完璧な高坂さんの華麗なる日常

 その日も俺はいつものように講義に出ていた。最近では朝信と氏政の他に秋乃もよく俺と絡むようになって来た。女性という物を学ぶ上で仲の良い異性が増えることは喜ばしい事である。


 俺達は教室に着くと席に座る。席順はいつも通り俺の左右に朝信と氏政、そして俺の後ろに秋乃が座る。最近はこの布陣が板につきつつある。


「そういえば…今日は高坂さんがいないな。確かこの講義履修してなかったっけ?」


「え゛っ? あー…その千夏ちゃんは…今日はちょっと遅れてくるって言ってた。なんか用事があるんだって」


「高坂さん忙しそうだしな。今日の寮の朝食に現れなかったし、ご飯を食べられないってよっぽど忙しいんだろう」


「あ、あはは…」


 …なんか秋乃が少しうろたえていたような気がしたが…。何かあるのだろうか? そういう話をしていると廊下から誰かが走って来る足音が聞こえた。噂の本人、高坂千夏の登場である。


 彼女は全力で走って来たのか汗をかいていて、赤く上気した顔に彼女が着ている白い服が肌に貼りついていてそのキュートなお腹が透けて見えているのが少し艶めかしい。俺は先日の寮の風呂場での一件を思い出して少しドキドキしてしまう。ダメだ…平常心平常心。俺は彼らの恩情によって許されているのだと心に刻みつける。


「ハァハァ…。ごめん、ちょっと遅れちゃった。まだ教授来てないわよね?」


「大丈夫、まだ来てないよ。それよりも千夏ちゃん、汗汗」


「あっ、ごめんなさい…」


 秋乃がカバンからタオルを取り出すと高坂さんに手渡す。流石秋乃、用意の良いことだ。もはや彼女は寮のお母さん的存在であると言える。正直クズの甲陽寮長よりもよっぽど寮母らしい。


 高坂さんは秋乃からタオルを受け取ると、俺らからは見えない位置に行き汗を拭きとる。汗を拭き戻ってた彼女はいつものキリッとした顔に戻っていた。


「ありがとう秋乃。後で洗って返すわね」


「別にいいよ。バックにしまっておくから」


「えっ? それだと汗の匂いとか雑菌がバックに付いちゃうんじゃない?」


「千夏ちゃんの汗は別に汚くなんてないよ?」


「秋乃…/// いや、やっぱり洗ってから返すわ」


 あの2人は同回生で同じ寮に住んでいるだけあって仲が良い。大学生ともなるとその自由な生活故に男も女も薄っぺらい関係しかない友人というのが増えるものだが、あの2人に関してはそれは当てはまらないらしい。


「(ぬほほ。あれが俗にう『キマシタワー』と言う奴ですかな? 我も百合の間に挟まりたいですぞ)」


「(やめとけ、戦争が起こるぞ…)」


「(ところで『キマシタワー』の『キマシ』とはどういう意味ですかな? 『タワー』は塔であることがうかがい知れますが、『キマシ』の意味がまるで分かりませんぞ…。食器をゴシゴシこする奴ですかな?)」


「(それはタワシだろ…。『キマシ』・『タワー』で切るんじゃなくて『来ましたわー』っていう意味だろ…)」


「(フォカヌポゥ。これは1本とられましたな)」


 2人の様子を見ていた朝信が小声で話しかけてくる。どうやら2人の関係が百合に見えたらしく頭の中でピンク色の妄想をしているようだ。こいつは一回頭の中からエ〇ゲをアンインストールした方が良いと思う。それはそれで彼の頭の中のデータが全部なくなりそうだが。


 俺が朝信のくだらないボケにため息を付いていると教授が教室に入って来た。どうやら講義が始まるらしい。



○○〇



 そして講義中。教授が話す難しい話を俺はノートにメモりながらなんとか頭の中に入れていく。大学の教授というのは高校までの先生とは違い、あくまでその分野の専門家であって人に物を教える専門家ではない。なので教授によっては非常に教え方が下手くそな人と言うのが存在する。


 今俺が講義を受けている前財ぜんざい教授もどちらかというと教え方が下手くそな教授の1人だ。よく話が脱線してあちらこちらに飛び回るし、自分語りも多いし長い。それに活舌が悪くて何を言っているのか分からない時がある。だが必修の講義なので単位を取っておかなくてはならないのだ。


