぎて千夏の事がすっかり頭から抜け落ちていた。このままでは千夏とデートしているのが氏政にバレてしまう。
「お前なんで高坂さんと一緒にいるんだよ?」
「あら、あなたお漏らし氏政じゃない。あなたこそどうしてこんなところにいるのかしら? あっ、水槽の中に漏らしたらダメよ? お魚さんが死ぬから」
「変な名前つけるなよ!? 水槽の中に漏らすわけないだろ!?」
「漏らしたのは事実でしょ?」
「いや、まぁそれはそうなんだけど…。それより兼続、お前どうして高坂さんと一緒にいるんだよ?」
「えっと…、それは…」
「あれ、あなた秋山さん? 地域経済学部の」
万事休すかと思われたその時、突然千夏が樫出さんの方を見てそう言った。
秋山? この人は樫出さんという名前だと聞いたが…。ちなみに地域経済学部とはウチの大学にある学部の1つである。
「高坂千夏…。仕事中に本名で呼ばないで欲しいんですけど…」
「仕事…?」
「おいおい、高坂さん。この娘の名前は樫出加乃子だぞ。人違いじゃないのか?」
さっきまでニコニコと笑顔だった樫出さんが急に真顔になる。それに伴い氏政の顔に脂汗が浮かんできているように見えるのだが気のせいだろうか?
うーん、もはや何がなんだか分からなくなってきた。
俺が一連の出来事に混乱していると千夏が手を叩いてポンッと何かを閃いたような仕草をする。
「ははーん、読めたわよ兼続。おそらく彼女は今、氏政君のレンタル彼女としてバイトをしているのよ。でないと氏政君に彼女なんてできるはずないもの!」
レンタル彼女…? あのモテない男が自分の心を慰めるために仮初の恋人を作って癒されようとする恋人代行サービスの事か? というか何気に千夏も氏政に酷い事言ってるな。
「いやぁ…他人の空似じゃないかな? ほら、世の中にはその人と似た人が3人いるって言うし…。多分高坂さんの知り合いの秋山さんって人も加乃子と似てるだけなんだよ」
「いや、さっき彼女本名で呼ぶなって言ってたじゃない…。今更その言い訳は苦しいと思うわよ…」
氏政が急に饒舌になりまくしたてる。青い顔をして背中には冷や汗をかいている様だ。もしかして…千夏の言っていることが当たっているのだろうか? 俺は樫出もとい…秋山さんの方を見る。
「はぁ…バレちゃしょうがないか。その通りよ、私の本名は
秋山さんがもう言い逃れできないと両手を上げて降参の意をしめし白状する。そうか…レンタル彼女だったのか。どおりで…氏政にこんな可愛い彼女が出来るはずがないと思った。
それにしても氏政の奴…いくら彼女が出来ないからってレンタル彼女に手を出すなんて…。俺は氏政に憐みの目線を向ける。
「…しょうがないだろ。1度でいいから彼女がいる幸せってのを俺も享受して見たかったんだよ! いいじゃねぇか! 金で愛を買ったってよぉ!!! この世には金でしか買えない愛もあるんだよ!!!」
「哀れな男ね…」
「うるせぇ! お前らが何と言おうがこの娘は時間が無くなるまでは俺に愛をささやいてくれる彼女だ! なぁ加乃子、この2人に俺たちの愛を見せつけてやろうじゃないか!」
「あっ、もう終了の時間ね、お疲れさまでした。これ以上愛を買うなら延長料金お願いしまーす♪ 延長料金は1時間5万円ね」
そう言って秋山さんはそれまで組んでいた氏政の腕をゴミのようにポイッと投げ捨てると彼と距離を取った。仕事とはいえこいつと腕を組まなきゃいけないなんて同情する。俺は例え金を貰っても嫌だ。というか延長料金高ぇな!?
「鬼! 悪魔! あんたには人の心が無いのかよぉ!? もうちょっとぐらい演技してくれたっていいだろ!!! うわあぁぁぁぁぁ~」
氏政は泣きながら走って行ってしまった。所詮は金で買った愛よのぉ…、金の切れ目が縁の切れ目。少し可哀そうだと思ったが、俺と千夏が一緒にいた理由がバレなかったので良しとしよう。
○○〇
※作者からのお願い
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