第25話 緊急事態
ガタゴトと乗り合い馬車に揺られながら、魔王と勇者は人間国に向かっていた。
「アス、俺にもっと寄りかかっていいぞ。まだ到着まで時間が掛かる。」
「……れ、れ、レイ、大丈夫だから、そんなに腰を抱え込まなくていい。うわっ!」
人間国に出発する前に『本名は皆が騒ぐから、愛称で呼ぶ 。だからアビステイルも自分を愛称で呼ぶこと。』と勇者に圧を掛けられた。
「いいねぇ、お二人さん。恋人同士かい?これからデートかい?あ~羨ましいねぇ。」
「あ、いや、その、違っ…」
前席に座っているかっぷくのいい女性にそう言われ、慌てて否定しようとするが、生粋の人見知りなもので、なかなか言葉が出てこない。
「そうなんだ、久々の休みでこれから二人で街を歩こうかと思って。」
爽やかな笑顔でブレイブがご婦人に答える。
(だ、誰だこれ!?普段と全然違うじゃないか!!)
「デートなら夜、広場の噴水に行った方が良いよ、雰囲気がいいから。俺もこれからかみさんとデードだ。」
今度は婦人の隣に座っていた青年がニコニコしながら話し掛ける。
(あわわわわわわ、みんなこっちを見てる!どうしよう、なんか言わなきゃダメかな、いやいやいやいや、無理無理無理…)
「夜の噴水かぁ、いいね、アス。」
「あぅ、その、うん…」
勇者の顔をチラッと見ると
【愛称呼びは?】
「(目だけで圧を感じる………)行きたいね、レイ………」
「いいねぇいいねぇ、若いっていいねぇ!」
おばさんがうんうんと頷いて、
「噴水デートでまた会えるかもな。俺の嫁さんはクルクルした赤毛で、目がパッチリしてて……」
青年もなぜか奥さん自慢を始めた。
周りに聞こえるかどうかの声量だったが、勇者はにんまりと満足そうだったので、取りあえず乗り切った。
なんなんだ、この緊張感はっ!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
馬車が停留所に止まって、私は一目散に飛び降りた。
あの馬車の中の【初々しい恋人達を見守る面々】の生ぬるい雰囲気が居たたまれなかった…
「こらこらアス、街が楽しみだからって一人で飛び出しちゃダメじゃないか、俺がエスコートするのを待ってなきゃ。」
またもや、こいつ誰だよ的な発言の勇者をジロッと睨み、目的地へ急ぐ。
「勇者、早くせい。遊んでる暇はないぞ。」
「顔が怖いぞアス。そんなんじゃ喧嘩したと思われるぞ?」
「もぉいいだろっ!変なしゃべり方やめろっ!」
くっくっくっと勇者は笑う。
くそぅ、勇者め。なんだかものすごく恥ずかしくなってきた。
「これからも愛称で呼んでもらいたいな、アス。ところで一旦俺の宿に寄りたいんだが、いいか?」
「いいが、どうした?」
「パーティーの仲間に会わせたい。」
「あの布面積が少ないやつとか、聖職者みたいなカッコの黒いオーラのやつとか、ニコニコしてるでかいやつとかか?」
「そうだ。協力してもらう。」
「うっ…知らない人はちよっと…なぁ。」
「いきなり攻撃はしてこないから、大丈夫だ。」
いや、そうでなくてな…、人見知り的なことなんだけどなぁ…
足取り重く、一件の宿屋に着いた。
「待ってミランダ!落ち着いて!」
「落ち着いてなんかいられないよ!離してよ!」
勢い良くドアが開くと、中から女性が二人もつれながら出てくる。
「どうしたんだ、ミランダ。何かあったのか?」
「あ、ブレイブ!アンが行方不明になっちゃったのよ!あ、アンってミランダの妹ね!」
「離せ!離せよ!!あたしが行かなきゃ!もうすぐアンは結婚するんだよ!早く見つけなきゃ!」
なにやら戸口で揉めている。あぁ、ヤダなぁ。帰りたいなぁ。
そろ~っと後ずさりをしながら、アビステイルはその様子を見ていた。
「行方不明?どういうことだ?」
「さっきまで婚約者と会ってたんだよ、結婚式の打ち合わせで教会に行って。途中でその婚約者の家から用事ができたから早く帰ってこいって知らせを受けて…。」
「いつもなら、その婚約者がアンの家まで送ってくれるんだけど、そんなんで一人で帰って来たはずなのに姿が見えないんだって。」
うわぁぁぁぁー!と泣き崩れるミランダ。
「あの子が居たから、あたしは頑張れたのに…あの子が幸せになるんだったら、どんなことでもしてきたのに…うっっうぅぅぅ…」
「ミランダ…今、警備隊の人が探してくれてるんでしょ?あなたはここで待ってた方がいいわ。ね?」
黒いオーラの聖女がミランダの背中をさすりながら、なんとか落ち着かせようとしてる。
「教会とはどこにある?俺達が行ってくるよ。な、アス。」
布面積少ない女性と、腹黒オーラを出してる二人が一斉に私を見る。
こ、怖い…
「まさか、あの人って魔王…え?!アス??愛称呼び!?どうなってるのですかっ!!?」
「まさか、アンが行方不明って魔族がやったのか…。貴様っ!」
「それを明らかにする為に、一緒に行ってくる。二人はここで待っていてくれ。必ず探し出す。さ、行こうアス。」
「またもや愛称呼び…。」
「ブレイブ、頼む。アンを、アンを必ず見つけて……」
こくりと頷き、私の手を取りじっとその黒曜石のよう瞳で見つめる。
あ、キレイな黒だな。
はっ!いやいやいやいや、違う違う!やめろ、そんな眼で見るなっ!
「アス、探知できるか?」
「ぐっ!…やってみよう。妹の持ち物は何かあるか?(うわー私のバカっ!面倒事に首を突っ込むなんて!)」
「これ、アンの大事にしているスカーフ。」
布面積が少ない服のポケットから、赤色の鮮やかなスカーフを取り出し、おずおずとアビステイルに渡す。
そんなにビビらんでも、噛みつきはしないわっ!
スカーフを受け取り、短い詠唱を唱える。
淡くスカーフが光り、私の手のなかに消える。
「行くぞ勇者。」
「ああ。」
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