 ふと高坂さんの方を見ると彼女は眼鏡をかけていた。普段はかけていないのだが、講義中は黒板が遠いのでかけているらしい。普段から賢そうな顔をしているのだが眼鏡をかけるとより賢こそうに見える。知的でクールな感じと言えば良いだろうか。『知の女神』と呼ばれるのも伊達ではない。


 講義が進み、教授が生徒に向かってとある質問を投げかけるが、俺は全く分からなかった。講義を受けていた大多数の生徒もわからなかったようだ。しかし、高坂さんはその教授の質問に果敢にも挙手して淡々と答え答えを述べていく。加えて教授と議論もしているようだ。


 正直凄いと言わざるを得ない。俺はあそこまで完璧に答えられないし、教授と議論などできようはずがないからだ。相当勉強しているんだろう。おそらく今日彼女が講義に遅れて来たのも夜遅くまで勉強していたに違いない。


 そして講義が終わると、高坂さんの周りには人が集まって彼女に質問していく。あの教授の講義は分かりにくいので、講義の後で高坂さんに聞いた方が分かりやすいという人が結構いるのだ。彼女はそれに嫌な顔1つせずに答えていく。俺ならめんどくさくて逃げ出すだろう。人格もできているようで本当に尊敬せざるを得ない。


「ありがとう。高坂さんって本当に完璧な人ね」


「そう…アリガト」


 質問した学生の1人が高坂さんにそう感謝の言葉を述べる。しかしその言葉を受け取った彼女の表情は少し複雑な表情をしていた。どうしたのだろうか?


「どうした兼続? そろそろ移動しないと次の講義に間に合わんぞ」


「いや、やっぱり高坂さんって凄いなぁと思ってさ」


「確かに、美人で頭も良くて性格もそこそこ良いからな。天は彼女に一体何物を与えてんだって話だよな。唯一乳だけは無いのが残念だが…」


「お前なぁ…そんなことばっかり言ってるから女の子に嫌われるんだぞ」


「しかも高坂さんの隣によくいるのが巨乳の山県さんっていうのがもうね。文字通り大きな山とストーンとした平野が並んでるんじゃそりゃ言われるだろ。あれじゃ坂じゃなくて坂だよ。いや、まな板千夏の方が良いか。ちなみにお隣の国中国じゃ貧乳の事を飛行場って言うらしいぜ。その心はどちらも『まったいら』ってか?」


「おい、それ以上は…」


「第一さぁ…巨乳には夢が詰まってるけど貧乳には夢が無いんだよな。なんというか夢を掴もうとしてもつかめない感じ? こう…掴もうとしてもスカッ、スカッって…」


「へぇ~、あなたって私のことそんな風に思ってたんだ」


「えっ?」


「あーあ…」


 氏政が貧乳について熱く語っているとその話を聞いていたであろう高坂さんがニコニコしながら彼の後ろに立っていた。だが俺にはわかる。顔は笑っているが目は全く笑ってない。あそこまで言われればそりゃ誰でも怒るよな。


 怒りのオーラをまといながら高坂さんはジリジリと氏政に詰め寄っていく。


「セクハラで訴えられたいのかしら? 今の言葉…スマホのボイスレコーダーに録音済みだからいつでも訴えられるわよ」


 そう言って彼女はスマホの録音画面を氏政に押し付けている。


「いや…その…さっきのは兼続からの受けおりで…こいつ普段から貧乳のことバカにしてるんですよ! Cカップ以下は人権ないって…」


「おい! 俺はそんなこと一言も言ってないぞ。捏造すんじゃねえ!」


 ノットヒューマンライツはガチでヤバいって言ってるだろ! いい加減にしろ! 

