前日譚-女子寮-


 主人公・兼続が男子寮で寮長と押し問答をしていた頃、女子寮でも同じく寮生と寮長による会議が行われていた。


「あのねぇ…。あんたたち恥ずかしくないの? 大学で4女神とまで呼ばれているあんたたちがそろいもそろって男と付き合った事のない処女バージンだなんて…」


 会議の参加者は5人。男子寮とは違い比較的新しめの綺麗なテーブルと椅子に腰を降ろし、5人は話し合いをしている。先ほど口を開いた小柄で金髪をショートカットにしている人物がこの寮の寮長である甲陽四季こうようしきである。


 もう30代半ばのいわゆる「アラサー」と呼ばれる領域に入っているはずだが、一見そうとは見えないほど若々しい見た目をしている。いや、している…といよりは化粧で誤魔化していると言った方がいいだろうか。よくよく見てみると目じりに小じわが散見される。


 寮長の言葉に寮生4人は十人十色ならぬ四人四色の反応をする。ある者は面白くなさそうな顔をし、ある者は顔を赤らめ、ある者は表情が変わらず、またある者は寮長を睨みつける。


「だって仕方ないじゃない。彼氏作ろうとしても出来ないんだから」


 寮長の左斜め前に座っている長身の美女が両手を頭の後ろに置き、口を尖がらせながらそう呟く。この美女の名前は内藤美春ないとうみはる。色彩大学の3回生であり、寮生の中では1番年上のお姉さんである。


「美春。あんたはもっと男心という物を知りなさい…。いっつもちぐはぐな言動ばっかりして…、だから男にそれを感づかれて逃げられんのよ…」


「えー? だって雑誌に『こうすればモテる』って書いてある方法を実践しているだけよ?」


「参考までに聞くけど、どんな事が書いてあったの?」


「えっと確か今月号は…『男を魅了するにはチラリズムをマスターすることから始めよう! チラリズムマスターによる恋愛指南付』…だったかしら?」


「…その雑誌今すぐ捨てなさい」


「ええっ!? 『月刊MOTE☆MOTE』っていう何人ものモテ女性をこの世に生み出してきた由緒正しい雑誌なのよ?」


「何その胡散臭い雑誌…。そういう雑誌はね、ライターのおっさんがこういうのを流行らせたいと思って適当に書いてるのよ」


「でもライターの名前は『大蒜醤油真紀子にんにくじょうゆまきこ』っていう全盛期は十人もの男に言い寄られた経験のあるイケてる女性って書いてたわよ?」


「ペンネームに決まってんでしょうが!!! モテる女を自称する女性が『大蒜醤油』なんて酒飲みのおっさんが好きな食べ物をペンネームにするわけないでしょ! 中身はおっさんよそいつ!」


「そんなぁ…。頑張って雑誌読み込んでチラリズムマスターしたのに…」


「あんたはおっさんの欲望に踊らされていたのよ。いいこと、覚えておきなさい。 男は女の子のパンツを見るためにあの手この手を使ってくるわ。その才能と時間をもっと別の事に使えばいいのにって言うぐらいね。だからパンツはそう簡単に見せちゃダメ。下着を見せるのは女の子の必殺技よ。そうやすやすと見せるもんじゃないわ! 女の価値が下がるわよ!」


 その言葉を聞いた美春はしょんぼりとしてうなだれる。その様子を見かねた隣に座っていた優しそうな顔の美少女が彼女をよしよしと慰めている。


「うえーん、秋乃ぉー!!!」


「先輩泣かないで下さい。先輩のしたことは絶対にいつか身を結びますからそんなに気を落とさないで」


「秋乃、甘やかさないの! あなたの優しい所は長所だけど、人間時には厳しくいかないとダメな時もあるわ」


 この優しそうな美少女の名前は山県秋乃やまがたあきの、現在大学2回生である。ちなみに今各々の前に置いてあるお茶とせんべいは彼女が用意したものだ。


「それに彼氏が作れてないのはあんたも一緒なんだからね!」


「うっ…。それは…そのぉ…。私には好きな人がいる訳でして…その人に想いを伝えようと頑張ってはいる所なのですが…」


「で? その好きな人に片想いして何年だっけ?」


「十五年です…」


「重い!重いわ! 想いが重い。というかあんた人生の四分の三も片想いしといてまだ気持ちを伝えれてないの? 奥手すぎるでしょ!? しかもその好きな人ってこの大学にいるんでしょ? なんでアタックしないの?」


「えっと…私もアタックはしているんですが…中々気づいてもらえなくて…」


「例えばどんなことしたの?」


「えっと…飲み会の時にさりげなく料理とってあげたりとか、さりげなくお酌してあげたりとか…。あとはさりげなく講義の時に後ろの席に座ったり…」


「さりげなさすぎるわ!! 料理とってあげるのって普通のことじゃない。同性でもやるわよ! しかも後ろの席って何よ!? 隣に座りなさいよ隣に! そんなのよっぽどの自意識過剰な男でもない限りは気づかないわよ!」


