歓迎会にドタバタをひとつまみっと…

 俺は寮長に対する怒りをなんとか抑えつつも地下牢から出て梯子を上り、食堂へと向かった。とりあえず山県さんの勘違いを解かなくてはならない。でないと俺が女子寮の連中に熟女フェチの変態だと思われてしまう。


 そのためには非常に不本意だが…あの寮長アラサーをおだてて誤解を解いてもらう必要がありそうだ。俺は深呼吸して心の怒りを抑えると食堂のドアを開けた。


 食堂のドアを開けた俺の目に飛び込んできたのはなんとご馳走の山だった。


 フライドポテトにフライドチキン、たこ焼きなどのパーティの定番料理からおにぎりやパン・サンドウィッチ等の主食類にサラダにお菓子など、こんなに豪勢なものを食べて良いんですかといわんばかりの料理が並べられていた。飲み物はお茶しかないようだが、自宅でもここまで豪勢なものはあまりお目にかかれない。


 俺の歓迎会のためにこんなに豪勢なものをわざわざ買ってきたのだろうか? 俺はそのあまりの豪勢さに困惑してしまう。男子寮の入寮歓迎パーティなんてインスタントのラーメンとつまみ、あとは安酒というおっさんの宅飲みかよと突っ込みたくなるレベルのメニューだったのに…。この格差は一体…?


「さぁ歓迎会を始めるわよ。空いてる席に座りなさい(寮)」「さぁ、早く始めましょう!(春)」「遅かったわね?(夏)」「………(秋)」「…お腹空いた(冬)」


 俺は周りのみんなに促されるままに席に座る。テーブルも男子寮のオンボロのテーブルとは違い、木目が綺麗に見える新しめの綺麗なテーブルだった。椅子も新品で座ってもギシギシと悲鳴を上げるような音をたてない。なんとも不思議な気分である。


 空いている席といっても空いているのは寮長の向かい側の席しかないのでそこに座る。席順は長方形のテーブルの両短辺に俺と寮長が座り、そして長辺の方の俺から見て右側に山県さんと内藤先輩、左側に高坂さんと冬梨が座っている。


 …てか山県さんの席近いな。俺のすぐ右隣りだ。さっきのこともあってすごく気まずいんだが…。心なしか山県さんの雰囲気がいつもと違う気がする。いつものほんわかとした雰囲気はどこへやら…、何このどす黒い暗黒のオーラ…? これは早めに誤解を解いた方が良さそうである。


「あ、あの山県さん…さっきのことなんだけどさ…」


「なんのことかな? それよりも早く歓迎パーティを始めようよ。料理が冷めちゃうよ?」


 彼女がまとっていた暗黒のオーラがフッと消え、いつもの雰囲気に戻る。…俺の勘違いだったか? 


「では、半年間ではありますが、女子寮に新しいメンバーが増えたことを歓迎いたしまして…カンパーイ!(寮)」


「「「「カンパーイ」」」」「…かんぱい(冬)」


 寮長が乾杯の音頭を上げる。俺は近くにあったお茶の注がれていたグラスを取るとみんなと一緒に乾杯した。


「兼続、これからよろしくね!(春)」「あっハイ。こちらこそよろしくお願いします」


「兼続君も色々大変ね。まぁなんかあったら言ってきなさい。手を貸してあげるわ(夏)」「お気遣いありがとう」


「…兼続、そこのフライドチキンとって(冬)」「…はいよ」


「プハッ、あなたの歓迎会なんだからもっと楽しみなさいな(寮)」「ちょ、寮長酒臭!? それお茶じゃなくてウーロンハイじゃねぇか!」「いつの間にすり替えたのかしら…? さっき見た時は普通のウーロン茶だったのに(夏)」「細かい事気にしないの! めでたいんだから(寮)」


 俺もお言葉に甘えて料理を取ろうとするのだが、俺の席からは料理が微妙に遠い。


「兼続君、料理とってあげようか? そこからじゃ遠いでしょ?(秋)」「そこまで気を使ってもらわなくても…」「まぁまぁ遠慮せずに…。今日の主役なんだから(秋)」「そう? じゃあお願いしてもいいかな?」


 困っていた俺に山県さんはニコニコと笑顔で料理を取ってくれると提案してくる。なんだ、いつもの山県さんじゃないか。学部の飲み会で俺のような者にも優しく料理を取り分けてくれる慈愛の女神。


 まぁ考えてみればそうだよな、いくらなんでも俺と寮長が事に及んでるなんて勘違いをするはずがないよな。おそらくあの後、彼女も誤解であることに気が付いたのだろう。これは誤解を解く手間が省けたな。