 

 氏政の野郎また俺を売りやがった。この前も俺が女子寮に住んでいるのが許せないからって理由で大学中にその話をばらまいたりしていたし、こいつとは本気で縁を切った方が良いのかもしれない。


「友達を売るなんて最低ねあなた。生きてる価値あるの?」


 うわぁ…凄い辛辣。あの高坂さんにあそこまで言わせるのが氏政クオリティ。


「ほんの出来心だったんですぅ…許してください。お詫びに俺の下半身見せますから…」


「見せなくていいわよ!? 本気で訴えるわよ! いい? 次同じ事言ったら大学の法テラスに駆け込むからね。いこっ、秋乃」


 そういうと高坂さんは秋乃と一緒に次の講義に行ってしまった。一方の氏政はというと彼女が教室から出ていくまではシュンとしていたのだが、彼女が教室から出たことを確認すると途端にゲス顔になる。


「ふぅ…ちょろいぜ! こう言うと大抵の女は引き下がってくれるんだよな。兼続も覚えとくといいぜ」


「絶対使わねぇよそんなの」


 こいつ本当にクズだな。



○○〇



 その日の講義も終わり俺は寮に戻った。教授に出された課題を机に向かいながらもくもくとこなしていく。そうしているとreinに着信が入った。差出人は秋乃で「夕飯が出来たから食堂に来て」とのことらしい。俺は課題を中断するとルンルンで食堂へと向かう。


 食事は俺が女子寮に来てもっとも楽しみにしている事の1つである。なんせ秋乃が料理上手だからどれもこれも美味いのだ。男子寮に住んでいた時はスーパーの出来合いの総菜やレトルト・インスタント食品ばっかりだったのでその味には天と地との差がある。


 今日のメニューはハンバーグだった。湯気が上り、デミグラスソースの豊かな香りが鼻を通って脳に達し食欲を刺激する。それと同時に俺の口の中には涎が溢れた。


 しかし毎日こんなに手の込んだ料理を作るのは大変じゃないだろうか?


「なんか毎日豪勢な料理を作って貰っちゃって申し訳ないな」


「ううん、気にしないで。好きでやってることだから」


 秋乃は笑顔でそう言ってくる。あぁ…流石慈愛の女神様。優しい。でもずっとその優しさに甘えていると自分がダメになってしまいそうだ。


 毎日彼女に食事を作ってもらっていると彼女に負担が集中してしまう。なので彼女の負担を減らすために何日かに1回は秋乃の定休日を作って寮のメンバーが交代で料理を作った方が良いのではないだろうかと思った。 


 俺はその考えをみんなに提案してみたのだが、やはり秋乃にずっと甘えっぱなしは良くないというのは全員思っていたらしく、賛同してくれた。


「そういえばちょっと気になったんだけど…、みんなは料理作れるの?」


「あたしはまぁ簡単な奴なら…。手の込んだのは無理ね」


 と言うのは美春先輩。おそらく料理の腕前は俺と同じぐらいだろう。俺もチャーハンなどの簡単なメニューは作れるが、作り慣れていないメニューになるとレシピを見ながらでないと作れない。


「…冬梨もそれくらい」


 冬梨も同じぐらいのようだ。まぁ学生の料理レベルなんて大体そんなもんだろう。幸い今の時代はmetubeなどの動画サイトで有名レストランのシェフが本格的なレシピを乗せていたり、熟練の奥様方が美味しい手抜きレシピの料理動画を大量に出しているので作るのに困ることは無いだろう。魚の捌き方から出汁の取り方まで何でもある。


「高坂さんはもちろんできるよな?」


「え゛? あ…あぁ…もちろんよ。流石に秋乃程じゃないけどね」


「千夏が料理ねぇ…(ニヤニヤ)」


「先輩、うるさいですよ」


 一瞬どこから出したんだというような凄い声が聞こえた気がしたが…、完璧超人の高坂さんが料理を出来ないなんて言うのはあり得ないだろう。


「千夏ちゃん…大丈夫? 無理しなくていいんだよ」


「大丈夫よ。私にかかれば料理ぐらい朝飯前だわ」


「?」


 秋乃が高坂さんを心配そうな表情で見つめている。


 …あぁ、そうか。おそらく高坂さんは仕事が多くて忙しそうだからキャパシティオーバーしないか心配なのだろう。


「高坂さんは忙しそうだし、料理当番からは外れてもらう?」


「大丈夫大丈夫…。料理を作る時間ぐらいはあるわ。私だけ外れるってのもね。じゃあ早速明日は私が作るわね。楽しみにしてなさい兼続君!」


「ああ、分かった」


「そうと決まればスーパーに材料を買いに行かなくちゃね。秋乃、ついて来てもらえるかしら?」


「それはいいけど…。大丈夫かなぁ…」


 明日は高坂さんの料理が食べられるのか。彼女の作る料理はどんなものか楽しみだな。



○○〇


※作者からのお願い


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