男衆のアドバイス

 俺はその日の夕食を食べ終えると男子寮を訪れていた。理由は簡単、高広先輩や定満後輩からデートのいろはを教わるためである。この2人は彼女持ちでデートを何回もしているため、俺に色々ためになる話をしてくれるだろうと思ったからだ。


 もちろん俺もデート雑誌などを読んで女性が喜びそうなデートスポットだとか、オシャレなランチやディナーが食べられる場所をピックアップしたり、デートの時の立ち振る舞いなどを頭に入れているのだが…。


 やはり経験者の言葉ほど役に立つものは無いだろうと考え、男子寮にアドバイスを聞きに行くことにしたのである。まぁ男子会(仮)ってやつだ。


 …まぁ単純に久々に2人の顔を見たかったというのもあるが。


 俺が男子会の事ををreinで連絡すると2人は快く承諾してくれた。流石同じ釜の飯を食った仲間である。頼りになる。俺が寮の入り口に着くと2人は玄関で待っており、俺を出迎えてくれた。


「久しぶりだな、兼続。少しは女を理解できたか?」「お久しぶりです! 先輩」


「先輩お久しぶりです、いやぁ…まだまだですね。言うてまだ2週間ですよ。定満も久しぶり」


 俺は2人に挨拶すると男子寮の中に上がる。2週間ほどしか離れていなかったのになぜだか分からないが俺はかなりの懐かしさを感じた。リフォームしたばかりの女子寮とは違い、今にも崩れそうな古臭い木造建築の建物。息を吸い込むと鼻から男臭い…というか汗臭いが漂ってくる。


 しかしこの光景と匂いで俺はこの男子寮に戻って来たことを実感するのだ。なんというか…例えるなら下宿先から実家に帰って来た時のような安心感を感じるのである。


「あっ、そうそう。これお土産です。米は炊いてありますよね?」


 俺は鞄に入れて来たタッパーを掲げて見せる。このタッパーの中には秋乃お手製の出来立て青椒肉絲が入っている。今日俺にアドバイスをくれる2人への手土産である。


 男子寮の食事事情が悲惨なものであることを憂いた俺が秋乃にお願いして今日の女子寮の夕飯であった青椒肉絲を少し多めに作ってもらったのだ。普段インスタント・レトルト食品やスーパーのお惣菜しか食べていない男子寮の面々には嬉しいお土産だろう。


「ゴクリ…。これが山県先輩お手製の料理…。本当に僕らが食べていいんですかね?」


「やっとまともな飯にありつける…。昨日とかちくわしか食ってねぇ…」


「俺も話には聞いていましたが予想以上に美味いですよ。これだけでも女子寮に行った甲斐があるぐらい」


 俺たちは食堂に移動すると席に座り、茶碗にご飯をよそうとタッパーを開けて秋乃お手製青椒肉絲にありつく。


「美味い! まともな飯食ったの何カ月ぶりかなぁ」


「本当だ、美味しい! いいなぁ…兼続先輩毎日こんなの食べてるんですよね?」


 秋乃の作った青椒肉絲は予想以上に盛況だった。2人とも御飯が進み、我先にタッパーの青椒肉絲へと手を伸ばす。男子寮の粗末な飯と比べるとそりゃね…。どうやら俺のお土産作戦は大成功だったみたいだな。


「本当ですな。これが山県氏の手料理。我は感無量ですぞ!」


「おお! これが料理上手と噂の山県の料理か? 確かにうめぇな!」


「うわぁ!? お前らどっから沸いたんだよ!?」


 いつの間にか朝信と中山寮長が俺の隣に出没し、同じくご飯を茶碗に盛ってタッパーの中の青椒肉絲を食べていた。


「食うなよ! お前ら2人は呼んでないんだが…」


「水くせぇじゃねえか兼続! 俺らをハブって美味しい飯にありつこうなんてよぉ」


「ぐふふ、美味しいものをある所に我ありですな! 我の嗅覚をごまかそうとしても無駄ですぞ! 我の鋭敏な嗅覚は例え2メートル先からでも食べ物の匂いを嗅ぎ取れますな」


「何その役に立つのか立たないのか分からない微妙な能力…」


 当然だが今日の男子会に朝信と寮長は呼んでいなかった。朝信はデートはおろか異性の友達がいるかどうか怪しいので話を聞く価値は無いし、寮長に至っては存在自体がめんどくさいので男子会の事を黙っていたのだ。


