あれ…? 高坂さん?

 次の日の朝。朝飯が出来たというので俺はさっそく食堂に向かう。今日の食事当番はあの完璧な高坂さんが作るのである。秋乃程ではないけど少し楽しみだった。彼女は一体どのような料理を作っているのだろうか?


「おぉ~」


 そこに並んでいたのはまさに日本の朝食ともいうべきメニューだった。炊き立ての白いご飯にみそ汁、おかずにはシャケと卵焼き。どれも美味しそうである。


「フフン、どう? 私だってやれば出来るのよ」


「流石だよ。すごく美味しそう」


「あはは…(秋)」


「へぇー、千夏料理出来たのね(春)」


「…お腹空いた(冬)」


「ニヤニヤ(寮)」


 高坂さんがドヤ顔でそう述べる。彼女の料理の腕前なんて全く心配などしてなかったけれど、いざ目のあたりにしてみるとやはり凄いもんだ。ごはんは艶があって米粒が立っているし、みそ汁も出汁が効いていて美味い。卵焼きなんて料亭の卵焼きみたいに綺麗に焼けているし、シャケの焼き加減もちょうどいい。


 だがみんなの反応が少しおかしい気がする。あの高坂さんだぞ? 才色兼備で完璧超人の彼女が料理が出来ることがそんなに意外な事なのだろうか? 今まで料理を披露したことがなかったとか?


 それに何だかいつもの高坂さんと比べると少し元気…というか覇気がないような気がするのだが、気のせいだろうか? 良く見ると目の下にクマがある気がする。もしかして…睡眠不足? 


 やはり高坂さんは朝食を作るために無理をしたのではないかという疑念が俺の中に生まれた。当然だが朝飯を作るにはみんなより早く起きなければならないため、その分いつもより睡眠時間が削られることになってしまう。


 秋乃が大変そうだったので食事当番をたまに交代してはどうかと提案したのだが、それが多忙な高坂さんにはかえって負担になってしまったと俺は予測した。


「やっぱり高坂さんは料理当番のローテからは外れて貰った方が良いのかもな」


「えっ、どうして? そんなに不味かったかしら? ちゃんとmetubeでよしゅ…ゲフンゲフン…何でもないわ」


「いやそうじゃくて…高坂さん今日無理して朝飯作ったんじゃないの? 目の下にクマがあるよ。秋乃の負担を減らすために提案したことだけど、それがかえって高坂さんの負担になっちゃったんじゃないかって思って」


「あ、あぁー…そっちね。大丈夫よ。たまたま昨日が忙しかっただけだから、少し寝不足なだけ。気にしないで」


「本当に? 無理してない?」


「大丈夫、大丈夫。心配してくれてアリガト!」


 そう言って彼女はクマのある顔で笑顔を作る。うーん、心配だな…。そこで先ほどからニヤニヤしていた寮長が言葉を発した。


「千夏、あんたの。そろそろ直すときが来たんじゃないの?」


?」


「何でもない何でもない…。兼続君は気にしないで。ちょっと寮長! 変な事言わないで下さい!」


「そう言えば高坂さんの分の朝食が無いけど…」


「え? えっと…あー…そう。私はみんなが起きてくる前にもう食べちゃったのよ。だからもうお腹いっぱいで…気にせず食べて頂戴」


「そう? じゃあお言葉に甘えて」


 今日の彼女は少し挙動不審な気がするが…。寝不足だからこうなってるんだろうと俺は納得して気にせず流すことにした。



○○〇



 そして更に次の日、今日の朝食はいつも通り秋乃が作る日である。俺は腹をすかして食堂へ昇って行った。


「高坂さん遅いな…」


 寮の食事は基本的に全員揃ってから食べるのが原則なのだが、朝食の場に高坂さんは現れなかった。おそらく今日も何かしらの作業をしているのだろう。


「おそらく昨日のが祟ったのね。兼続、悪いけど千夏を呼んできてくれないかしら?(寮)」


「えっ? でも秋乃がreinで朝飯できたって送ったんだろ? それで来ないってことは忙しいってことだし、あまり邪魔しない方が良いんじゃ…」


「大丈夫、忙しくなんて無いから。あの娘多分まだ寝てるんだと思うわ」


「えっ? あの高坂さんが時間通りに起きられないってありえるのか? あ、そっか。昨日クマ出来てたもんな。寝不足だから起きられなかったのか」


 あの完璧超人の高坂さんが寝坊なんてするのかと思ったが、昨日無理をしていたようなので疲れて起きられなかったのだろうと俺は推測した。目の下にクマを付けた彼女の顔が俺の頭に思い出される。


