第五十話 ふたりなら大丈夫

「この先に、リグラールさまの……領主さまの城がある。サーレイは、部下の魔族たちとともに、そこへ向かった。今もまだいるかは、わからないが……」

「リグラール……」


 ロンは、その男の名を知っていた。


 獅王剣のリグラール。五年前、マキシア騎士団のひとつ、黒獣騎士団を率いて魔王軍と戦った壮年の騎士だ。あの戦争で隻眼となってもなお、マキシア十剣に数えられるほどの偉大な武人だったはずだが……。


「領主は、いまどこに?」

「リグラールさまも、サーレイに挑んで……殺された。殺されて、骨も残らぬほどに、灼き尽くされた……」


 兵士は、噛みしめた歯の間から絞り出すようにいった。


「あの男……サーレイは、バケモノだ……。あいつの強さは、他の魔族どもとは次元が違う。あいつに勝てる人間がいるとすれば……伝説の勇者ロン・アルクワーズくらいだろう……」

『…………』


 少女たちは皆、ロンに物言いたげな視線を投げたが、彼はそれに気づかぬ振りをした。


「……わかった。あとは、


 いって、ロンが立ちあがると、男は眉を寄せた。


「まかせろ? 何をいってるんだ……」


 ロンはそれには答えず、自分を見つめる少女たちを見返した。


「話を聞いてしまったからには、砦にいる人々のことも放っておけない。イルマ、エロウラ。ふたりで山へ向かってくれるか?」

「ま、待ってくださいっ!」


 真先に反応したのは、カイリだった。


「山へ向かったオークは、三千ですよ……!? おふたりだけに任せるなんて、そんなの……無茶ですっ!」

「大丈夫だ。このふたりなら」


 ロンは冷静に、確信を込めていった。


「それにどのみち、魔法で空を飛べるふたりじゃないとオークどもには追いつけないだろう」

「せんせぇ! ウィナだって空飛べるよっ!」


 エルフ少女が少し不満そうにいうと、ロンはかぶりを振った。


「わかってるが、今回はダメだ。ウィナの飛翔魔法は魔力消費が大きすぎて長距離の移動には向かない。あの山に着く頃にはガス欠だろう」

「うー。それは、そうかも……」

「イルマ、エロウラ」

 

 ロンはふたたび、並んで立つ魔女とサキュバスのコンビを真直ぐに見つめた。


「簡単な仕事じゃないが、君たちならできると俺は思う。やってくれるか?」

『…………』


 ふたりの少女は、互いの顔を横目でチラリと見やったあと、ひょいと肩をすくめた。


「ま、アタシは別にいいけどぉ、このコがちょっと心配よねぇ?」

「いえ、まったく問題ありません。たかがオーク、どれだけ群れようが物の数ではありません。ただ……エロウラさんの無事までは保証できかねますね」

「……アタシがアンタの足手まといだってぇ?」

「おや。自覚がおありでしたか」

 

 いつものように、さっそく憎まれ口を叩き合ってバチバチと火花を散らすふたりをみて、ロンは笑った。


「大丈夫、ってことだな。ただ、くれぐれも油断だけはするなよ」

「油断も何も、こんなのただの暇つぶしよぉ。テキトーに遊んでくるわぁ」

「大した任務でもありませんが、引き受けた以上は完遂いたします。それでは」


 いって、同時に空に舞い上がったふたりは、競い合うようにぐんぐんとスピードを上げながら、彼方の山を目指して飛び去っていく。


「あの……くどいようですが、あのおふたりだけで、本当に大丈夫なのでしょうか? チームワークという点でも、大いに問題があるように感じるのですが……」


 まだ不安そうなカイリに、ロンはぐっと親指を立ててみせる。


「大丈夫だって。あのふたりは、強い。それに、意外と仲も悪くないしな」


 自信たっぷりにいってやると、


『それは、ウーン…………』


 カイリだけじゃなく、この場に残った四人の少女全員が首を傾げた。


「アレ……? ダメなカンジ? 俺、まちがっちゃったカンジ?」


 思わず顔を引きつらせたロンを見上げて、


「お前たち……本当は、何者なんだ……?」


 先ほどより少しだけ顔色を良くした兵士が、不思議そうにいった。

 ロンがそれに答えるより早く、


「今回ばかりはテメェらの味方だよ」


 オリガがそっけなく言った。


「ここを襲ったクソ魔族どもは、オレらが全員ブッ殺してやる。全部カタがつくまで、テメェはそこでそのまま寝てろ」

「お前たちだけで、だと……?」


 唖然とする兵士にはもうかまわず、オリガはもどかしそうに大通りの先を睨む。


「ホラ、! サッサといこうぜッ。その領主の城とやらによォッ!」

「ああ。みんな、いくぞっ!」


 かけ声とともにロンと四人の少女が駆け出すと、その場にひとり残された兵士は、まもなく、


「……ロン? たしかに、そういったな。……まさかっ、あの男は!」


 それまで虚ろだった瞳にかすかな希望の光を宿して、煙の中に消えてゆく青年の背中を見送った。

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