第七十二話 希望の光
翌日。
「ふぁあ、いい天気だ……また昼寝したくなってきたな」
ようやく外を歩けるようになったロンが、中庭の噴水のそばのベンチに腰かけて、ひとりでまったり過ごしていると。
「こんなところにいたか」
城門のほうから、ひとりの若い騎士が歩いてきて、まだ寝巻姿のロンに親しげに声をかけた。
アラナのとよく似た白銀の鎧を身に着けたその男は、線が細く、とても柔和な雰囲気で、藍白の長髪を背でまとめた姿は女性と見紛うばかりの美しさだ。
ただ、その優美な立ち姿にはその実、一分の隙もない。
「おお、これはこれは、今を時めく白鳳騎士団の団長、レヴィト・アグナスさまじゃありませんかっ」
ロンは、へりくだった態度で大袈裟に驚いてみせた。
レヴィト・アグナス。若干二十歳にしてマキシア四大騎士団の一、白鳳騎士団の団長の座についた異才であり、マキシア十剣の中でも一、二を争う剣の達人。
そして、ロンにとっては、五年前の戦争で互いに背を預けて戦った、数少ない戦友でもある。
「しかし……ずいぶんと遅いご到着でしたねえ。他の三つの騎士団は二日も前に駆けつけたというのに……」
ジト目で、思っいきり嫌味っぽくいってやると、レヴィトはお茶目に苦笑した。
「そう虐めてくれるなよ。報せを受けた時はバードスで任務中だったんだ。これでも、四日の道のりを三日でやってきたんだぞ」
「そりゃあご苦労様でしたねえ。ただご覧のとおり、事はすっかり片付いておりますゆえ、わざわざご足労いただくこともございませんでしたのに」
「部下にもそう言われたけど……どうしても旧い友に会いたくなってね。会って、直接礼を言いたかった」
美貌の騎士が真摯な眼差しを向けながらいうと、ロンはすぐに顔をしかめてそっぽを向いた。
「ロン・アルクワーズ。君にこの国を救われたのは何度目だろうな。いつも、返しきれない恩ばかりが増えていくよ」
「…………」
ロンは、視線を逸らせたまま、かぶりを振った。
「いや、俺じゃないよ」
呟いて、中庭の広場で町の子供たちの世話をまかされている七人の少女を見つめる。
男の子たちに剣術の手ほどきをしている、アラナ。
女の子たちに、魔法の才があるなら是非ともルーンダムドへ来なさい、とアブない勧誘をしている、イルマ。
幼い子たちと一緒になって夢中で駆けっこをしている、ウィナ。
オマセな子たちに意中の男を誘惑する方法を教授している、エロウラ。
誰かれかまわず、己の武勇伝を得意げに語って聞かせている、オリガ。
誰かれかまわず、今回の一件についてひたすら謝り倒している、カイリ。
裁縫の得意な子にメイド服の繕い方を教わって感謝感激している、キヤ。
「この国を救ったのは、あの子たちだ。俺は今回、一番最後に美味しいとこをちょこっといただいただけさ」
ロンが真面目にいうと、レヴィトは微笑んだ。
「ああ。だいたいの事情は聞いているよ」
そして、少女たちのほうへ振り向き、個性豊かな七人を興味深げに眺める。
「次代の《剣聖》を目指す天才少女たち……」
その涼やかな美声には、たしかな敬意がこめられている。
「伝説の勇者に育てられた若き勇者たち、か」
「きっと史上最強になる勇者たちだ」
ロンも頷いていった。
「いつか、この世界がふたたび闇に覆われたとしても、俺たちにはあの子たちがいる。あの子たちは、光……この世界の希望そのものだ。どんな深い闇であっても、あの七人が力を合わせれば、きっと打ち払える。俺はそう信じてる」
強い信頼と愛情を感じさせる声音だった。
レヴィトは、すこし驚いたような表情でロンの横顔を見つめたあと、その白銀の瞳をやさしく細めた。
「では私も信じよう」
いって、思わせぶりな悪い笑みを浮かべる。
「そして、新たな勇者の誕生を、友と一緒に祝おうじゃないか?」
「……」
ロンは、視線を逸らせたまま、渋い顔をした。
「…………お前の奢りなら、付き合ってやっても、いい」
「そういわれると思ってたんまり持ってきたよ」
騎士が気取った優雅な仕草で手を差し伸べると、ロンはいかにも不承不承という態度でそれを取り、立ちあがった。
それからふたりは、五年の歳月を感じさせぬ気安さでくだらぬ冗談を言い合いながら、のんびりと城の中へ入っていった。
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