第7話 当然、向こうは覚えていない

「久しぶりに来たな」


走って休んで戦って走って休んで戦ってを何度も何度も繰り返し、ようやく目的の街に到着。


ギールが到着した街の名は、ペープル。

冒険者がスタート地点に選ぶことが多い街として有名であり、周辺に生息するモンスターのランクはさほど高くない。


「すいません、村から出てきたばっかりで、直ぐに冒険者登録しようと思ってるんですよ」


「おぅ、そうなのか!」


門兵のおじさんに身分証明書の有無を尋ねられたギールは、予め考えていた言葉で返す。


門兵のおじさんからすれば、身分証明書を持っていない冒険者志望者が来ることは珍しくないため、慣れた様子でギールにギルドまでの道を伝えた。


「あざっす」


「頑張れよ、少年!」


元々ペープルで生活していたこともあり、特に迷うことなくギルドへ到着。


(ここで活動してたのはもう五年ぐらい前だけど……外も中もあんまり変わってないな)


元Cランク冒険者ではあるため、いちいち田舎出身者の様に冒険者ギルドの外装や内装に驚くことはなく、ギルド内に併設されている酒場から漂う酒の匂いなど、寧ろ居心地の良さを感じる。


「すいません、冒険者登録をしたいんですが」


「かしこまりました。文字は書けますか?」


「はい、書けます」


文字を書けるようになっておいて損はないため、ルーキー時代に必死で覚えたため、スラスラと容姿に必要事項を書いていく。


「あら、既にスキルを習得してるんですね」


「はい。偶々それだけは才能があったみたいで」


一応、今までと同じ通り短剣が得意な冒険者として活動しようと決めている。


(……この人、ちょっと歳を取ったけど、相変わらず美人だな)


当時はまだまだクリスタに一途だったギールだが、目の前の美人受付嬢の顔を薄っすらと覚えていた。


ただ、逆にギールはそもそもタレン時代はあまり特徴がない人物だったため、受付嬢の記憶には一切残ってなかった。


「これから一時間後に初心者への講習会がありますが、どうしますか?」


「あぁ~~……そうですね。受けようと思います」


「分かりました。それでは十二時になる五分ほど前に来てくださいね」


「はい」


時間が時間という事もあり、冒険者ギルドには殆ど冒険者が残っていない。


ルーキーにダル絡みする酔っ払い冒険者……というのは物語の中だけに登場するのではなく、実在する面倒な存在だと知っているギールにとっては非常に有難かった。


(レオルとクリスタの三人だけで行動してる時は、割とそういうのに絡まれたよな……まぁ、大抵はレオル目当ての受付嬢たちが前に出てくれたから事なきを得たけどよ)


過去、そういった場面に遭遇した時、美人……もしくは飛び抜けた可愛さを持つ受付嬢が、自分に期待してくれている!!?? と何度も密かに嬉しさを感じていたギール。


しかし、数年も経てばその受付嬢が誰を意識しているか分からない程、伊達に成長していなかった。


(目的が達成するまで……ワンチャン狙てみるのもありかもな)


今の自分なら、受付嬢という高嶺の花にワンナイトするのも不可能ではない、という自信が湧いてくる。


とはいえ、今のギールには受付嬢とのワンナイトどうこうよりも、本日からペープルで生活する為の金をつくらなければならない。


冒険者ギルドに道中までに討伐したモンスターの素材を売るという手段もあるが、当然の様に騒がれる。

過去のギール……タレンであれば、そういう今までレオルが受けてきた扱いを自分が受けることに対して抵抗はなかったが、今は目的のため……今後の生活の為に、非常に遠慮したい。


(まだ覚えてるかな)


うる覚えな道を歩きながら、ギールはとある鍛冶場へ向かう。


ペープルには少々不釣り合いな腕を持つ鍛冶師。

ルーキー時代に少々世話になった信用出来る人物。


現在はタレンではなくギールだが、そんなことお構いなしに歩き続け……十数分後、少々迷いはしたが、目的の鍛冶場へ到着。


(音がしないってことは、休憩中か?)


アイテムバッグの中からワイルドベアの骨を取り出しながら、扉をノック。

すると、約二十秒後に現役の冒険者……と見間違うほどの体格と筋肉を持つ男が現れた。


「どうも。冒険者のギールです」


「…………」


タレンだった頃の知人鍛冶師……名はディラン。

レオルたちと出会った時は三十後半だったが、現在は四十過ぎ。

しかし、その肉体は全くもって四十過ぎには見えない圧を放っていた。


「……聞かない名だが、面白いな。俺はディランだ。ここに来たってことは、制作依頼か?」


「いえ、この素材を買い取ってください」


「?」


客の言葉に、思わず疑問符が頭の上に浮かぶ。


ギルドを通さずに商人、職人に素材を売ることはあまり珍しくはない。

だが、冒険者ギルドでそのまま売れば、買取金額が手に入るだけではなく、ギルドからの評価が加算される。


「ふむ……とりあえず中に入れ」


何かしらの事情を察し、ギールを中へ通す。


そしてギールはある程度事情をぼかし、鍛冶師であるディランに直接素材を売りたい理由を伝えた。


(訳ありのルーキー、か……)


悩む素振りを魅せるディランに、ギールは一気に王手を下す。


「ギルドの方に秘密にしててくれるなら、これも渡します」


「……っ!!!???」


取り出されたまさかの素材に、飲んでいた水を思いっきり吹き出す。


自身に掛けられたわけではなく、珍しいディランの慌て顔を見れたギールは非常にご満悦だった。


「これは、フレイムドラゴンの爪……まさか、お前が!?」


「いや~~、本当に色々あってなんとかって感じで。それで、ディランさんなら色々と信用出来るかな~と思って、今出しました」


まどろっこしい会話を好むタイプではない。

そんなディランの特徴を知っている攻めは、まさに急所を貫いた。


いきなり椅子から立ち上がってどこかに消えると、数分後に直ぐ一つの袋を持って戻ってきた。


「確認してくれ」


「あ、はい……っ!?」


今度はギールが驚かされた。

鑑定のスキルを持っているため、袋の中に入っている金が偽物ではないことは一目瞭然。


(大量の金貨に……は、白金貨まで入ってやがる)


フレイムドラゴンの爪を買い取るという形であれば、決して珍しい金額ではない。

ただ、当然爪一つでは金額が足りないため、ギールはしっかりと渡された金額に相応しい分の素材を提供し、いきなり沸騰した鼓動を沈めながら冒険者ギルドへと戻った。

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