第七十話 決着

 かつて。

金剛の指輪アダマント・リング》を手に入れた時、魔王ヴァロウグは、激怒した。

 相まみえれば神すら斬れる、と自負する究極の剣技。それを持ってしても指輪の装着者には傷ひとつつけられぬ、という事実を知り、愕然とした。


 魔王は、ただ指輪を嵌めただけのオークを幾度となく斬ろうとして、ことごとく失敗した。

 己に深く絶望した魔王は、まもなく城の自室へ引き籠った。

 そして薄暗い部屋で日夜、手に入るだけの古今東西の学術書、古文書、武道書、秘伝書などを片っ端から読み漁った。


 そして、一年後──魔王は、ひとつの真理にたどり着いた。


 この世界を形成する時空、その連続性は不完全であり、つねに無数のきず──が生じているということ。

 そして、刹那のさらに万分の一ほどの短い時間存在するその裂け目には、発生に周期性があり、それを把握して裂け目に魔力を纏わせた刃を精確に合わせれば、、ということに。


 もちろん、それを現実世界で再現するには、裂け目を知覚する超人的な眼力と、発生の周期性を正確に把握する頭脳、そして、それにみずからの剣閃を合わせる超絶技巧が必要となる。


 魔王ヴァロウグは、そのすべてを有していた。


 対象が存在する空間そのものを切断できれば、相手の物理防御力など問題にはならない。

 魔王は、新たに会得した奥義で、《金剛の指輪アダマント・リング》を嵌めたオークを見事斬り伏せた。

 その時、魔王は幼子のようにはしゃぎ回り、三日三晩配下の者に自慢話を聞かせたという。


 五年前のヴァロウグの死によって、その奥義も永遠に失われたと思われていたが……もし、誰にも知られずそれを密かに受け継いでいた者がいたとしたら。


 魔王は己の技に名などつけなかったが、その者は、この世界そのものを斬り裂く究極の奥義を、こう名付けた──。




「《天神世断ウラノス・ブレイク》」


 ロンが剣を振り下ろした時──光が弧を奔り、次いで、真の闇が生まれた。

 刃が空間を切断した瞬間、そこに存在したすべての光も断ち斬られ、消滅したからだ。

 

 他者が視認できた驚異はそれと、指輪を嵌めたサーレイの腕が、手にした長剣の刃ごと鋭利に切断され、ドサリと床に落ちたことだけだった。


 魔王ヴァロウグの生み出した奥義は、おどろくほど静かに、あっさりと、ふたりの戦いに決着をつけた。


「ば……かな……っ」


 サーレイは、襲い来る痛みに絶叫することも、怒りに咆哮をあげることもなく、ただ、すこし呆けたような顔で、床に横たわる己の腕をぼんやりと見つめた。


「ありえない……、ありえるはずがないだろう……っ」


 すでに戦意を喪失していることは明らかだった。


「この私が、敗けるなど……っ!」


 しかし、それでロンが赦すはずもなかった。


「いまのは、アラナの分……」


 呟いて、己の体内に残った力──闘気のすべてを、剣を握ったままの拳に込める。


「そして、これが町の人達の分だっ!」


 ロンが放った渾身のストレートに顔面を直撃されたサーレイは、見事に吹っ飛んではるか後方の壁に激突、そこで失神してピクリとも動かなくなった。


「……っ、マスター!」

「先生、お見事です……っ」

「ハッハァッ! やりやがった、やりやがったぜェッ!」


 決着を見届けた少女たちが、喜色満面で駆け寄ってくる。 

 ロンは、そちらを振り向いて微笑み、


「……、」


 何かを言おうとしたが、それより僅かにはやく、限界が訪れた。

 己の命を燃やし尽くし、すべての力を使い果たした元勇者は、ちいさく息を吐いて目を閉じ、血溜まりの中に倒れて、動かなくなった。

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