「ククッ。半分当たりで半分はずれね。とっと部屋に行ってきなさい。千夏の部屋は左から2番目よ(寮)」


「寮長…。千夏ちゃんのはあまりバラさない方が…。本人も嫌がってましたし…(秋)」


「いいや、を直さない限りは千夏に彼氏なんて一生無理よ! これはあの娘の悪い所を直す治療みたいなものよ(寮)」


「あたしはなんか面白そうだし、寮長に賛成(春)」


「先輩!?(秋)」


「…お腹空いた。先に食べて良い?(冬)」


「美春も面白がって場合じゃないわよ。あんたにも治療はするんだからね(寮)」


「ええっ? お手柔らかにお願いね寮長…(春)」


「さぁ、千夏を叩き起こしてきなさい兼続! びっくりして漏らさないようにね。クククッ(寮)」


「漏らすかよ…」


 良く分からんままに食堂を追い出されたので、仕方なく階段を上がり2階にある彼女の部屋に向かう。


「えーっと…。高坂さんの部屋は左から2番目だっけ?」


 ちなみに部屋順は左から美春先輩、高坂さん、秋乃、冬梨らしい。左から春夏秋冬と覚えれば良いという風に教わった。というかドアの前に『高坂』ってちゃんと書いてあるじゃないか。俺はドアの前に立つと数回ノックした。


「高坂さん、起きてる? 朝ごはんの時間だよ?」


 しかし中からは何の反応もない。これで起きないとなると相当眠りが深いのだろう。どうしようかと思ってドアノブに手をかけるとなんと鍵がかかっていなかった。女の子の部屋に勝手に入るのはあまり褒められたことではないが…寮長からは起こして来いと言われてるし、起こすためには仕方が無いだろう。俺は意を決するとドアノブに手をかけた。


 考えてみれば何気に俺は女の子の部屋に入るのは初めての経験なんだなよな…。高坂さんの部屋はどういう部屋だろう。彼女の事だから整理整頓の行き届いた綺麗な部屋で…後は女の子らしくぬいぐるみなどがあったりするかもしれない。俺はそんな想像力を書きたてながらドアノブを捻り部屋の中へと足を踏み入れた。



○○〇



「って…なんじゃこりゃ!?」


 彼女の部屋に足を踏み入れた俺が見た物…それは足の踏み場が無いほどに散らかったとんでもない汚部屋だった。講義のレジュメや衣服や下着、お菓子の袋などがそこら辺中に散乱している。豚の朝信の部屋と同じぐらい汚い。


 えっ、俺入る部屋間違えた? ここって高坂さんの部屋だよな? 俺は部屋の外に出てネームプレートを確認する。


 『高坂』…間違いない。ここはどうやら高坂さんの部屋らしい。完璧超人の高坂さんの部屋がコレ? だって彼女の事だから部屋は綺麗に整頓されているはずで…なんでこんなに汚いんだ? 


「なぁに? うるさいわね…」


 奥から高坂さんの声がする。やはりここは高坂さんの部屋らしい。彼女は盛り上がったベットのかけ布団中でごぞごぞと動いている。


「あぁ…そうか。もう朝ご飯の時間なのね。待って今起きるわ…。ふわぁ~」


「………」


 あまりの衝撃に困惑し俺は部屋の入り口で立ち尽くしていた。彼女がもぞもぞとベットから出て来る。俺は彼女の姿を見て更に衝撃を受けた。なんとパンツ1丁だったのである。上には何も羽織っておらず、下に薄い水色のパンツを穿いているだけだった。


 「おっさんが寝る時の格好かよ、何か羽織れよ」と突っ込みを入れたかったが今はそういう事を言ってる場合じゃない。見えてる見えてる。彼女の可愛らしい胸を見るのはこれで2度目である。


「へっ!?//////」


 どうやら寝ぼけていた彼女が俺に気が付いたようだ。見るからに顔だけでなくその白い体がカッと赤く染まり、手で胸を隠す。


「どどどどどど…どうして兼続君が私の部屋に?//////」


「おおおおお落ち着いて…これにはワケが、寮長に起こしに行けって言われたから! とりあえず服を着てくれ」


「わわわわ分かったわ。っていうかとりあえず部屋から出て行って!///////」


「わ、悪い…」


 俺は急いで部屋の外に出てドアを閉める。はぁー…心臓が止まるかと思った。もうラッキースケベはこりごりだって言ったじゃないですかー。ヤダー! この短期間に2度…これはもう許されないかもしれない。頭の中にパトカーのサイレンの音が聞こえ始める。俺は震えながら部屋の前で彼女が出て来るのを待った。