 それなのに…どうして彼らはここにいるのだろうか? 大人しく自分の部屋に閉じこもっていればいいものを…。俺は少し頭痛を覚えた。


「おう! 聞いたぜ兼続。お前デートするんだってな。やったじゃねぇか」


 中山寮長がニヤニヤしながら俺に髭もじゃの顔を近づけてそう言ってくる。きもいからあまり顔を近づけないで欲しいんだが…。あと、汗臭い。


「何で知ってるんだよ?」


 寮長にはこのことは言っていない。理由はめんどくさいから。


「甲陽寮長から聞いたぜ!」


 あのババア…。余計な事しやがって…


「初めてのデート…何も起こらないはずが無く…。だから俺たちにデートに失敗しないようにアドバイスを求めに来たんだろ? 安心しな! 経験豊富な俺たちがバッチリアドバイスしてやるよ」


「ぬほほ。我もサポートしますぞ」


「いや待て。寮長はともかく、朝信はデートなんかしたことないだろ」


「フォカヌポゥ。それは聞き捨てなりませんぞ兼続! 我はこう見えてもデートしまくりヤリまくりですな。今までモノにした女の子の数は数えきれないほどですぞ。その知識を生かして兼続に適切なアドバイスが出来ると思いますな」


「それ全部エ〇ゲの中での話だろ…」


「ペェイヤァ! 甘いですぞ兼続! たかがエ〇ゲ、されどエ〇ゲ。ゲームと言えどそこは現実のデートとの類似点もあるはずですぞ。そう言う意味では我は兼続よりもはるかに経験豊富ですな。そうですな…『ネットヤ〇チン朝信』と呼んでもいいのですぞ」


「あるあ…ねーよ!」


 妄想の中のデートで現実のデートの経験値が上がるかと言われると否である。もし妄想の経験で現実の経験値が上がるなら世の中のオタク連中はもっと女の子の扱いが上手くなっているはずだ。俺もラブコメ作品を沢山読んできたが、見ての通りの童貞で女性の扱いなどてんで分からないのだから。


「お前らはおよびじゃねーんだよ!!! 自分の部屋に帰れ!」


「いやだぁいやだぁ! 寮長も兼続のデートのお手伝いしたいのぉ!」


「我も手伝いたいですなぁ!」


 筋肉ムキムキのおっさんと脂肪を蓄えた豚が2人で床に寝っ転がり駄々をこねる。正直気色悪いからやめて欲しい。割とガチで寒気を感じる…。


「まぁまぁ、2人とも兼続先輩が心配で来てくれたんですから追い返すのは可哀そうですよ。それにでも役に立つときはありますし。ほら、『3人寄れば文殊の知恵』っていうじゃないですか」


「グフッ…ですな」


 定満よ。朝信をフォローしたようだが本人にはダメージがいってるみたいだぞ。無自覚の攻撃…恐ろしい。


「はぁ…しかたねぇな」


「流石兼続。お前ならわかってくれると思ってたさ」


 さっきまで涙目だったのに変わり身の早い奴…。


「さて、腹ごしらえも済んだしとっとと始めようぜ! 兼続のデート童貞卒業のために一肌脱ごうじゃないか」


 先輩が箸をおいてそう宣言する。こうして俺の初めてのデート対策会議が始まったのだった。



○○〇


「そうだなぁ…とりあえず俺は事前に彼女の好きそうなところをピックアップして行き先を決めてから行くが…」「僕の場合は一緒に決めますね。彼女、一人で決めると怒っちゃうので」「ぶほほ、とりあえず待ち合わせ場所で『待った?』『ううん、今来たとこ』をやるのは確定ですな。デートの王道ですぞ!」「女なんて『俺について来い』って言って無理やり連れまわせばいいんだよ。相手の意見なんて気にするな!」


