カップル限定メニューなんて2度と頼まない

「へぇ~、面白そうなことやるじゃない? いいわ。協力してあげる」


「はぁ、本当にあなたたちは…店に迷惑かけるんじゃないわよ…」


 寮長が愉快そうな顔をして、そして高坂さんがまたアホなことをしているなという顔で俺らを見る。高坂さんの軽蔑の視線は痛いが、冬梨に脅されているので仕方がない。


「…モーマンタイ。お店の人はただカップルに商品を提供するだけ(冬)」


「何故いきなり中国語…?(夏)」


「わたしもさっきメニュー表見た時に気になってたのよね。冬梨、協力する代わりにわたしにもひとくち頂戴? どうせお金払うの兼続だし(寮)」


「おい!」


 どうも限定メニューは食べ放題とは別に料金を取られるらしい。俺が出すからって好き勝手言いやがって…。


「…寮長はひとくち頂戴って言って沢山食べるから嫌!(冬)」


「今回はそんなことしないからぁ♡(寮)」


「…仕方ない。本当にひとくちだけなら許す(冬)」


「決まりね! じゃあ店員さん呼ぶわよ(寮)」


 寮長がノリノリで呼び出しボタンを押す。しばらくして店員さんがオーダーを取りに来ると冬梨は店員さんにカップル限定のイチゴパフェを注文する。


「えっと…、どなたとどなたがカップルでしょうか?」


「冬梨と…「はぁーい。わたしたち全員がカップルでぅえーす(寮)」寮長!?(冬)」


「えっ!?(店)」「はぁ!?」「ちょ!?(夏)」


 このオバハンやりやがった。なんか寮長の理解が良いなと思ったらこれである。彼女の顔を見ると「こんな面白そうな事にわたしが何もしないはずないじゃない♪」というクソ腹の立つ顔をしている。


「えっと…どういうことでしょうか?(店)」


 店員さんが明らかにドン引きして愛想笑いを浮かべている。接客業の人って大変だな。寮長みたいな頭のおかしい奴の相手をしなくちゃいけないなんて…。


「わたしたち全員この男と付き合ってるのよ。このメニュー表にはカップルは2人じゃなくちゃいけないって書いてないわよね? カップルの人数が4人でも問題ないはずよ(寮)」


「おい! アンタふざ…むぐっ」「寮長おふざけが…むうっ(夏)」


 俺と高坂さんが寮長に抗議しようとしたが、冬梨の手に猛スピードで口をふさがれる。冬梨はヒソヒソ声で俺たちに耳打ちしてきた。


「(…兼続、千夏。ここは押さえて、でないとパフェが食べられない)(冬)」


「(いや、俺は構わないけど、高坂さんまで巻きこんじゃダメだろ?)」


「(はぁ…もう頭が痛くなってきたわ。好きにして)(夏)」


「(ちょ!? 高坂さん!?)」


「(寮長がああなったらもう止めるのは無理よ…。あきらめて受け入れましょ…)(夏)」


「(えぇ…)」


 この場で唯一の常識人である高坂さんが早々に根を上げてしまったので俺の味方はいなくなってしまった。しかし彼女の憔悴具合をみていると相当寮長に振り回された経験があるんだろう。お疲れ様としか言いようがない。


「た、確かにそうですけど…(店)」


「じゃあ問題ないわよね? パフェを持って来て頂戴!(寮)」


「か、かしこまりました~。少々お待ちください(店)」


 店員さんが厨房に向かった後、寮長はニタニタとしながらこちらを向く。


「兼続、初めて彼女ができた気分はどう?(寮)」


「最悪の気分だよ…」


「あらぁ? 大学の4女神と呼ばれている美少女のうちの2人とこの超絶美女のわたしの3人と偽造とは言えカップルになれたのに嬉しくないんだ?(寮)」


「めんどくさい事しやがって…あの店員さんの顔引きつってたぞ」


「これであんたはこの店でクズの3股男と言われるようになるでしょうね。良かったわねモテ男になれて(寮)」


「ちっともよかねぇよ!」


 こいつ…俺を困らせるためだけにああいうことを言ったのか。この性悪ババアめ。



○○〇



 数分後、店員さんが巨大なイチゴパフェを持ってきた。30センチはあろうかというパフェが俺達の前に置かれる。これでもかと入れ物に詰め込められたソフトクリームの上に沢山のイチゴとイチゴソースがかけられている。かなり美味しそうである。