「うぅ…私的には勇気を出したんですけど…」


「奥手すぎるのがあなたの課題ね」


 美春に続いて秋乃も自分の席でしょんぼりと縮こまる。そして今度はその様子を見かねた美春の前に座っている理知的な美少女がため息を吐いて寮長に異議を申し立てる。彼女の名前は高坂千夏こうさかちなつ。秋乃と同じく現在大学2回生である。


「はぁ、寮長。私たちの事を心配して言ってくれているのは分かりますけど、余計なお世話です。美春先輩も秋乃も1歩ずつですが着実に進んでいると思いますよ」


「わたしやわたしの友達の実体験を元にあなたたちを心配して言ってんの! ズバリ言うわよ。このままだとあんたたち確実に行き遅れるわ!」


 四季はピシっと人差し指を寮生たちに向けて指をさし、断言する。


「確かに現在進行形で行き遅れてる寮長が言うと説得力がありますが…」


「わたしは! 私にふさわしい結婚する相手が見つかってないだけであって今まで誰とも付き合った事のないあなたたちとは違うわ。こう見えても学生時代はモテモテで男とっかえひっかえしてたんだからね!」


「それは逆を言えばそれだけ多くの人に捨てられてきたという事では? いくら多くの人と付き合えても、それが結婚につながってないのでは意味が無いと思いますが…」


「わたしが捨てたの! わたしが捨てられたんじゃないの!」


 その小柄な体を精いっぱい大きく見せながら四季はバンバンとテーブルを叩いて抗議する。それが本当なのか疑わしかったので千夏は訝し気な目線を寮長に向けていたがめんどくさそうなのでそれ以上追及しないことにした。


「それに聞いたわよ。あんた先週告白されたらしいじゃない。彼氏がいないならどうして受けなかったの?」


「それは…あの人とはあまり気が合いそうになかったので…」


「理想が高いのね。まぁアンタの場合はがあるから中々気の合う人は見つからないんでしょうけど」


「う゛っ」


 痛い所を突かれて流石の千夏も怯む。千夏は自分でもなぜ自分に彼氏が出来ないかの原因は分かっているのだが、なかなかその欠点を直せずにいるのである。


 そして最後に寮長は「我関せず」という様に秋乃の用意したお茶とせんべいをバリバリと貪り食う寮生の最後の一人に目を向けた。


「ねぇ冬梨。あんた私は関係ありませんみたいな顔してるけど、あんたにも言ってることなんだからね」


「冬梨は…あんまりそういうの興味ない…」


 このマイペースでお茶とせんべいを貪り食っているのは馬場冬梨ばばふゆり。現在大学1回生である。


「確かに…。この世には恋愛に興味が無い枯れた人種がごくごく少数いるという事は私も理解しているわ」


 と四季は前置きして言葉を続ける。


「でもね冬梨、考えてもみて。あなたがいざ恋愛に興味が出てももう時すでに遅しと言う場合もあるのよ。いざ行動しようにもいい歳を過ぎて何をすればいいのか分からないって具合にね。せめて学生のうちに1回だけでも誰かと付き合ってみない? それでも恋愛に興味が出ないようならわたしはもう何も言わないわ」


「…考えとく」


 四季は彼女の答えにため息を付くと、改めて4人に向き直った。


「それじゃあ今日集まった本題を話すわね。さっきも言ったけどわたしはあんたたちが行き遅れないか非常に心配です。これでも寮長としてあんたたちには幸せな人生を歩んで欲しいという願いがあります。だからあんたたちが将来まともに恋愛出来るように心を鬼にして劇薬を投与することにしたわ」


「劇薬!?」「苦いのは嫌だなぁ…」「寮長、あまり変なことはしないで下さいよ。後始末がめんどくさいので」「………」


「なので明日から今年いっぱいまでの約半年間、男子寮の男子とこの女子寮で一緒に生活してもらうことにしました! それで男性という物を知りなさい!」


「「「はぁ!?」」」「………」


 寮生たちは意味が分からないという風に寮長に詰め寄る。


「寮長いったいどういう事?」「ええっと…。男子寮の方たちがこちらに来て生活するんですか?」「あぁ…また変な事を…。頭が痛い、頭痛薬どこにやったかしら?」「…バリバリ(せんべいを食う音)」


「愚鈍なあんたたちにも分かるようにこの四季ちゃんが説明してあげる。いい? 天才の私はこう考えたの。あんたたちに足りないのはまず男性を知ることよ」


「「「男性を知ること?」」」


「そう、男性がどういう物か知れば美春も頓珍漢な行動はしなくなるし、千夏もアレを出しやすくなるかもしれないし、秋乃も意中の人にアタックしやすくなるかもしれないし、冬梨も男に興味が出てくるかもしれない。あんたたちは容姿が良くて無駄にモテるが故にめんどくさい女と化してるの、分かる? どぅゆぅーあんだすたん?」