「はい、どうぞ!」


「ありがとう!」


 俺は山県さんに渡された皿の上に乗っている料理を見る。


「ん?」


 おかしいな…。俺の目が悪くなったのだろうか? どう見ても皿の上には四角くて白い物体が乗っているだけである。


「山県さん、これ何?」


「豆腐。健康に良いんだよ」


「いや、それは分かるんだけど…」


「美味しいよ?」


「あ、ああ…」


 彼女から謎のプレッシャーを感じて俺は皿の上に乗った豆腐を食べる。…せめて醤油かなんか欲しい。


 豆腐を食べ終えた俺は別の料理を取ろうと身を乗り出すが、山県さんにそれを止められた。


「兼続君は座ってて、今日の主役なんだから。料理は私が取るよ」


 そう言うと彼女はニコニコと俺から皿を奪い、皿の上に料理を乗せて俺に手渡してくる。そして皿の上に乗っていたのは…。


「山県さん。これ何?」


「豆腐。美味しいよ?」


「うん、知ってる」


 あれ? これもしかして………。彼女怒ってる? 誤解…解けてない?


 その様子を見ていた俺の左隣りに座る高坂さんがひそひそ声で俺に話しかけてくる。


「(あんた秋乃を怒らすような事何かしたの? あの子無茶苦茶怒ってるわよ)」


「(やっぱりあれ怒ってるのか…)」


「(レベルで言うと970hPaぐらいね。私もあそこまで怒ってるの見るの初めてかも)」


「(凄いのか凄くないのか全然分かんねぇ…)」


「(何やったのか知らないけど早めに謝っときなさいよ。秋乃は誤ればちゃんと許してくれるから)」


「(俺が悪いの前提かよ!?)」


 どうやら誤解が解けていなかったらしい。これは早急に誤解を解く必要がありそうだ。


 しかしどうしたものか。俺が何か言っても彼女は聞いてくれない気がする。仕方ない…ここは寮長に助けを求めるか。


 そう思った俺は寮長に誤解を解いてくれるように目線を送る。もちろん媚びを売ることを忘れない。


「(ビジンノリョウチョウ、ゴカイヲトイテクダサイ。オネガイシマス!)」


「んん~? どうしたのかなぁ、兼続くぅ~ん? わたしに何か言いたいことでもあるのかぬぅわ~?」


 寮長はいかにも愉悦と言ったゲス顔でこちらを見てくる。


(あのクソババア…。足元みやがって…。いつかやり返してやるからな…)


 俺は腹の底でマグマだまりのように溜まった怒りを抑えつつ、無理やり笑顔を作ると寮長に再び懇願した。


「とんでもなく美人で超絶良い女の寮長にそろそろ誤解を解いてもらいたいんですけど! どうかお願いします!」


「下手なおべっかねぇ…。まぁ童貞の兼続にはこれが精一杯か」


 今にも怒りが噴火しそうであったが、俺は自分のふくらはぎをつねって何とか耐えた。


「兼続君と寮長って凄く仲がいいんだね。もしかして?」


 字が違う! なんか字が違うよ山県さん!? ヤバい、なんか彼女から凄いプレッシャーを感じる…。また暗黒のオーラが噴き出ている気がするのだが…。寮長! 早く誤解を解いてくれー、間に合わなくなっても知らんぞー!


「ふぅ、仕方ないわね…。秋乃! 安心しなさい。地下牢での出来事はあなたの誤解よ。あなたが聞いたのはボケとツッコミのよ。あなたの想像しているものじゃないわ。大体私がこんな冴えない男に突っ込ませる訳ないでしょ?」


 俺は寮長の言葉に合わせてコクコクと頷く。


「えっ…そうなの!? ごめんなさい。私ったらとんだ勘違いを…」


 彼女から漂っていたどす黒いオーラが消える。まぁ自分たちが生活している寮で変な事されたら怒るのも当然だよなぁ。彼女の怒りももっともである。全く…寮長が変なこと言い出すからややこしい事になったじゃないか。


「ふぅ…誤解が解けて良かったよ」


「本当にごめんなさい。あっ、お皿貸して。今度こそ料理をめいいっぱい盛るから」


 そう言うと彼女は今度こそ取り皿の上に料理をてんこ盛りに乗せてくれた。ありがたや。


「改めてよろしくね兼続君。何か寮の生活で分からない事があったら遠慮なく聞いてね」


「よろしく、山県さん」


「あの…出来れば昔みたいに…やっぱり何でもない///」


「???」


 なんか良く分からんが山県さんの機嫌が直ってくれたみたいで良かった。それにしても寮長あのクソババアはとんでもない奴だ。これからも俺の女子寮での生活を脅かしてくるに違いない。注意して当たらないと…。俺はそう心に留意しつつ、皿に盛られた料理を頬張った。