○○〇



 数分後、着替えてちゃんとした格好をした彼女が部屋から出て来た。まだ若干赤い顔をしている。


「それで? 何故私の部屋にあなたが来たのか理由を聞きましょうか?」


 俺は土下座スタイルになると彼女に平謝りしながら寮長に言われて起こしに来たことを話す。


「申し訳ありません事故なんですぅ。まさか高坂さんがあんな格好をしているとは思わなくて…だから通報はしないで下さい」


「寮長の…あの人ワザと兼続君に起こしに来させたわね!」


「えっと…どういうことなんだ?」


「兼続君は…私にどういう印象を持ってる?」


「どういう印象…? まぁ完璧な人だなぁと」


「その私の部屋を見てどう思った?」


「えー…非常に汚い部屋だなぁ、高坂さんらしくないなぁ…と」


「そう…もうバレちゃったから言うけど。これが私の本性よ。大学での私は演技。本当の高坂千夏は完璧な人間とは程遠い欠点ばかりの人間なのよ。できないことや苦手なことだってたくさんある。料理だって本当はあまりやった事から昨日徹夜して勉強したの。そのおかげでボロが出ちゃったけどね。どう、軽蔑した? 寮長は私の本性を見せるためにあなたをよこしたのよ」


 彼女は自嘲気味に笑う。


 そうか…昨日から高坂さんや他の寮生の言動になんか違和感を抱いていたが、その違和感の正体はこれだったのか。寮生のみんなは高坂さんがこういう人だと知っていたんだ。


 しかし、それで彼女を軽蔑したかというと別にそういう訳ではない。


「確かにちょっとびっくりして混乱したけど。軽蔑まではいかないかな。人間だれしも出来ないことや苦手な事があるのが普通だし、高坂さんもそうだっただけでしょ? 俺はむしろ完璧な人よりかは欠点がある人の方が人間臭くて親近感がわいたよ」


「そう…優しいのね」


「別に気を使って…とか、おべっかでこういうことを言ってるんじゃないさ。これが俺の本心だからそう言っただけ」


「本当に? 本当に軽蔑してないの?」


 高坂さんが疑惑の目線で俺を見る。確かにそう簡単に信用はできないか。


「だから言ったでしょ千夏。別に男があなたの本性を知った所でそんなに変わらないって、あなたは自分の内側を異性にさらけ出すことを恐れすぎなのよ(寮)」


 そこで寮長が階段を上って来て俺たちの前に現れる。


「あなたの過去に何があったのかは知らないけどさ。兼続はあんたの本性を知ってもあんたを軽蔑しなかった。もちろんすべての男がこういうわけじゃないかもしれない。でもあなたの事をちゃんと理解してくれる人はいるものよ(寮)」


「そう…ですね(夏)」


「兼続、この娘は自分の本性がバレるのが怖くて彼氏が作れなかったのよ。でもこれで分かったでしょ? あんたの本性を知っても軽蔑せずに向き合ってくれる人がいるって。もちろん最初は慣れないかもしれない。今までそういう生き方をしてきたんだもの。いきなり変えるのは難しいわ。だから兼続で徐々に慣らしていきなさい。そのためにこいつを呼んだんだもの。そして1歩1歩前に進んでいきなさいな(寮)」


「寮長…(夏)」


 この寮長、普段はクズな癖にたまにいいこと言うから困る。今回だってかなり無理やりなやり方だったが、高坂さんの男性に対する偏見を取り除く目的でやったんだろう。寮生の幸せを願っているという言葉に嘘偽りはない様だ。


 それならば俺がここでとる行動も決まっている。この女子寮のみんなに幸せになって欲しいという願いは俺も一緒なのだ。彼女たちの将来の幸福のために一肌脱ごうじゃないか。


「俺思うんだけどさ、その人の本性を知ってる方がその人のことをより知ってる…というか、仲良くなれた感じがしていいと思うんだ。俺はもっと高坂さんと仲良くなりたい。だからもっとありのままの高坂さんを知りたいな」


「兼続君…。そうね、私もいつまでも自分の殻に閉じこもってないで、その殻を破らなきゃいけない時が来たのかもしれない。だから…協力して貰えるかしら? 私の過去を打ち破るために(夏)」


「もちろん!」


「よしよし、わたしの思い描いたとおりになったわね。それじゃあお腹も空いたし朝ご飯頂きましょうか?(寮)」


 そう言って寮長は階段を降りて食堂へ向かっていった。


「高坂さんも朝ご飯食べようぜ!」


「千夏でいいわよ。仲の良い子はみんな下の名前で呼ぶわ」


「じゃ俺も兼続って呼び捨てで呼んでくれよ」


「分かったわ。兼続」


「ああ、千夏もな。これからよろしく!」


 俺たちは互いに握手を交わしながら、これから協力していくことを確認し合った。



○○〇



「あっ! 協力してくれる事と私の胸を見たことはまた別の話だから」


 どさくさに紛れて誤魔化せたと思ったのだが、許されなかったようだ。


「えっ…。えっと…なんとか許してもらえませんでしょうか?」


「そうねぇ…。じゃあまずは私の部屋の掃除を手伝ってもらいましょうか? 久々に綺麗にしたいし」


「あの汚部屋の?」


「あー…なんだかスマホの110番押したくなってきちゃったわ」


「わかりました。喜んで手伝わせていただきます!」


「頼んだわよ。兼続♪」


 彼女はそう言うとほほ笑みながら階段を下りて行った。



○○〇


少しシリアス目でお送りしております


※作者からのお願い


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