「…おおー、これがスイキン(※スイーツキングダムの略)限定のイチゴパフェ…。じゅるり…(冬)」


「美味しそうじゃない。これは頼んで正解だったかもね(寮)」


「…ずずっー。あぁ…日本茶が美味しいわ…(夏)」


 高坂さんが遠い目をしている。もう彼らに抵抗するのは完全に諦めたのだろう。茶を飲みながら我関せずという態度だ。


「え、ええっと…。実はこのパフェを頼んだカップルの皆さんには記念写真をお願いしてまして…(店)」


「えっ…?」「あれま!(寮)」「…それは盲点だった(冬)」「ずずっー…えっ!?(夏)」


 そう言って店員さんは遠慮がちに手に持ったカメラを掲げてくる。えっ…マジで記念撮影しないといけないの?


「いいじゃない。わたしたちがラブラブなカップルだって事見せてあげましょうよ(寮)」


「…パフェのためには致し方なし(冬)」


「あはは…もうどうにでもなぁれ(夏)」


 高坂さんが壊れてきている。俺もそうだがまともな人は寮長のノリにはついていけないのだろう。クソッ、このアラサーババアは本当に碌なことしないな。


「そ、それじゃあいきますよ。ハイ、チーズ!」


 パシャリ


 結局俺たちは観念して4人でカップル写真を撮ることになった。4人で仲良く肩を組んでのポーズである。寮長はノリノリで顔芸しながら、冬梨はいつも通り何を考えているのか分からない顔で、高坂さんは魂の抜けたような顔をして、俺は困惑顔で。結構謎なカップル写真の出来上がりである。


「この写真は帰り際に差し上げますので…、あと店内の掲示スペースにも飾らせていただきます」


 店員さんの指さしたスペースを見ると今までカップル限定メニューを頼んだであろう人の写真が載せてある。あそこに載せられるのか、凄く複雑な気分である。これが本当のカップル写真なら喜んだかもしれないが。正直寮長の悪ノリと羞恥心で俺も精神的に疲弊していた。


「あぁ…もう帰りたい(夏)」


 お詫びのためとは言え、俺が今日ここに誘ってしまったのでなんだか申し訳ない気持ちになる。高坂さん…強く生きてくれ。食べ放題の制限時間があと30分なのでもう30分我慢すればここから出られるから。


「…パクパク。このパフェ美味しい(冬)」


「ホントね。このイチゴ凄く甘いわ(寮)」


 冬梨と寮長は呑気にパフェを食べている。カップル写真を撮ったことなどもうとうの昔に忘れましたと言わんばかりの態度だ。ある意味こいつらのメンタルが羨ましい。氏政もそうだが、どうすればこんな鋼のメンタルになれるのだろうか。


「兼続、なにしなびたせんべいみたいな顔してんのよ? せっかく美味しいお菓子食べてるんだからもっと楽しそうにしなさいよ(寮)」


「どんな顔だよ…」


 本当にこの人には呆れ果てる。あんたが疲れるようなことするからこっちはそんな顔になっているっていうのに…。こんな無茶苦茶な人が本当にモテていたんだろうか?


「寮長って本当にモテてたのか?」


「失礼ね! モテモテだったわよ。わたしがあんたたちと同じ大学生の時なんか50人ぐらいと付き合ったわ!(寮)」


「…アバズレクソビッチ(冬)」


「あのねぇ。女は男と付き合えば付き合うほど価値が上がるのよ。そう言う意味では50人以上と付き合ったわたしは誰とも付き合った事のないあんたたちの何十倍も価値のある女ってワケ! 所詮あんたたちは新品なだけの粗大ゴミよ! オッホホホホ!」


「…酷い言い様ね(夏)」


「大学4年間で本当に50人と付き合ったとすると1人当たり約1カ月ほどか…。別れるの速すぎじゃない? それだけの人数と付き合って腰を据えて付き合える人と出会わなかったのか?」


「お試しで付き合ったのはいいけどわたしに見合う男じゃないから捨てたのよねぇ。なぁ~んかどいつもこいつも付き合ったあたりから性格が豹変するのよ。それまでわたしに凄く貢いでくれて優しかったのに急に冷たくなったりとか…。だから捨ててやったわ(寮)」


(んん…? それって…?)