「おっ、このフライドチキン美味い!」


 よくスパイスが染みていて変に脂っこくもない。衣もサクサクで中はジューシー。どこのスーパーで買ってきたフライドチキンだろうか? 俺もよくスーパーで総菜を買うのだが、近場のスーパーでここまで美味いフライドチキンを提供する店は無かったと記憶している。


 まさかケンチャッキー・フライドチキンまで買いに行ったわけでもあるまい。うちの県は田舎なのでケンチャッキー・フライドチキンは2つ隣の市に1店舗しかなく、ここからだと車で片道1時間はかかるのだ。


「そりゃそうよ。秋乃の手作りだもの。そこら辺の出来合いの総菜よりかはよっぽど美味しいわ(夏)」


「ガチで!?」


 俺がフライドチキンに舌鼓を打っていると横から高坂さんが教えてくれた。なんと!? このフライドチキンは山県さんの手作りとな!? 


「フライドチキンだけじゃないわよ。今日ここにある料理、全部秋乃の手作りよ」


「えへへ、お口合うようでよかった」


 山県さんがニコニコと少し恥ずかしそうに微笑む。彼女は料理上手という話を噂で聞いていたのだが、どうやら本当だったようだ。サンドイッチや他の料理も食べてみたがどれも美味かった。


 基本的に寮での食事は寮生による当番制なのだが、男子寮だと大抵インスタントか冷凍食品、出来合いの総菜を皿の上に乗っけただけの料理が出てくる。なのでちゃんとした手作りの料理を食べるのは久しぶりであった。


 俺もこれから女子寮で生活するからにはこの手作りの料理が食べれるわけか…、初めて女子寮に来て楽しみが出来た気がする。


 …というか俺の歓迎会のためにわざわざ作ってくれたのか。


「なんか申し訳ないな…。俺の歓迎会のためにここまで労力かけさせちゃって…。作るの大変だったでしょ?」


「ううん、好きでやってることだから気にしないで。私、料理作るの好きだし」


「山県さんは将来いいお嫁さんになりそうだな」


「そんな///// お嫁さんだなんて…。あっ、もっとお皿に乗せてあげる」


 軽いリップサービスのつもりだったのだが彼女はそれが嬉しかったらしい。うーん…彼女ぐらいの人ならこれくらい言われ慣れてると思ったんだが…まぁいいや。


 彼女は上機嫌になって俺の皿を奪うとまた皿の上に料理をてんこ盛りに乗せてくる。おいおい、そんなに沢山食べきれないぞ…。


「なぁ~んかラブコメの波動を感じるわねぇ…。何? 早くも秋乃を味方につけたってわけ? 料理をちょっと褒められたぐらいで秋乃もちょろいわねぇ…。ちょろすぎて将来変な男に引っかからないか心配になるわ」


 寮長が面白くなさそうな顔をして俺たちの方を見てくる。まためんどくさいのが絡んできたな。せっかく山県さんの誤解が解けたのにまた変なことをされたらたまらない。


「じゃあ寮長はしばらく御飯もおつまみも抜きでいいですよね♪ ちょろい私の料理なんて食べたくないでしょうし♪」


「えっ? ちょ? 秋乃!?」


「か・ま・い・ま・せ・ん・よ・ね?」


 俺がどうしようか悩んでいると横から山県さんが援護射撃してくれた。少し前に俺に向けて来たのと同じぐらい凄いプレッシャーを発して寮長を威圧する…。ちょろいと言われたのが気に障ったのだろうか?


 しかし凄いプレッシャーである。山県さんって優しい娘かと思ってたけど、怒ると怖いんだな。…彼女の意外な一面を見た気がする。


 そしてそのやり取りを見て感心していた俺に再び隣の席の高坂さんがヒソヒソ声で話しかけてきた。


「(この寮の台所事情は全て秋乃が握っているから兵糧攻めされたくなければ秋乃を怒らさない事ね。寮長みたいになるわよ)」


「(なるほど、忠告感謝するよ。肝に銘じておく)」


 寮長はそれ以降口数が少なくなり、俺は少しだけ気分が晴れた状態で歓迎会を続けることが出来た。


 敢えてこう言わせてもらおう…ざまぁ!!!



○○〇


席順はこんな感じです


    千夏   冬梨

   ┌───────┐

兼続 │ テーブル  │寮長

   └───────┘

    秋乃   美春


   

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