第七十三話 また会う日まで

「じゃあ、ひとまず、ここで解散だな」


 ベイエルの町を見渡す緑の丘で、ロンは七人の少女たちを前にしていった。


「イルマ、ウィナ、エロウラ、カイリ。それぞれ国へ戻っても達者でやれよ」


 しみじみとした口調でいうと、イルマが呆れ顔でため息をつく。


「大袈裟な物言いですね。私は、ルーンダムドの女王である母へ状況報告をしにいくだけです。ひと月かからず戻ってきますよ」

「ウィナもだよっ! ロナの森にかえって、みんなと遊んで、ラグリアの実のケーキをお腹いっぱい食べたら、またすぐ戻ってくるー!」


 エルフ少女が二匹の蝶を追いかけながらいうと、エロウラが空中で器用に頬杖をつきながら口を開いた。


「アタシは、どうかしらねぇ。なんとなく協会ウチが近いような気がするしぃ、しばらく戻ってこないかもぉ」

「大変申し上げにくいのですが、わたしも、すぐには戻ってこられないかも、しれません……」


 カイリも、いつものように背を丸めて、沈んだ声音でいう。


「今回のイグニアの凶行については、それを阻止できなかった他の四氏族わたしたちにも責任があります……。各氏族はひどく動揺し、アンヴァドールはいま、恐慌の最中にあるはずです。ただちに五氏族が結束して上手く事を収めなければ、すぐに第二、第三のサーレイが生まれ出ないとも限りません……」

「そうだな」


 ロンは頷いた。


 今回、サーレイ・レガ・イグニアの野望は完膚なきまでに打ち砕かれたものの、この世界に一度生まれた争いの火種は、そう簡単に消せるものではない。

 ひとつの町が燃え、人命も失われたのだ。

 マキシア王国では当然、アンヴァドールへの報復を望む声があがるだろうし、それは人間如きに敗れ、誇りを傷つけられた魔族たちにしても同じだろう。


 これより先は、双方の陣営が一度でも誤った選択をすれば、たちまち大戦争を引き起こしかねない危険な綱渡りが続くのだ。


 エロウラも、それがわかっているからこそ、一度協会ギルドへ戻って情報収集にあたり、戦争への備えをしておくつもりなのだろう。


「まっ、そう心配することもねェよ」


 両手を頭の後ろで組んだオリガが、お気楽な口調でいった。


「またどっかのバカがバカやらかしたら、今回みてェにオレらがすぐにボコしてやりゃいいンだ。退屈しのぎになって丁度いいぜ」

「何を呑気な……。いまワタシたちがこうして無事でいるのも、稀なる好運とマスターの力があったればこそだというのに」


 キヤがかぶりを振ると、アラナが美しく微笑みながら口を開いた。


「キヤの言うとおりだけど、でも……先生と、ここにいるみんなが力を合わせれば、わたしたちはまた、何度でも奇跡を起こせる。わたしはそう思うの」

『…………』


 他の少女たちはとっさに何も言えず、照れ隠しの困り顔でちらちらと互いを見やった。


「だから、きっとまたすぐに再会しましょう。伝説の勇者にわたしたち七人の力が加われば、絶対無敵。どんな困難にも必ず打ち勝てるわ」

「そうですね。奇跡を起こせるかどうかは別として、何者にも負ける気はしませんね」

「うんっ! ウィナもそう思うっ! みんながいれば、むてきむてきー!」

「そうねぇ。アンタたちと一緒にいれば、退屈だけはしないしねぇ」

「ケッ、オレとロンがいりゃ戦力は充分だけど、まァ、テメェらもいたほうが場は盛り上がるわな」

「勿体ないほどのお言葉……身に余る光栄です……。皆さまのご期待を裏切らぬよう、もっとずっと強くなって戻ってくることをお約束いたします……」

「ワタシも、オマエたちのことが嫌いではない。また共に過ごせる日が来るまで、マスターのことはワタシに任せておけ」


 少女たちは、それぞれ言葉を口にしたあと、揃ってロンを見つめた。


「……まあ、その、なんだ」


 このような場面をすこぶる苦手としている元勇者は、しばし視線を泳がせたあと、意を決したように居ずまいを正した。


「君たちは、とにかく、最高だ。うん。最高。俺は、君たちの師となれたことを、心の底から誇りに思う」


 次第に頬が紅くなっていくのを自覚しながら、えへん、とひとつ咳払いする。


「頼りない先生かもしれないけど、俺は……、君たちを育てあげることに、この人生を賭ける。君たちを守り抜くために、この命を懸ける。だから、その……これからも、俺を信じてついてきてほしいっ!」


 愛の告白に聞こえなくもない恥ずかしすぎるセリフを口にしてしまったが、意外にも、少女たちは誰も笑わなかった。


「もちろん、信じています。わたしたちみんな、あなたのことを」


 アラナがまた柔らかく微笑んで、そっと包み込むような声音でいった。

 急に目頭が熱くなったロンは、慌ててあさっての方を向いて、声を張り上げる。


「よ、よしっ! それじゃあ、解散! 道中気をつけてな!」


 挨拶をすませると、ここで別れる四人の少女は、それぞれの帰る場所へ向かって歩き去っていった。

 ロンは、残った三人──アラナ、オリガ、キヤと一緒に、カラド王国のレオス城わが家を目指して、歩き出す。

 

 みんなの足取りはとても軽やかで、力強く、雲間から差した秋の日差しが彼らの行く手を明るく照らし出していた。

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