 俺は寮長のモテ話に懐疑心を持ち始める。付き合ってから冷たくなる…? そんな話どこかで聞いたような…。同じく話を聞いていた高坂さんも何かに感づいたらしく、俺たちは顔を見合わせる。


「寮長…、少し下品な話をお聞きしますけど…。男の人が冷たくなったのって寮長が男の人に体を許した後では…?(夏)」


「そういえば…そうだった様な気が…(寮)」


「寮長…それ単にヤリ捨てにされただけじゃね…?」


「ちょ、兼続君。そんなストレートに言っちゃダメよ!(夏)」


「ヤリ…捨て?(寮)」


 寮長はポカーンとしながら俺たちの話を聞いている。おそらく大学内で寮長が簡単にヤレる女だとの話が出回ってたんだろうな。それで大学のヤ〇チン共が遊びがてら寮長を攻略してたと。そして攻略してヤッた後はめんどくさいので冷たくして別れを切り出させる。よくある手口である。


「嘘よ…。だって誠君も春希君も貴明君もわたしのこと愛してるって…(寮)」


「いやぁ…そんなのヤ〇チンが言う常套句じゃね? あいつら息を吐くのと同じようにそういう言葉を使うぞ…」


「そんな…そんな…(寮)」


「…ざまぁ(冬)」


 流石の寮長もこの話を受け入れがたいのか、動揺している様だ。しかし、寮長の話を聞いているとそうとしか思えない。というかいくら若い頃美人だっとしてもこんな我儘で無茶苦茶で頭のおかしい人と真面目に付き合ってくれる人がいるとは俺には思えなかった。


「わたしは今まで自分が魅力的な女だと勘違いしてたのね…。どうしよう…。これじゃ結婚もできないわ…(寮)」


 珍しく寮長がシュンとうなだれている。まぁヤリ捨てされたって事実は中々きついものがあるよな。


 いつもは腹が立つぐらいクソウザい人ではあるが…、彼女が落ち込んでいるとそれはそれで調子が狂うものである。


「(どうする? 寮長、ゴキブリを足で踏んづけた時みたいな絶望的な顔してるぞ…)」


「(自業自得とはいえ流石にこのままでいられるのは気分が悪いわね…。仕方が無い、適当に仰ぎますか)(夏)」


 俺は高坂さんと相談すると寮長を励ますことにした。


「ま、まぁ例えヤリ捨てされていたとしても寮長が魅力的な女性であることは変わりませんし…(夏)」


 高坂さんがぎこちない笑顔を作って寮長をおだてる。


「そ、そうそう、それに最近は女性がもっとも輝くのは30代後半からだって言われてるじゃないか。ちょうどアラサーの寮長と同じぐらいだし、だからそんなに気を落とさなくても…。寮長はこれからだよ、これから!」


 俺たちの必死におべっかに寮長は顔をガバっと上げる。その顔は希望に満ち溢れていた。


「そうよね! 例えヤリ捨てが事実だったとしてもわたしが魅力的だという事実は変わらないわよね。魅力的だからこそ男が寄ってくるんだもの。こうしちゃいられないわ。早速明日は婚活パーティに参加よぉ! いい男は全てわたしのものぉ!(寮)」


 どうやら俺たちの必死の持ち上げに気を良くして立ち直ってくれたようだ。この人が立ち直りの早い人で良かった…。


「…ふぅ、満足した。お腹いっぱい(冬)」


「お前は本当にマイペースだな…」


 高坂さんと冬梨にお詫びするためにスイーツショップに来たのに、寮長のせいでどっと疲れてしまった…。これからはこういう事は寮長に気づかれないようにやろう。



○○〇


※作者からのお願い


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