第5話 私情上等

フレイムドラゴンは目の前の人間を殺す、そう決めていた。

ただ……標的である人間に対して戦闘中、僅かな戸惑いが思考に残り続けた。


このまま放っておけば、自分たちに害を及ぼすかもしれない存在感。

しかし、同時に先程倒した人間と近い存在感も感じる。

今まで生きてきた竜生の中で、その様な存在とは初めての遭遇。


加えて……いずれ自分たちに害を及ぼすかもしれない存在感の中に、自分たちと同じ気配を感じ取った。


そんなフレイムドラゴンの直感は、かなり的を得ていた。


ギールが龍魂の実を食べたのは生き延びるためという意味もあったが、大部分は今よりも強くなれるという願望が大きかった。

過去に龍魂の実を食した者たちの中にも、まさにドラゴンの如き力と存在感を手に入れた者がおり……その者たちは全員強さを求めて食らった。


そんな過去の者たちと同じく強さを求め、新たなスキル……オルディ・パイプライブを手に入れたギールは、さながら暴食竜といった存在感を放ち、格上であるフレイムドラゴンに臆することなく挑み続けていた。


先程の一戦で使いきれていなかった魔砲剣、スクロールなどを使用。

加えて、生まれ変わったギールは自身の身体能力をフル活用し、威力の乗った打撃を繰り出す。


イメージするは双剣だけではなく体術にも秀でていたかつての仲間、リリーの動き。


敵の攻撃で双剣が弾き飛ばされても、勇猛果敢に攻める彼女の姿を己の身で体現。

常に地面を駆け、空中に飛んでは隙を生まない様に体を回転させ、紙一重の差でフレイムドラゴンの爪撃を回避。


勿論、全ての攻撃を回避することは出来ず、既に体には多数の火傷と切傷が刻まれている。

だが……時間が経つごとに一つ、また一つとそれらの傷が治っていく。


その光景を見たフレイムドラゴンは……認めるしかなかった。

目の前の人間は、回復力という一点においては自分を越えている。


他の生物と比べて回復力が高いフレイムドラゴンの回復力も並ではないが、先程の戦闘で受けた魔砲剣と攻撃魔法のスクロールによって受けた傷は、まだ完璧には癒えていない。


そこに、文字通り生まれ変わった人間の鋭い拳打、魔力を纏った手刀が放たれる。


この時……フレイムドラゴンは先程の行動を悔いるばかりだった。

何故、あの時この人間に止めを刺していなかったのかと。


お互いにダメージを受けている状況という事もあり、戦況はほぼ互角。

龍魂の実を食べて生まれ変わったとはいえ、ギールは元のスペックがそこまで高くなかったこともあり、まだフレイムドラゴンを圧倒するほどの力は有していない。


「ぬっ、ぉぉおおおおああああああッ!!!!!!」


「っ!!?? ギ、ァ!!!!????」


自身の首元に刃が突き付けられている感覚が消えず、砂による目隠しといった古典的な視界封じに反応が遅れ……尻尾を掴まれ盛大に投げられる。


後頭部を地面に叩きつけられる結果となり、いくらドラゴンといえど脳がある生物。


その一撃で息絶えずとも、脳は確実に揺れる。


「おらっ!!!!!!!!」


「ッ!!!!! ァ、ァ……」


ラスト一撃は、今まで世話になっていた相棒の短剣で喉を斬り裂き、ギリギリの戦いに勝利し、生き残った。


「はぁ、はぁ、はぁ……マジで、勝てたのか。ッ!!!???」


属性を持つドラゴンとの激闘に勝利し生き残ったギールは、ブレスという強力なスキルを得ただけではなく、限界を一つ乗り越えた。


結果、限界を越えた時に訪れる特有の熱さを迎える。


命の危機に瀕するような激痛などではなく、寧ろ体力や魔力などが全回復。

暴れたりないような感覚になるため、ある意味注意が必要ではある。


「ッ、とりあえずこの場から移動しねぇと」


倒したフレイムドラゴンを見た目以上の物を収納できるアイテムバッグにしまい、退散。


生まれ変わり、身体能力が向上しただけではなく、敵の存在感なども強く感じられるようになった今……ギールは竜の谷に訪れた時の自分は、どれだけアホで命知らずだったのか、強制的に理解させられた。


(そりゃ場所的には、入り口も入り口だったんだろうけど、どんだけフレイムドラゴンより強い奴がいるんだよ!!!!)


全力ダッシュで移動し、数十分後には十分安全圏内まで移動。

そしてようやく自身の状況を整理し始めた。


「……あの場所に足を踏み入れた時の俺もアホだけど、もう一度拾った命を捨てようとした時の俺もアホだな」


生まれ変わった肉体、魔力、最高にハイな状態、研ぎ澄まされた感覚。

どれか一つでも欠けていれば、ギールがフレイムドラゴンに勝てる可能性はゼロだった。


「まっ、なんだかんだで勝てたんだから良しとするか」


冒険者特有の少々お気楽な性格で過去のアホさ加減を流し、これからについて考え始める。


(やっぱり……最終的には、レオルの聖剣技を奪ってやりたい。普通に考えればそんなこと出来ねぇけど、オルディ・パイプライブがあれば、縛りがあれど出来なくはない)


かつての仲間であり、親友のスキルを奪うなど、人間として終わってる。

そう思う者が殆どだが……タレン改めギールにはギールなりの理由があった。


そもそもシュヴァリエというパーティーは、タレンとレオル、クリスタの三人からスタートした。

結成時の年齢は十五から十六と若く、同世代の女性よりも容姿が頭一つ抜けていたクリスタに、ギールは当時から特別な感情を抱いていた。


リリーやミレイユといった綺麗どころがパーティーに加わっても、その特別な感情が変わることはない。

しかし、とある瞬間……クリスタが自身に見せたことがない笑顔をレオルに見せるところを見てしまった。


冒険者として活動を始めてから数年、ベテラン達には敵わなくとも、表情から心情を読み取ることは……仲間であれば、容易であった。


その頃から徐々に腐り始め、メンバーとの差も大きく広がる。

一時はクリスタが無理ならリリー、もしくはミレイユならと、軽薄で薄っぺらい感情持ったが、二人も既にクリスタに近い感情をレオルに向けていた。


冒険者としてではなく、男としても完敗し……次第に親友であったレオルとの会話も減った。


(お前はクリスタを手に入れたんだ……聖剣技のスキルぐらい、俺が貰っても良いよな、親友)


どう考えても暴論で逆恨み過ぎる。

しかし……今ここに、荒れたギールの心を沈められる者は誰もいなかった。

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