第3話約束の手料理

日曜日だと言うのに少しだけ憂鬱だった。

昨日の食事会はとても有意義なものだったが…。

眠る前に届いていた通知を思い出して朝からため息が止まらない。

このまま支度を整えてトンズラすることまで考えていた所に家のチャイムが鳴り響く。

居留守を決め込んで身を潜めているとドアを力強くノックする音が聞こえてくる。

「センパイ!居るのはわかっていますよ〜!居留守をするつもりならこのまま騒ぎ続けますよ〜!近所に迷惑かけてマンションに居辛くさせますよ〜!それが嫌なら早いことドアを開けてください!」

全く迷惑な件の人物から逃れることは出来ずに僕は観念して玄関のドアを開ける。

「やっと観念しましたね!私が来てあげましたよ!」

ドアの前には後輩の女性社員が立っていて僕は軽く嘆息する。

「どちら様ですか?セールスなら近所迷惑なのでお帰りください」

そこまで言うと玄関のドアを閉めようとする。

のだが…。

彼女はドアに足を挟んでそれを拒んだ。

「センパイ…そんな事すると後が怖いですよ…?」

などと脅しの言葉を口にする彼女に嘆息する。

「はいはい。それで?何のよう?」

「なんで返事くれないんですか!?私がデートに誘っているんですよ!?」

「だから…毎回断るの面倒だから無視したんだよ…。察しなさい」

はっきりと断るのだが彼女は引いてはくれない。

「じゃあこれだけ!これだけ受け取ってください!」

そう言うと彼女は紙袋をこちらに渡してくる。

「何持ってきたの?」

「この間、先輩たちが話しているの聞いてて…手料理食べたいんですよね?一生懸命作ってきたんです!食べてください!」

「はいはい。受け取るから帰ってね。それじゃあ」

紙袋を受け取ると素っ気なく対応して玄関を閉める。

後輩社員の彼女の名前は永野富美ながのふみ

トラブルメーカーの面倒な後輩だ。

気が多いのか会社でも男性社員と多くのトラブルを抱えている。

出来ることなら僕は関わりたくないのだが…。

何故か最近はターゲットにされてしまっている。

どこから仕入れたのか僕の自宅の住所まで知っていて休日になると押しかけてくることも少なくなかった。

だが素っ気なく対応し続けているので、そろそろ飽きるだろうと簡単に結論付けるのであった。


休日明けに会社に向かうと永野に会わないように彼女のデスクに空になったタッパーを置く。

ありがたく食事は頂いたのだが感想を直接言うのは面倒だったのでスマホで済ませる。

永野は会社では絡んでこない。

その代わりと言っては何だが休日は押しかけてくる。

面倒だが一応の気配りが出来る後輩である。

これ以上無下にするのも悪いとは思っているのだが…。

彼女には何かしらの訳がありそうなのであまり関わりたくない。

そんなことを思いながら平日は平穏に過ごしていくのであった。


金曜日のこと。

スマホには二名の女性から通知が届いている。

一人は須山でこの間の約束の日程を決めようとのことだった。

「いつでも良いよ。大抵暇だから」

「じゃあ急ですけど明日でもいいですか?」

それに了承の返事をすると須山は自宅の住所を送ってくる。

もう一人は当然のように永野からだった。

「センパイ!明日って暇ですか?」

いつもの僕だったら無視をするところなのだが、須山との約束があったので断りの返事をする。

「暇じゃない」

珍しく返事をしたものだから永野は怪しく思ったらしく追及の返事をしてくる。

「デートですか!?私がいるのに!」

面倒になりそうだったので今度こそ既読だけ付けて無視を決め込むのであった。


土曜日。

目覚めると身支度を整えて家を出る。

玄関を開けると…。

目の前には永野が僕を待っていた。

「永野さん…何か用?」

永野は僕を見つめると懇願するような言葉を口にした。

「行かないでください…」

呆れたように首を左右に振ると断りの言葉を口にする。

「ごめんだけど。約束があるから急ぐよ」

それだけ告げて玄関の鍵を閉めるのだが永野は僕の後を付いてこようとする。

「ちょっと…。わかった。明日は予定を空けておくから。今日は勘弁してくれ」

そう告げると永野は一気に顔を明るくさせて頷く。

「絶対ですからね!約束ですよ!」

永野はそれだけ言うと大人しく帰路に就くのであった。


そのまま須山の家に向かうと手料理を振る舞ってもらう。

数々の料理を堪能して彼女が料理上手だということはしっかりと証明された。

(こういう生活は確かに悪くないだろうな…)

などという一時の気の迷いのようなことまで思う始末だった。

「どうでした?美味しかったですか?」

「凄く美味しかった。思わず食べすぎてしまったよ」

軽く微笑んでお腹を擦ると須山もキレイに微笑む。

(本当にこういうのは悪くないな…)

そんなノイズが脳裏を過るのだが頭を振ってカバンを手に取った。

「今度何かお礼をさせてよ。今日は遅くなる前に帰るよ」

立ち上がると須山は照れくさそうに口を開く。

「もう少し良いじゃないですか…」

それには首を左右に振って断りの言葉を口にする。

「恋人でもない女性の部屋に長居するのは良くないだろ。それにこの間まで痴漢の被害にあっていたんだ。まだ男性が怖いんじゃないか?」

僕の言葉に須山は首を左右に振る。

「中島さんなら大丈夫です…」

「どうして?」

「前にも言った通り父に似ているので…」

「そう。それは光栄に思うけど…。だけど無為に傷は付けたくないから今日は帰るよ」

「そうですか…」

須山は残念そうに俯くので慰めの言葉ではないが次の約束をして帰宅するのであった。


帰宅すると永野から通知が届いている。

「明日は13時に駅前で!絶対ですよ!」

それに了承の返事をするとベッドで眠りにつくのであった。

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