寮長の真面目なお願い

 歓迎会を終えた俺はこの女子寮での自分の部屋…もとい地下牢に戻り、持って来た荷物を整理していた。


 改めてこの地下牢を見回すと、住むのに必要なものは大体揃っている。家具は小さい机と布団、あとはどう見てもニ〇リで買ってきたであろうプラスチックのチェストとハンガーラックが設置されていて最低限の物は揃っているし、コンセントの差し込み口も存在していてPCや電化製品の電源に関しても問題ない。更に付け足すとエアコンも完備されているので、生活する分には何の不自由もなさそうである。


 欠点を述べるなら電灯が天井に付いている豆電球1つしかないので若干暗い…という事と、床と壁が全てコンクリのため肌寒い。一応申し訳程度の絨毯はひいてあるのだが、その絨毯をひいてある部分以外は冷たいのだ。意外と冷えるので近いうちにホームセンターにでも行って安い絨毯でも買ってきた方がいいだろう。


 あとは部屋の入り口が鉄格子なので落ち着かない。元々が牢なので当たり前といえば当たり前なのだが囚人にでもなった気分だ。それらの事を除けばあのオンボロで狭い男子寮の部屋の倍近くの広さがあるいい部屋である。


 ひょっとして…俺は結構いい選択をしたのではないだろうかと思った。最初こそ寮長の変な思いつきのために無理やり女子寮行きを押し付けられ、俺の平穏な生活を奪われたのではないかと思っていたのだが…。


 しかし、いざ女子寮に来てみると広い部屋を与えられ、更には大学で4女神と呼ばれる美少女たちとの共同生活。もっと言うと料理も男子寮とは違い美味しいものを食べられる(しかも美少女の手作り)。まぁ寮長がかなりウザいというデメリットはあるが、それは男子寮も一緒か。


 これは俺の人生始まったのではないだろうか? 今まで女の子とはあまり縁のない人生を送って来た俺に訪れた転機である。俺はこのチャンスを逃さずに行きたい。幸運の女神には後ろ髪が無いという。チャンスはやってきた時に捕まないとダメなのだ。


「なぁに決意に満ち溢れた顔をしてるのよ。もしかして誰を攻略するのか決まったの? うん? わたしに言ってみ?」


 いきなり声がして振り向くとそこには案の上寮長が立っていた。 


「うわっ!? 寮長いつの間に? ノックかなんかしろよ…」


「童貞がいっちょ前にプライバシーなんて気にしてんの? あっ、そうか。オ〇ニーする時に入ってこられると大変だもんね」


「サラッととんでもないことを言うなアンタは!?」


 この人には恥じらいとかそういう物は無いのだろうか? 「だから結婚出来ないんだよ」と言いそうになったが、寮長の機嫌を損ねるとまためんどくさい事になりそうだったので俺は心の奥にその言葉をしまっておくことにした。


「気を付けときなさいよぉ。あの娘たちはおそらく見たことないと思うからバレたら1発でアウトよ。女子寮で住む上での最低限のマナーよ」


「例え見たことあったとしても1発でアウトになると思うのですがそれは…」


「ま、わたしは理解があるから見て見ぬふりをするけど気を付けときなさいね」


「そもそも見ようとするなよ…」


 本当にこの人と話していると疲れる…。そんなに人をおちょくって楽しいのだろうか?


「楽しいわよぉ。人をおもちゃのように扱うのってもう最高♪」


「人の心を読むなよ!? というか最低の発言だな!?」


「寮長たるもの、寮生の心を読むスキルぐらいは持っていて当然よ!」


 そんなスキルを持つよりも寮生をいたわるスキルを持っていて欲しいんだが…本当にどういう理由でこの人を寮長に選んだんだ? 


