第5話ふたりきりの同期会

元恋人、我修院煌梨のことを思い出す。

同じ高校出身で同じ部活に所属していた人気者。

彼女はマネージャーで僕ら部員の裏方を務めていた。

僕らは次第に彼女と仲良くなり…。

そして、破滅を迎えたのだ。

彼女は部員全員と交際関係にあり、部活全体の雰囲気を壊した。

僕ら部員の絆や友情というものは、何もかも無くなり全員がそこから去っていった。

高校時代に重たい経験をしたものだから大学に進学しても僕は友達も恋人も作りづらくなっていた。

いつだって他人とは一定の距離を取り、深くは関わらないようにしていた。

それは社会人になっても抜けない癖のようなものになっていた。

出来ることなら他人とは関わらずに生活していたい。

一時はそれぐらいに心を閉ざしたものだ。

その原因である我修院煌梨からのメッセージ。

はっきりと心の傷が刺激される出来事を思い出しながら今週も始まろうとしていたのであった。


いつものように会社に向かう通勤ラッシュの車内で偶然須山と遭遇する。

「おはようございます。奇遇ですね」

「おはよう。一本遅れてしまってね…。本当に偶然」

お互いに挨拶を交わすと電車で揺られ続ける。

「そうでした…」

須山は小声で口を開くとカバンの中から飴を取り出した。

「おすそわけです」

彼女は軽く微笑んで個包装の飴玉を僕に渡す。

「ありがとう」

軽くお礼を言うと包装を破って飴玉を口に運ぶ。

「同僚に貰った海外の飴なんです」

「そうなんだ。美味しいね」

僕のお世辞のような言葉に須山は軽く微笑むと、

「結構後味引きますよ」

などと笑って口を開いた。

それに戯けたような表情を浮かべると目的地の駅まで向けて電車に揺られる。

先に僕が電車を降りるようで須山に別れを告げた。

「じゃあ。また今度」

「はい。楽しみにしています」

それに頷くと僕は会社の最寄駅で降車する。

会社に向かうと永野は僕とは目も合わさない。

本当に何の関係もない他人の素振りを続けている。

そんな永野に目もくれず僕は仕事に集中する。

「中島くん…」

集中している所に僕を呼ぶ声が聞こえてきて、そちらに目を向ける。

「はい…。って久我か…。どうした?」

久我みなみ。

同期で唯一の女性社員。

もちろん入社当初は同期でも数名の女性社員が居たのだが…。

現在は久我みなみ一人きりだ。

入社して数ヶ月で辞めていったり、結婚を機に社を離れたり。

色々と理由があったのだが今では久我だけだ。

同期では久我と僕だけが独身だ。

それ故か僕にしては珍しく気が合う女性と言っても過言ではない。

「うん…。これってどうなってる?」

久我は資料を僕に渡すと気になっている点を指摘してくれる。

「あぁ…これは…」

そこから数分掛けて説明をすると久我は納得したのか頷く。

「ありがとう。そうだ。同期会あるらしいんだけど…」

久我は煩わしいような口調で言うので僕もいつものように頷く。

「いつものように予定あるって事にしておくよ」

「それなんだけど…」

久我は言いにくいことがあるようで少しだけ戸惑ったような表情を浮かべていた。

「なに?他になにかあるの?」

「その…」

「ん?」

そこまで会話を続けたところで久我は決心したように口を開く。

「その日、本当に私と食事でもしない?」

突然の久我からの申し出に僕は面食らってしまう。

「本気で言ってる?」

同期である久我なら僕が他人を避けているのを知っているはず。

それなのに誘ってくるということは、何かしらの事情があるのだろう。

そう結論付けると僕は返事をする。

「わかった。同期には上手いこと言っておくから店選びは任せた」

「ありがとう」

久我はそれだけ告げるとデスクに向けて歩き出す。

同期会は今週の金曜日にあるため週末まで仕事に追われ続けるのであった。


そして迎えた金曜日。

仕事を終えて久我と共に予約してもらった飲食店に向かうと食事をして過ごす。

「それにしても…久我が誘ってくるとはな…」

何気ない世間話のように口を開くと彼女も軽く鼻を鳴らす。

「一人で居るのに慣れすぎて…感覚おかしくなってるかもって最近思って…」

「僕も…」

二人して自嘲気味に微笑むと食事をしながら会話を続ける。

「一生独りで居るつもりか?って両親にも言われて…正直しんどかった…」

「たしかにな…。ある程度の年齢になると心配されるよな…」

久我はそれに頷くと悩みを打ち明けるように口を開く。

「この間、同窓会があったんだけど…」

それに頷きながら明後日の日曜日に高校の同窓会があることを思い出していた。

「あれは絶対に行かないほうが良いね…。大体が既婚者になっていて…なっていない方が少数派で…肩身が狭い。それに未婚ってだけで軽くナメられるしバカにされてるみたいで面倒だった」

「実は…明後日に高校の同窓会があるんだ…」

「行くの?今の話聞いても行くって言うなら相当なMだね」

「行かないって…。それに僕にはプラスαで行きたくない理由があるし…」

「何?理由って?」

それに対して僕は高校時代のトラウマの話をする。

「うわ…何そのクラッシャー…高校生でそれってやばいね」

「本当だよ…」

軽く嘆息するとその後も食事を続けるのであった。


二人の同期会を終えると会計を済ませて店の外に出る。

と、そこに件の人物が偶然通りかかる。

「あれ?佐一じゃない?久しぶり〜」

その人物、我修院煌梨は僕のもとに近づいてくる。

心拍数がかなり上がりトラウマは刺激される。

癒えない傷が疼きだして僕は顔をそらした。

「人違いです」

きっぱりとそう告げると僕は久我とともに駅まで向かう。

「誰だったの?」

久我はピンときていないらしく質問をしてくる。

「さっきの話の中心人物」

それでやっと理解が出来たらしく久我はなにかに納得したのか大きく頷いた。

「あれだけ美人なら気が多くても仕方ないかもね…」

久我の言葉に呆れると僕らは電車に乗り込んで帰路に就くのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る