第三章 勇者の帰還

第四十九話 燃え尽きる町で

 それから、一時間後。マキシア王国へ続く山道。


「…………で、無計画に城を出た結果が、コレですか」


 道の真ん中でイルマの冷眼に射すくめれたロンは、


「いや、その、まさかアラナの足がこんなに速いなんて思わなくて……」


 精一杯体を小さくして、面目なさそうに視線を泳がせる。


 当初のロンの計画では、全力で走ってすぐにアラナに追いつき、その後は全員一緒に行動するはずだったのだが、実際はどれだけ走っても彼女の気配すらつかむことができず、ついにここで立ち往生してしまったというわけだ。


「ウーン、ダメねぇ……。この先にもいないわぁ」


 空からアラナを探していたエロウラが疲れのにじむ顔で戻ってくると、カイリがふと、何かを思いついたような顔で皆を見回した。


「あっ、あの……もしかしたら、アラナさんだけが知っているマキシアへの秘密の抜け道というか近道があって、彼女はそれを使ったのではないでしょうか……?」

「なるほど、その可能性はあるな……。だが、もしそうだったら、マズイことになるぞ……」


 ロンが険しい表情で呟くと、イルマが頷いた。


「そうですね。私達がこのまま追いつけなかった場合、アラナさんは単騎で敵軍に挑むことになります。そうなれば彼女の生存は絶望的となり、私達のこの行動そのものが無駄、ただの骨折り損となります」

「ケッ! ごちゃごちゃウルセェよッ!」


 腕組みしたオリガが、不機嫌そうに怒鳴った。


「仮にその近道とやらがあったとしても、今から探して見つかる保証はねェ。だったらこのまま、この道を全力で突っ走ってくよか仕方ねェだろがッ!」

「……たしかに、オリガのいうとおりだな」


 ロンは頷いて、真っ暗な山道の先を見つめる。


「いこう。こうなったら、一秒でも早くマキシアに着くことだけを考えるんだ」

「どうにも無様ですが、そうするより他はなさそうですね」

「しゃァ! 飛ばすぜェッ!」

 

 オリガの気合とともに一行はふたたび走り出したが、


(アラナ……無事でいてくれよ……)


 ロンは、マキシアが近づくごとに膨れてあがってゆく恐ろしい予感を、どうしても拭い去ることができなかった。




   ***




 マキシア王国の北東部にひろがるノルン高原、その北端に位置するベイエルは、町の歴史こそ古いものの、これといった産業がない。


 アンヴァドールとカラドの両国に接しているが、三国を引き裂くようにアルモス山がそびえているため、交易も盛えず、商業も発達しなかった。

 しかし、それゆえの静穏と風光明媚を愛して昔から多くの芸術家が住み着いた町でもあり、彼らが長い時をかけてつくりあげた荘厳華麗な町並みは、マキシア王国でも屈指の美しさを誇る。

 

 そんなベイエルが、いま──。

 紅蓮の炎に焼かれ、燃え尽きようとしていた。

 

「遅かったか……」


 真昼の太陽の下、緑の丘にたった七人は、見渡すかぎり燃え盛る廃墟の群と化した町を前にして、言葉を失う。

 町のぐるりを囲む城壁の周囲は、守備隊の兵士と、彼らを襲った無数のオークで死屍累々、数時間前にここであった戦闘の激しさを物語っている。


「なんて、酷い……。これを、わたしたち魔族が……」


 己を恥じるように呟くカイリの横で、イルマが眼鏡の奥の目を細めて腕を組んだ。


「町がすでにこの状態では、アラナさんも無事だとは到底思えませんね」

「いや、」


 ロンはかぶりを振って、己に言い聞かせるようにいう。


「アラナは生きてる」

「うんっ、そうだねっ! アラナはいきてる! ウィナにはわかるよっ!」


 エルフ少女が明るい声でいうと、


「あらぁ、アレ見てぇ」

 

 エロウラが破壊された城門のそばに横たわっているひとりの兵士を指差し、のんびりとした声で言った。


「あの男、まだ息があるみたいよぉ。話くらい聞けるんじゃなぁい」


 ロンがそちらに目をやると、鎧を血塗れにしたその兵士が、かすかに身じろぎするところが見えた。


「たしかに生きてる! イルマ、回復魔法は使えるな? 一緒に来てくれ」

「魔力消費はできるだけ抑えたいのですが……仕方ありませんね」


 すぐに一行が丘をくだってその兵士のそばへいき、イルマが回復魔法をかけてやると、


「う、うぅ……。だ、誰だ? お前たちは……」


 全身に無数の傷を負っていた男は、どうにか会話ができるまでに回復し、血の気の失せた虚ろな顔で己を囲む七人を見つめた。

 年齢は、三十歳前後。兜についた青い羽根飾りからみて、ここを持ち場としていた部隊の指揮官だろう。

 まだ意識がはっきりしていないようで、カイリがそばにいても彼女が魔族であることにさえ気づかない。


「俺たちは、カラド王国から来た。ここで何があった? 町の住民はどこへいったんだ?」


 問いかけるロンは、周辺に兵士以外の人間の死体がほとんどないことに気がついていた。


「カラド……。商人か? 何でもいいが、すぐにここを離れろ……。この町は、もう終わりだ……」


 男が力なくいうと、ロンはその場にしゃがみこんで相手の肩に手を置き、その顔を覗きこんだ。


「質問に答えてくれ。町の住人は、どこにいった?」

「……町民は皆、あそこへ、避難させた……」


 兵士は重そうに片腕をあげ、町の南西にある小高い山を指差した。


「あの山の頂上ちかくに、古い砦がある……町民たちは、そこにいる。オレたちがここで時間を稼いでいる間に、避難させたんだ……」

「では無事なんだな」

「いや……町に火を放ったあと、オークどもはあの山へ向かった……。数は二千か、三千はいる……。砦に配置した兵達では、とても防ぎきれない。夜までに、町民もヤツらに皆殺しにされるだろう……」

「……っ」


 思わず言葉を失ったロンの代わりに、イルマが口を開く。


「もうひとつ、質問があります。今朝この町に、王国騎士がひとり来ませんでしたか。真紅の長髪の、若い女騎士です」

「ああ、来た……。あの方は、オレたちとともに、オークどもと戦ってくれた……」


 男はいって、周囲で山となっている青黒いオークの死体を見やった。


「あの方……アラナさまは、イスティアの戦女神のごとき戦いぶりで、まさに、一騎当千……。オレたちも、もしかしたらこの戦いに勝てるかもしれない、と、そんなことを本気で考えた。……だが、オークどもを率いていた魔族の将が現れて……」

「サーレイ・レガ・イグニア、だな」


 ロンの言葉に、男は悔しげに口を歪めながら、頷いた。


「アラナさまは、ヤツに一騎討ちを挑んだが、破れ……連れていかれた」

「連れていかれた? どこに?」

「あそこだ……」


 兵士は背後を振り返って、城門の向こう、黒い煙に包まれた大通りの先を指差した。

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