第8話 か細い自信

「ギールさん、こちらです」


伝えられた時間丁度に到着。

受付嬢に冒険者ギルドの一室に案内されると、そこには既に複数人の同じルーキーたちが椅子に座っていた。


(いや、解ってはいたことだが、生意気そうな面をした奴が多いな)


冒険者という職業を選ぶ者たちは、大なり小なり野心がある。

その野心を叶えるために冒険者という、命懸けの職業を選ぶ。


(できれば波風立てず、ささっと終わらせたいんだが……とりあえず自分から絡まなければ、俺は悪くないよな)


一番後に入ってきたルーキーがギールであったため、他のルーキーたちからは少々鋭い視線を向けられていた。

ギールという名前の者が新しく冒険者になったという情報も広まったため、一番のルーキーが遅れてやってくるとはどういうことだ!!!! と、まだ卵の殻を破っていない者たちあくどいベテランの様な考えを持っていた。


「おぅ、もう全員揃ってるみてぇだな」


(あの人……まだギルド職員をやってたのか)


知り合いの登場に、遠い過去の記憶が蘇る。


「知ってる奴もいると思うが、俺はボールド。このギルドの職員だ。今日は俺がお前らに冒険者の知識等を教える」


ルーキーたちの中にギール以外にも、ボールドの存在を知っている者はおり、何も悪い事をしていないのに……小さく身震いする。


身長は百九十センチを超えており、筋肉質が多い竜人族や鬼人族に負けない筋骨隆々な肉体を持ち……凶悪なスキンヘッドといかつい顔面を持つ。


五歳以下の子供が真夜中に遭遇すれば、一発で泣いてしまう。


(相変わらず綺麗な頭だな~)


他のルーキーたちが身震いする中、ボールドの奢りで一緒に酒を呑んだことがあるギールにとっては、見た目こそ怖いが面倒見が良いおじさんなので、特にビビらなかった。


(ほぅ……俺とは初対面の筈だが、中々肝が据わった奴がいるな)


ボールドはルーキーたちに自身の話、授業をしっかり聞かせるために、わざと圧を放っていた。


大抵のルーキーはその圧にビビッて震えるが、一人だけ珍しく態度を全く変えない者がいた。


「よし、それでは俺がこれから教える内容をしっかり頭に叩き込めよ!!!」


こうして初心者講習会がスタート。


(ん~~~……どれもこれも知ってる内容ばかりだな)


ボールドと同じ元Cランク冒険者のギールにとって、初心者講習会で習う内容は、頭に入っていて当然のものばかり。


しかし、だらけて眼を閉じて寝ようものなら、ボールドの鉄拳が頭部に振り落とされる。

その痛さは身をもって知っているため、表情に眠たさが現れるものの、以前の二の舞にならないように踏ん張る。


「ギール、ホーンラビットの特徴は分るか?」


「はい」


眠たげな表情を浮かべるギールにわざと質問を投げかけるボールド。


「基本的に真っすぐにしか跳んでこない。ただ、あまり跳んでくるタイミングばかりを気にしてると、避けるタイミングを見誤って腹を貫かれます」


「ふむ。戦闘面は理解しているようだな」


あまり答え過ぎず、それでいて間違いではない回答を述べる。


「FランクからEランクモンスターが相手であれば、木製の盾であっても攻撃を防ぐことが出来る。盾を持つなんてダサいと思うかもしれないが、金に余裕があるなら買っておいて損はない」


ルーキーに対するアドバイス内容に、ギールは心の中でも何度も頷いた。


(いや~~、本当にその通り。割とピンチの時に役立つし……全くダサくないしな)


脳裏に浮かぶは、いつも自分たちを守ってくれていたドワーフの戦士、テオン。

どんな時でも大盾を用いて自分を守ってくれた後ろ姿を思い出し……思わず涙が零れそうになったが、寸でのところで引っ込めることに成功。


「よし、それでは軽食にするか」


約二時間の座学が終了し、ボールドの奢りでギルドに併設されている酒場で軽食タイム。


「オークのステーキ一つ」


ルーキーたちがどんなメニューを頼んで良いかおろおろしてる中、ギールはあっさりと昼食か夕食に相応しいメニューを頼み、注目を集めた。


「お、お前……」


「顔が変なことになってるぞ」


何度も口をパクパクさせる同期に、鋭いツッコみを遠慮なく飛ばす。


「せっかく人生の先輩が飯を奢ってくれるって言ってるんだ。躊躇する方が失礼だと思うぞ」


「……ふふ、良く解っているじゃないか」


ボールドがギールの言葉に同意したことで、ルーキーたちの覚悟が決まった。


普段は遠慮して頼めない少々お高めのメニューを注文。

軽食……であることをすっかり忘れ、全力で肉をメインに食らった。


(待てよ。この後って、確か実技の講習だよな……大人しくしとこ)


少々食べ過ぎて後で死ぬ思いをする同期を心配することなく、便所を済ましにく。


そのまま実技の講習が行われる訓練場へ向かうと……そこには一人だけ、同じく講習を受けているルーキーが木製の槍を振るっていた。


(…………型が、良く出来てるな)


まだ他の同期たちの動きは見ていない。

それでも、今目の前で自主練に励むルーキーが、一番対人戦の実力では上だと感じ取った。


「あっ、どうも」


「おぅ……槍が、好きなのか?」


「はい!」


ギールの言葉に、笑顔で答える少年……ムート。


槍という武器は決して珍しい武器ではなく、冒険者や傭兵、兵士や騎士たち戦闘職の間では寧ろメジャーな武器。


だが、人によっては遠くから攻撃する臆病者が使うとイメージする者もおり、基本的にはロングソードの方が人気はある。


「ギールさんはどんな武器を使うんですか?」


「俺か? 俺は短剣だ。理由は……あれだ、才能があったからだな」


本当の意味でルーキーだった頃、憧れの武器はロングソードだったギール。


しかし、隣に自身より絶対的な才能を持つ者がいれば……別の道を向かわざるを得なかった。


(懐かしいな……あの時は本気で悩んだっけ)


苦い過去を思い出しながら木製の短剣を取り、膨れた腹から訓練中に零れてしまわない様に、適度に動く。


「っ…………す、凄いですね!!」


「うおっ!? い、いきなりなんだよ」


「す、すいません。でも、こう……とにかく凄い短剣捌きだったんで」


「そ、そうか。ありがとな……でも、ムートも頑張れば直ぐに出来るようになるぞ」


「そうかな……その、あんまりモンスターとの戦闘が得意じゃなくて」


同期から褒められるのは嬉しい。


しかし、努力を重ねても未だに成長を実感出来ておらず、ムートの中にある自信はあまりにもか細かった。


(……まっ、ちょっとぐらい教えても良いか)


ボールドたちが来る前に、珍しく先輩心が出たギールはムートに殻を破るための心構えを伝えた。

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