 まずデートの行き先についてアドバイスを求めたのだが…。結構みんなバラバラだな。


「そこら辺は人によって変わるからなぁ。相手に決定権を委ねてリードして貰いたい人もいれば、行き先は2人で一緒に決めたい人もいるし、はたまた女の方が決めたいって場合もある。相手と相談してデートプランをどうするか決めとくべきだと思うぜ」


「なるほど…」


 流石イケメンでモテる高広先輩の言葉だ。参考になる。人によって変わるかぁ…。確かにそうだよなぁ。あの4人はどういうタイプなんだろうか? 


 美春先輩は自分がリードしたそうだし、千夏はめんどくさがって相手に丸投げしそうだ。秋乃は相手にリードして貰いたそうで、冬梨は良く分からん。が、これらはあくまで俺の印象なので実際はどうして欲しいか聞いてみないと分からない。


 女子寮に住み始めて彼女たちの大体の性格は分かってきたけど、考えてみれば俺は性格の細かい所まではあまり知らないのだ。


 うーむ、女性を喜ばせるデートをするにはその人の細かいところまで見ておかなくちゃいけないってことなのかねぇ…。こうしてみると考えなくちゃいけないことが結構あるな。これはいい経験になりそうだ。


 甲陽寮長はこういう所を見越して今回のデートを企画したのだろうか。だとしたら結構凄いと思うが、あの人がそこまで考えて行動する姿が想像できねぇ…。


「人によって好みが違うというのはその通りだと思います。とりあえずオシャレな店に行けば良いってわけでもないですしね。僕の彼女なんかはオシャレすぎる所は逆に落ち着かないみたいで、素朴な雰囲気の所に良く行きますね」


 ほぅほぅ…。定満後輩の言葉も参考になる。俺はとりあえず雑誌に載っている『色彩市のオシャレなデートスポット』という所に行こうと思っていたのだが…好みじゃない可能性もあるのか。


 確かに千夏なんかはそういうオシャレな所よりも落ち着けるところを好みそうだ。逆に美春先輩なんかは派手にオシャレな所が好きそうだな。


「あ、あと当然だけどデート当日はキッチリした服装で行けよ。ダボダボの服装で行くんじゃないぞ」


「それは大丈夫です。服屋に行って店員さんにコーディネートして貰った服が何着かあるんで」


「それと本来の予定とは違うアクシデントが起こった時のためにサブプランはいくつか考えておいた方がいいかもしれません」


「あー…行く予定だった店が閉まってたりとか? 確かにそうなった時困るよな」


「あとなんかあったっけ? そうそう、女の子の服装は褒めてやれよ。一応時間かけて選んでいるはずだからな」


「服装を褒める…っと。」


 俺は2人の言葉にふんふんと頷きながらスマホのメモ帳にメモを書きこんでいく。やはり彼女持ちだけあってためになる話が多い。雑誌の情報だけに頼らずにこの2人に話を聞きに来て正解だったようだ。


「女を虜にするには自分の肉体美きんにくをアピールするんだ。当日はシンプルなタンクトップで上腕二頭筋じょうわんにとうきんを見せつけて行け!」


「筋肉をみせつけろ…ん?」


 突然変なアドバイスが来たので俺はメモを書く指を止める。


「おい寮長…。変なこと言うのやめろよ。危うくメモる所だったじゃないか」


「別に変なことは言ってないさ。女は男のたくましい筋肉に惚れるんだ…。これは人間がウホウホ言ってる猿の時代から変わらない絶対的な真理! 見ろ! 俺の丹念に鍛えたたくましい上腕二頭筋を! 美しいだろう?」