「ま、冗談はさておいて少し真面目な話をしましょうか」


「真面目な話?」


 今までゲス顔をしていた寮長の顔がふっと引き締まり、精悍せいかんな顔月になる。この人…こんな顔出来たんだな。


「兼続、あなたを女子寮に呼んだ理由は覚えてるわよね?」


「理由? 女子寮の寮生を男に慣れさせるとかそういうやつ? でもそれは建前で本当は労働要員とおちょくり要員が欲しかっただけだろ?」


「確かにそれもわたしの本音だけど。でもあの娘たちの将来を案じて男に慣れさせたいというのも本当よ。あの娘たち本当に男っ気が無いから…」


「それ本当なのか…? あの4人…まぁコミュニケーションが苦手な冬梨はともかく、他の3人に男っ気が無いなんて信じられないんだが…」


「本当よ。だからあんたがあの娘たちとコミュニケーションをとって『男性』という物を教えてあげて欲しいの。そうすればあの娘たちは今より前に進めると思うから。あっ、別にあんたが付き合っちゃってもいいわよ」


「内藤先輩なんて男女問わずいつも大人気だし、高坂さんも山県さんも普通にモテている。それに高坂さんなんてこの前告白されたって聞いたし…。それなのに男っ気が無いのか?」


「みんなそれぞれ事情があって付き合う所まではいけてないのよ。このままだとあの娘たちは将来確実に行き遅れてしまう。そう思ったからあなたを呼んだの。これでも寮長のだもの、寮生の幸せを願わずにはいられないのよ」


 俺はその言葉を聞いて少し感心してしまった。このふざけたゴミのような精神の人にもそういう良心が残っていたんだなと。そういうことなら俺も協力しようじゃないか。


「分かったよ、協力する。でも男性というものを教えるってどうすればいいんだ?」


「別に普通に生活してればいいのよ。あの娘たちは今まで異性と付き合った事が無いが故に異性に対して幻想を持っている。その幻想を取り払ってやればいいの。一緒に生活しているうちに異性への幻想が無くなって現実的に見れるようになるでしょうから」


 俺が女の子とあまり縁が無かったが故に女の子の事を未知の生物だと感じるのと同じような感覚だろうか?


「ヤリチンで女の扱いが上手いと逆にあの娘たちはこじらせるでしょうからね。あんたみたいな経験値ゼロの童貞の方がちょうどいいのよ」


 事実と言えば事実なんだが…なんか罵倒されているようで腹が立つ。


「じゃあ頼んだわよ」


 そう言うと寮長は梯子を上って行ってしまった。


 女神4人に『男性を教える』ねぇ…。なんかサラッと大事を頼まれたような気がするが…やってやろうじゃねぇか。そしてついでに俺も『女性というもの』を知って彼女を作ってやる。


 考えてみればこれはお互いにウィンウィンの関係なのだ。女神4人は俺を通して男性という物を知る。俺は女神4人を通して女性というものを知る。期限は今年の終わりまであと半年間。その半年間で自分の問題と4女神の問題を解決してみせる!


 俺はそう心に誓いを立てた。



○○〇



 その後俺は寮長に話しかけられて中断していた部屋の整理を再びやり始め、なんとか生活できる部屋の形を整えた。持ってきた服はプラスチックのチェストとハンガーラックに吊り下げ、大学の講義で使う資料やレジュメはノートPCを置いてある机の周りに固める。あとは日用品をバックから出して設置すれば完成だ。

 

 部屋の片づけをしているうちに大分時間が立っていたらしく、スマホで時間を確認するともう19時近くになっていた。不思議なものでお昼にあれだけ山県さんに食べさせられたのにお腹もグゥと鳴っている。


 そういえば晩御飯は何時からなのだろうか? 女子寮では朝食と夕食は山県さんが作ることになっているらしい。有難い話である。歓迎会の時に彼女の料理を食べたが、本当に美味しかった。これからの食事が楽しみにならないはずがない。


「兼続くーん、夕ご飯だよー!」


「分かった。すぐに向かう」


 俺がそう思っていると地下牢の入り口の蓋がパカッと開き、山県さんが夕食ができたことを知らせてくる。俺はウキウキで食堂へ向かった。



○○〇


※作者からのお願い


もし当作品を読んで1回でも笑われたり展開が面白いと思って下さったなら♡や☆での評価をお願いします。作者のモチベにつながります。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る