「「「はぁ…」」」「ずずぅー(茶を飲む音)」


「だからまずは『男性と生活して男性というものがどういう物か知りましょう』ってこと。そうすれば『男って所詮こんなもんなんだな』とあんたたちの中で折り合いが付いて次のステージに進めると思ったわけ」


 四季はドヤ顔で持論を展開する。それが合っているのか間違っているのかは分からないが、彼女のその凄い自信に寮生たちは納得させられた。


「昔の偉い人の言葉にこういうのがあるわ。『敵を知り己を知らば、百戦して危うからず』つまり、自分の事を知って尚且つ男の事を知っていれば負けることは無いって意味よ」


「寮長のいう事も一理あるかもしれないわね。確かにあたしは男の子の事を何も知らないわ。ただ雑誌に載っている事をひたすら信じてやっていただけ…。それが本当に男の子に喜ばれることなのか分からないまま」


 四季の言葉に納得する者。


「一緒に生活するって…えぇ…///// それは…どうなのかな?」


「秋乃、あなたが異性と話すときに緊張してしまうのは男を未知の生物だと思っているから何を話せばいいのか分からなくて緊張するのよ。男がどういう物か分かっていれば緊張することも無くなるでしょう? そうすればあなたの片想いの相手にも自信をもってアタックできるようになるわ!」


「それは…そうかもしれないですけど…。でも…」


「でももへちまもない! あなた十五年も片想いしてるのにその想いが実らなくてもいいの? このままだと間違いなくあなたは告白できずに終わるわよ。女は度胸よ。覚悟を決めなさい!」


「えぇ…」


 困惑しながらもなんとか受け入れようとする者。


「はぁ…。寮長、色々言いたいことはありますが…。前みたいに警察沙汰にはしないで下さいね。もうこの1年であなたがどういう人なのか分かってるので、私はこれ以上何も言いませんけど…」


「わたしの事分かってるじゃない」


 今までの経験から諦める者。


「…せんべい無くなった。秋乃、おかわり」


 自分の道を行く者。4者4様の反応を見せる。


「よし、それじゃああなたたちも男子との共同生活に賛成という事でいいわね?」


「とりあえず詳細を教えていただけますか? 細かい事が分からないと何とも言えないんですが…。向こうの中山寮長や大学の学長にはもちろん了承を取ってあるんですよね?」


 こめかみを押さえながら千夏が聞く。


「モチのロンよ。中山寮長とは打合せ済みだし、学長は…まぁ私のマブダチだからなんとかなるでしょ?」


「…あぁ、胃が痛くなってきたわ…」


「あとは…詳細ね。男子寮の寮生の1人がこちらに来てあんたたちと共同生活するの。そしてその共同生活のうちで男性がどういうものか学びなさい。期間は明日から今年の終わりまでよ」


「その子どこに泊まるの? っていうか空いてる部屋あったかしら?」


「この前発掘した地下室があったでしょ? あそこに泊まってもらうわ」


「誰がこちらに来るんですか?」


「それはおそらく今決めてるんじゃないかしら? おっと、そう言う話をしてるとさっそく景虎ちゃんからreinがきたわ」


 四季がポケットからスマホを取り出し操作する。その様子を寮生たちはかたずをのんで誰が来るか発表されるのを待った。ある者は期待に目を輝かせて、ある者は不安そうな表情をして、ある者は出来るだけ楽な奴が来て欲しいと祈りながら、またある者はせんべいのおかわりを貪り食う。


「では発表します。男子寮からくる寮生は…」


 心なしか3人の頭の中にデケデケデケデケと重要事項が発表される際に流れるSEサウンドエフェクトが響く。


「おおっ、なんと兼続が来るそうよ。やったじゃない。一番無難なのがきたわね。3回生の何を考えているのか分からない腹黒男や1回生の性癖が狂いそうな男女おとこおんな、あとなんかもう1人いたオタクよりは対処しやすいんじゃないかしら? 彼なら男性という物を知るのにちょうどいいと思うわ」


「兼続ってどんな子だっけ?」「えぇ…///// 兼続君が来るの? はわわわわわ///// どうしよう千夏ちゃん…私お化粧ちゃんとできてるかな?」「大丈夫よ秋乃。まぁ…あいつなら無難ね」「兼続…?」


「それじゃあ明日の朝10時にはこっちに来るらしいからみんなでお出迎えよ。それまでに起きてなさいよね」


 そう言うと寮長は会議を打ち切り寮長室へと戻っていった。



○○〇


次回は主人公視点に戻ります。ヒロインの詳しい容姿などは次回


※作者からのお願い


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