 そう言って寮長はマッスルポーズをとり、俺に筋肉を見せつけてくる。…ただでさえ今の時期は梅雨で蒸し暑いのに、さらに暑苦しくなるような動作をするはやめてくれ。


「どんな女もレベルを上げて筋肉で殴ればを見せつければイチコロよ! 落ちない女はいない!!」


「それイチコロの意味違うくない…?」


「こういう時のためにお前らを俺の趣味の筋トレに付き合わせていたんだぞ。俺に感謝して貰いたいね!」


「それ絶対今取って付けた理由だろ…」


 めんどくせぇ…。だから男子会にこいつを呼びたくなかったんだ。寮長ってのはウザくないとなれない制約でもあるのか?


「兼続、お前今俺のことウザいと思ったろ?」


「ああそうだよ! 心底うっとおしいと思ってるよ!!!」


「えっ!? そんな…」


「意外そうな顔するのやめろ!!! さっき自分で『ウザいと思ったろ?』って言ったろ!? 撤回されるとでも思ったのか!」


「兼続が…あの兼続が俺をここまでコケにするなんて…寮長ショックゥ!!!」


 こいつ顔芸までしてきやがった。クソウゼェ…。


「ぐふふ、兼続。デートの後はお楽しみですかな?」


 ニタニタした顔をしながら今度は朝信が俺に絡んでくる。あー…そういえばスルーしてたけどこいつもいたな。全く持って頭が痛い。1人払いのけたらまたもう1人が絡んでくる。めんどくさい…。


「あのな朝信。さっきも言ったけど俺は彼女たちにお情けでデートしてもらうの。だからお楽しみとかそう言うのは無いんだよ」


「なんと!? 兼続、それではヒロインを攻略できませんぞ?」


「そもそもこれはデートの練習なんだから攻略もクソもないだろ。いい加減頭の中からエ〇ゲをアンインストールしろよ」


「いや、朝信の言う事も一理ある。兼続、確かにこれはデートの練習かもしれない。だが最初から負けた気でいてどうするんだ? そんなんじゃ相手もお前とデートしてて楽しくないだろうよ」


「先輩!?」


 先輩の言葉に俺はハッとした。


 先輩の言う通り、俺は相手があの大学の4女神という事で自分には芽が無いなと最初からあきらめ気味で今回のデートに臨んでいた。


 しかしそんな心構えでは、例え今回の練習相手が他の女の子だったとしても俺になびいてはくれないだろう。本気でやらなくちゃ俺に対する好感度は上がらないんだ。そして好感度が上がらなくては彼女なんてできようがない…。


「わかりました先輩。今回のデート、俺なりに本気で相手とデートすることを想定してやってみます」


「その意気だ兼続!」


「僕も応援してます!」


「2人とも…」


「我も!」「寮長も!」


「良い話になってるんだからお前らはちょっとは自重しろよ!!!」


 俺の決意に水をさすかのようにウザ絡みしてくる2人。こいつらの相手するの本当疲れる…。


 ツッコミすぎて肩で息をする俺の肩に、寮長はポンと手を置くとやさしく語り掛けてきた。


「すまなかった兼続、俺も可愛い寮生に彼女が出来るかもしれないと思うと興奮してつい余計な事を言っちまうんだ。許してくれ」


「そう思うんならもう黙っていてくれ…」


「これ…デートに必要になると思って買ってきた。ぜひ使ってくれ。俺からの餞別だ」


 寮長はそう言ってビニール袋を俺に差し出す。寮長がこういう事をするなんて珍しい。いつもは超絶ドケチで差し入れなんてしない癖に…。


 俺はビニール袋を受け取ると中身を覗き見た。なんと中にはコン〇ームが入っていた。


「避妊はしっかりしろよ!」


「この前のコン〇ームじゃねぇか! ふざけんな!!!」


「ゲーミングコン〇ームだ! 七色に光る奴だぞ!」


「どうでもいいわ!」


 俺は寮長にビニール袋を投げつけると男子寮を後にした。



○○〇



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