第9話 悶絶鉄拳
「よし。これから実戦の講習を始める……とりあえずお前ら、全員で掛かって来い」
「「「「「ッ!?」」」」」
衝撃的な発言に、ほぼ全員が固まった。
一度ボールドの講習を受けたことがあるギールだけが、驚かずには普段通りの表情を浮かべている。
「どうした。攻める合図はお前らが決めるんだ」
「いや、あの、ボールドさん……それはいくらなんでも」
「……お前ら、俺を嘗めてんのか?」
本当に怒ってはいない。
そういった疑問を持つルーキーが毎回いることは解っている。
だからこそ、彼らよりランクが上だった者が、どれだけの実力を有しているのか……その圧で示した。
(ボールドさ~ん、あんまりやり過ぎるとチビるぞ)
今まで多くのモンスターと遭遇し、戦ってきたギールだからこそ、いつも通りの自然体でいられるが、他のルーキーたちはムートも含めて一歩後退った。
「とっととかかって来い」
まず、この時点でボールドはルーキーたちの素質の一つを見極めようとしていた。
「よ、よっしゃ!! 行くぞ!!!!!」
「うぉおおおおおらああああああっ!!!!」
一人の青年が木製の武器を持って走り出すと、また一人、また一人と走り出す。
(……仕方ない。とりあえず相手をするか)
心の中で溜息を吐きながら、数分の間にルーキーたちと自分との力の差を解らせていく。
たった一撃で沈めるのではなく、攻撃や防御に回避、それらの戦闘において重要な要素がどれだけ自分とかけ離れているのか、身に染みて解らせる。
(あの二人は掛かってこんのか……ギールという奴はともかく、ムートも一緒になって掛かってこなかったのは意外だな)
頭の中であれこれ考えながらも、数人の前衛と後衛から飛んでくる矢や魔法を叩き潰していく。
「げっ!!??」
「がばっ!!!???」
「がっ、は!!!!!」
「ま、参りました!!!」
「わ、私も!!!!」
「僕もです!!!!」
前衛が数人崩れると、後衛たちは自分たちだけでは敵わないと判断し、次々と降参していく。
「一先ずお前たちは終わりだな……先に評価してしまうか」
ボールドは団体で襲い掛かってきた者たちに、さらっと評価を伝える。
ルーキーたち一人一人の評価を伝えた後、今度はチームで攻めるという重要な要素について指摘を始めた。
「お前ら、何故俺と戦う前にもっと話し合わなかった」
「えっ……そ、それは」
とっととかかって来い。
確かにボールドはルーキーたちにそう伝えたが、それは決して強制ではない。
ルーキーたちにはそう思えたかもしれないが、決して強制ではなかった。
「チームで攻めるにしても、全員で攻めてくる必要はない。戦りやすい人数で攻めることも出来ただろ」
「っ…………」
「俺が事前に伝えなかった、というのは言い訳にならないからな。冒険者として活動していれば、先輩たちから教えられていない局面を乗り切らなければならない場面などいくらでも遭遇する」
ボールドの言葉を聞き、ギールは頭の中に苦い過去をいくつも思い浮かべた。
(そうなんだよな~。別に先輩たちも意地悪してるってわけじゃない。でも、頑張って強くなろうと冒険すればするほど、そういう状況に直面するんだよな~)
そういった局面をいつも乗り越えられたのは主にレオルの力であるため、ギールにとっては二重の意味で苦い記憶である。
「さて、次はそっちの二人だな」
「……ムート」
ギールは即興で動きを合わせる為に、ムートに小声で呼吸を合わせる方法を伝えた。
「出来るか?」
「うん、絶対にやるよ!」
「よし。それじゃ、頑張っていくか」
勿論、本気を出すつもりはない。
それに……ボールドはギールが元タレンであることも知らないため、変に張り切る必要はない。
「ふっ!」
「っ!」
先程確認したため、ムートがギリギリ付いてこれるスピードで前衛を務め、ボールドに短剣で斬りかかる。
(やはりこのルーキーは面白いな。戦闘技術だけなら、今まで講習を行ってきたどのルーキーよりも長けている)
基礎的な動きができ、そこから相手を倒す……もしくは殺す動きに発展出来ている。
(だが……ムートがそこまで成長しているのは意外だな)
ギールの小さな合図を見逃さず、体を揺らしたスペースに槍を放ち、鋭い刺突を放つムート。
ボールドから見て、ムートは基礎こそ十分に出来ているが、あまりそこを重要視し過ぎるあまり、実戦で結果を出せない惜しい存在。
今回の講習でその点について指摘しようと考えていたが、既に解決されつつあった。
(このルーキーが、ギールが教えたのか? だとすれば……こ奴は少々おかしいな)
当然、ボールドは講習を行う前に、ギールが冒険者登録の際に記載した洋紙を見ている。
その内容に嘘偽りがあるようには見えない。
だが、一般的に冒険者になりたてのルーキーが自分以外のルーキーを気に掛け、的確なアドバイスを送るなど……戦闘にそれなりに長けた者でなければ、そんな余裕はない。
といった内容を考えてるうちに、無意識にギアを上げるボールドは二人に軽く鉄拳をぶち込み、模擬戦を終わらせた。
(も、もうちょい手加減してくれても良いんじゃないか?)
模擬戦を終わらせるためとはいえ、鉄拳をぶち込んで来た先輩を恨むギール。
(あのタイミングで手によるガードを挟んだ……本当に何者なのか気になるな)
瞬時に自身の鉄拳との間に手でガードを挟んだギールに、ますます興味を持つボールド。
そして残念ながら、ムートはがっつりボールドの鉄拳を食らってしまい、悶絶状態となっていた。
「お前らが本気で冒険者として強くなりたいなら、俺ぐらい強くならねぇと安全とは言えねぇ。まぁ、それでも死ぬときは死ぬが、お前らが望むような生活には今の強さじゃ届かねぇ……そこから抜け出してぇなら、気合入れてけよ」
「「「「「「「はい!!!!!!」」」」」」」
ムートを含めたルーキーたちが気合入れて返事をする中、やはりギールだけがどこか他人事な表情を浮かべていた。
そして翌日……早速依頼を受けようとギルドを訪れたギールは、先日の初心者講習を一緒に受けたルーキーに声を掛けられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます