第16話あーん。

「今日は忙しそうだな。」


恒例となった勇者の窓からの訪問。

もはや誰も突っ込まなくなっていた。


「あぁ、勇者か。これから獣人国の来賓が見えるので、謁見しなければならないのだ。悪いが今日はゆっくりお茶していられんのだ。」


侍女に支度を手伝ってもらいながら、答える。勇者の持ってる紙袋の中身を気にしながら…


「獣人国?」


「この間、奴隷市を潰したろ?そこに獣人の子供達も居たのだ。解放した事を獣人王が感謝したいといってきてな。」


「魔王様、お顔をまっすぐにしてくださいませ。」


侍女が一生懸命、私のくせ強剛毛髪をなんとかまとめようとしてくれている。


「俺も同席していいか?邪魔にはならないようにする。」


勇者が紙袋をテーブルに置く。


この匂いは……クッキーか?ほんのりバニラの匂いの中に少しスパイシーな匂いが鼻を掠める。

ジンジャーか?ジンジャークッキーなのかっ!?


「魔王様、お顔をまっすぐに。」


「勇者、なにか気になる事でもあるのか?」


「獣人国に行った事があったが、あそこの連中は皆、気が強いというか、考えるより早く体が動いてしまうというか…」


「現王は好戦的な奴だが、獣人は用心深く、思慮深い。自分の行動一つで何がどう変わるか、常に考えている。今回は感謝の謁見だ。そう問題も起こらんだろう。」


答えながら、そっと紙袋に手を伸ばしあと少しでクッキーに手が届きそうなところで、グギッと顔をまっすぐに矯正され、押さえられた。


「…魔王様、お顔を、まっすぐに、してくださいませ……」


侍女の目が据わっている。この子、ゴードンだったな。だから髪がうねうねと……


そんな光景を見ていた勇者が、ははっと声を出して笑って、おもむろに紙袋に手を入れクッキーを摘まむと、私の口元に持ってきた。


ま、またもやこれは『あーん』なのだな!

くっ!食べたいっ!けど恥ずかしい!

どうしたらいいんだ!?


「パティスリー・ロンの新作だ。なかなか面白い味だぞ?」


し、新作だと!

この間、人間国に行った時、楽しみにしてお店に行ったが定休日で営業してなかったんだ!あの時の私の絶望感といったら……

こんなにも私の心を掴んで離さない、パティスリー・ロンのスイーツ!!

食べなければなるまい!

恥じなぞ知るものか!

ええいっ!!


パクッと一口でクッキーを頬張る。

あぁ、甘さとスパイスが丁度良い比率で混ざりあっている。

これならいくらでも食べられるのではないか?

よく咀嚼し、ごくんと嚥下をした私はまた口をパカッと開けた。


はははっとまた声を出して笑った勇者が、また口にクッキーを入れてくれた。


あぁ、至福。

侍女の髪はまだうねうねとうねっていたけど。



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