第六十八話 俺を信じろ

「はァ? ンなデタラメこっちが信じるとでも思って──」

「出鱈目ではありません……」


 オリガの言葉を遮って、カイリが虚ろに響く声でいった。


「あれが本物の《金剛の指輪アダマント・リング》なのであれば、彼の物理防御は文字どおり完璧です……。わたしたちの剣では、いまの彼に掠り傷ひとつ負わせることはできません」

「マジ、かよ……っ」

「では、こちらには何も打つ手がないというのかっ」


 口惜しげにいうキヤをみて、サーレイが嗤った。


「そのとおりだ! 貴様らには、はじめから万に一つの勝ち目もない。私の完璧な勝利はけして揺るがん!」


 その時。


「いや……」


 のろのろとふらつきながら歩き、床に落ちていた己の剣をようよう拾い上げたロンが、呟いた。


「人質のアラナを失った時点で、お前の勝利はなくなったよ、サーレイ」

「ハッ、何を言い出すかと思えば──」

「みんな……よくやってくれた……。君たちが来てくれると、信じてたよ……」


 ロンは、血塗れの顔におだやかな笑みを浮かべて、少女たちの顔をひとつひとつ、ゆっくりと見回した。


「あとは、俺に、まかせろ……。先生はスゴいんだってとこ、みせてやるから……」

「何いってンだッ! そんなカラダで戦えるワケ──」

「オリガ、信じろ……俺は、絶対に、敗けない。今日だけは……」


 いって、利き手ですらない左手でどうにか剣を構えたロンをみて、サーレイは余裕綽々で頷いた。


「いいだろう、ロン・アルクワーズ。予定どおり、まずは貴様の首をこの手で刎ねてやる。小娘どもを始末するのは、その後だ」

「予定どおり、か」


 ロンは、鼻を鳴らして吐き棄てた。


「お前の予定どおりなら、俺はとっくに死んでるはずだ。だが、俺の安い挑発に乗ったお前は、俺をすぐには殺さず、嬲り殺しにすることを選んだ……。あの時点で、お前の完璧な勝利とやらは崩れ去っていたんだよ」

「……っ」

「お前は、という最大の不確定要素をこの戦いに持ち込んだ。その結果、お前は俺に勝つために不可欠な武器であるアラナを失った……」

「……私の話を聞いていなかったのか? この指輪がある以上、貴様らには万に一つも──」

「アルナブラ大墓洞」

「っ!」


 ロンが口にした地名を聞いた途端、サーレイが顔色を失った。


「お前がその指輪を手に入れた場所は、そこだな?」

「貴様、何故それを……っ」

「わからないか?」


 静かに問うロンの全身から、闇色の炎にも似た闘気が揺らめき立つ。


「その指輪の前の持主を倒したのは他でもない、

「っ!?」

「俺はその時、指輪を奪うことはせず、やつの墓に一緒に葬ってやった。お前は、戦士の墓を暴くという大罪を犯して、それを我が物としたんだ」

「…………」


 サーレイの顔からみるみる余裕が消え失せ、その額を冷たい汗が伝った。


「俺の言葉の意味がわかるか?」


 ロンは、ふるえる剣の切先を男に向け、堂々と言い放った。


「俺は、その指輪を攻略できる。お前に勝ち目はないぞ、サーレイ」

(……馬鹿なっ)


 イグニアの若き族長は、この時はじめてロン・アルクワーズに対して恐怖を感じた。


(この指輪の効力は、絶対だ。いや、たとえ万一、奴にこの指輪を攻略する術があったとしても、奴には不可能だ)


 あらためてロンの全身をつぶさに観察して、確信する。


(そうだ。奴はいま立っているのがやっと。利き腕も潰した。死に体だ。いまさら奴に何が出来る)


 己に言い聞かせて頷き、不敵に嗤う。


「面白い。やれるものならやってみろ。貴様の望んだ決着ケリをつけてやる!」

『…………』


 五人の少女たちはいま、すべてを見届ける覚悟を決め、二人の男をじっと見守る。

 彼女たちにできることは、ひとつだけ。


(信じるんだ。勇者ロン・アルクワーズは、必ず勝つと!)


 最後の闘いの、幕が上がる。

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