第五十一話 その光を信じる
町の中心にたつリグラールの城は、ロンのレオス城に劣らぬ巨大さだったが、彼らが着いた時には人間はひとりも残っておらず、奇妙な静寂に包まれていた。
燃える町とは対照的に、碧竜岩の壮麗な城に破壊の跡は一切なく、それがまたなんとも不気味である。
「マスター。ひとつ気になることがある」
季節の花々が咲き誇る絢爛な前庭で城を見上げたキヤが、眉を寄せながらいった。
「魔族たちは、なぜ配下のオークだけを山に向かわせ、自分たちはこの城に居座ることにしたのだろう。その目的は何だ?」
「……俺にもわからない」
ロンは、かぶりを振った。
キヤは、横目で主の表情を窺いながら、続ける。
「奴らがアラナだけを捕らえたのも、不自然だ。人質や情報源としての価値なら、領主のリグラールのほうが上だろう。今にして思えば、守備隊の兵士があの場にひとりだけ生き残っていたのも──」
「ンなこたァどーでもいーンだよッ!」
「ココに敵がいる。オレたちが倒す。それだけだろうがッ! ココでゴチャゴチャ考えたって答えなんか出るワケねェンだからよッ!」
「オリガ。ワタシは、これは罠かもしれないといっているんだ」
「だったらどーしたッ! この城からアラナのニオイがする。アイツは間違いなくココにいる。だったら、オレたちは罠でも何でも飛び込むしかねェンだよッ!」
「わ、わたしも、キヤさんと同じ疑問を持ちましたが……オリガさんのおっしゃるとおりだと思います……。たとえ罠であったとしても、アラナさんを助けるにはこのまま前に進むしかない……」
「うんっ、そうだよ! いこうっ!」
カイリとウィナが口々にいうと、ロンも頷いた。
「キヤ、そういうことだ。敵の思惑が何であれ、俺たちはいくしかない」
「……わかった。ワタシは、オマエに従う」
五人が前庭を抜けて城の玄関に辿り着き、ロンが両開きの重い扉を押し開くと、その向こうは天井の高い巨大なホールとなっていた。
無数の細い窓から陽が差し込むそこは明るく、アーチを描く天井いっぱいに宗教画──剣神レンドラウルが邪神アザトールとの決戦に挑む場面が壮大に描かれている。
ホールに調度などは一切なく、がらんとしていて、上階へと続く奥の階段の前では、おのおの武器を手にした四人の魔族が、彼らを待ち構えていた。
四人の頭から生えた角は鮮やかな朱色で、全員がイグニア氏族であることを示している。
「ヘッ、決戦の場としちゃ悪くねェな……」
オリガは、敵を目にしても臆することなく、ズンズンと進んでいく。
「アラナはあの階段の先か。助けたくば我らを倒していけ、ということだろうな」
キヤも、腰からカタナを抜きつつ、すぐ後に続く。
「よーしっ、がんばっちゃうよおっ!」
ウィナが、いまにもスキップをはじめそうな軽やかな足どりで歩きだすと、
「ま、待ってくださいっ!」
カイリが慌てて前をゆく三人に声をかけた。
「あそこにいるのは、おそらく《イグニア四天王》です。全員がアンヴァドールでは名の知られた武の達人で、紛れもない実力者です。容易に倒せる相手ではありません。こちらは、全員が団結してかからないと──」
だが、言い終わらぬうちに、
「きゃぁぁああアアアアアアアッ!!!!」
突然、階段の奥から、思わず耳を塞ぎたくなるような恐ろしい絶叫が響いてきた。
その声には、誰もが聞き覚えがあった。
「アラナ……ッ」
そう。マキシアの女騎士は、生きていた。
今はまだ。かろうじて。
「くっ!」
ロンが、怒りと焦りに顔を歪ませながら腰の剣に手をやると、
「待てよ、ロン」
それを見て、オリガがすぐに首を横に振った。
「テメェは、このまま
「そうだな。マスターは先にいって、はやくアラナを救ってやれ」
「うんっ! こっちはウィナたちにまかせてよっ!」
三人の少女が力強くいうのをみて、カイリもようやく頷いた。
「そうですね……そうするより他はなさそうです。先生は、アラナさんを助けにいってあげてください」
「……」
わずかな逡巡ののち、ロンは頷いた。
「わかった。だが、君たちは四天王を倒さなくていい。俺がアラナを連れて戻ってくるまで、どうにか時間を稼いでくれ」
「ケッ、お断りだぜッ!」
オリガは、いつものように歯を剥きだして不敵に笑った。
「町に着いた時からこっち、ずっとムシャクシャしてンだ。アイツらボコッボコにしてやらねェと気が済まねェ」
「マスター。イルマとエロウラのことは信じられて、ワタシたちのことは信じられないのか?」
キヤが彼女にしてはめずらしく、ちょっと不満そうに口を尖らせる。
「いや、そういうわけじゃ──」
「大丈夫だ、信じろ。ワタシたちは、必ず勝つ」
「うん! ウィナも勝つ! 約束するよっ!」
「わ、わたしも、その……全力を、尽くします……」
その時。
ロンは、こちらを見つめる少女たちのそれぞれ色の異なる瞳に、まったく同じ光を見た。
けして眩く輝くわけではないが、とても強く、ゆるぎなく、何者にも打ち消すことのできぬ、意志の炎。
かつて、ロンが数多の戦場で出逢った名もなき英雄たちも皆、その眼に同じ光を宿していた。
特別な才能など何ひとつ持たなかった彼らはそれでも、その光とともに戦い、歴史には記されることのないちいさな奇跡を幾度も起こしてみせたのだ。
(ああ、そうか……。この子たちは、もう──)
ロンはひとつの確信を得て、大きく頷いた。
「よし。君たちを、信じる。必ず勝って、オレのもとへ戻ってこい」
「ケッ、最初からそう言やいいンだよッ!」
それから、五人はふたたび魔族たちのほうへ向き直り、
「いくぞっ!」
それぞれの覚悟を胸に、一斉に駆け出した。
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