第三十二話 獣姫の本領

 建物の玄関前。


「おいオリガッ!? 他人様の家のドアはまずノックしろ、ノック! なんでいきなり蹴破ってんだよっ!」


 少女の強烈な前蹴りで木っ端微塵に砕け散った玄関扉をみて、彼女の背後にたつロンは慌てふためく。


「心配いらねェって。こんな、見るからにキナ臭ェ廃墟にたむろってンのは悪党だけだ。文句いってきたらそのままブッ飛ばしゃいい。探す手間がはぶけるってモンだ」


 オリガは、肩越しに振り返ってすまし顔でいう。


「ここにいるのが悪党じゃなくて、ただの廃墟マニアの善良な市民の方々だったらどうするんだ?」

「ケッ、あり得ねェな。臭いでわかンだよ。性根の腐りきったクソオスどもは、とびきりクッセェからな。ここにいンのは根っからの悪党と、そいつらがさらってきたガキどもだけだ」

「ガキ……?」

「あァ。攫われたのは、どうやらカイリだけじゃねェみてェだ。人間のガキが、ざっと十人はいる」


 オリガが確信を込めていったのと同時、ホール奥の階段から刃物で武装した大勢の男達がドタドタ駆け下りてきた。その数、約三十人。


「てめぇら、何モンだぁっ!」


 先頭にたつ眼帯をつけた大男がドスの効いた声で怒鳴ると、オリガはどうだ、といわんばかりの顔で胸を張った。


「ほーら、悪党だったろ?」

「……そうみたいだな」


 ロンは、苦笑まじりに頷く。


「子供たちはどこにいるんだ?」

「全員二階みてェだな」

「わかった。ここは任せていいか?」


 ロンの問いに、少女は凶暴な笑みを返した。


「へッ、願ってもねェ……。悪党退治ほど愉しいアソビはねェからな。どれだけ無茶やってもどっからも文句が来ねェンだ。サイコーだぜ」

「オリガ、わかってると思うが──」

「心配すンなって。殺しはしねェよ。全員半殺し、いや、九割殺しくらいで勘弁してやる」

「よし」


 勝手に話を進める二人をみて、眼帯男がキレた。


「おぉいっ! どこのどちら様ですか、って聞いてんだろうがっ! シカトしてんじゃねえっ!」

「ぁア? オレか? オレはなァ……」


 オリガは、灰色の髪をみるみる逆立て、両手の指をボキボキ鳴らしながら、男達のほうへゆっくりと歩きだす。


「テメェらがこれから死ぬまで夢に見ることになる、地獄の鬼の大親分だよ……」

「なんだ……? お前まさか、この人数相手にやり合うつもりじゃねえだろうな?」

「そのつもりだよ」


 余裕たっぷりにいうオリガをみて、眼帯男の背後にたつ小柄な、ドワーフっぽい見た目の男が、その風貌に似合わぬ甲高い声で怒鳴った。


「コノアマァー、ナメヤガッテェー! ブッコロシテヤルゥー!」


 しかし、眼帯男は片手をあげて、すぐにそれを制す。


「まあ待て待て……。よく見りゃ、顔もカラダも、イケてるなんてモンじゃねえ、とんでもねえ上玉だ。しかも、獣人ときてる。こいつもふん縛って売っぱらえば、もうひと儲けできるぜ」

「ハッ、ソリャイイヤァー!」

「もちろん、舐めたマネしてくれた罰はキッチリ与えるがな……。ここでオレたち全員を満足させるまで、そのドスケベなカラダにタップリ働いてもらうぜえ……」

「ウッヒャァー! ソリャ、サイコーダァー!」


 ドワーフ男に続いて、他の男たちも一斉に歓声をあげる。


「ガハハッ、獣人のオンナとヤるのはひさしぶりだっ!」

「よっしゃあっ、ワテのガキを孕ませたるっ! 泣いてもヤメてやらねえかんな!」

「いや案外、もっともっと、ってせがんでくるかもしれねえぜ!」

「ギャハハッ! そりゃ困っちまうなあっ!」

 

 下衆極まりないセリフを好き勝手に喚きつつ、男たちがはやくも股間を熱くしはじめると、


「──クソ共が」


 低い声で呟いたオリガは、次の瞬間────跳んだ。

 ダンッ! と、破裂音にも似た音を残して跳躍した少女は、地を這う流星の速さで瞬時に男たちの集団に飛び込む。


『っ!?』


 ロン以外の誰もオリガの動きを捉えられず、彼らには少女が一瞬この場から消えたように視えたにちがいない。

 マヌケな棒立ちを続ける男たちの中心で、オリガは突きと蹴りを組み合わせた竜巻のような連撃を繰り出し、


『ぐぎゃあっ!』


 周囲にいた数人の男たちをまとめて吹っ飛ばした。


「それだ、オリガ。それでいい」


 常人には視認することすら難しい速度で一方的な攻撃をはじめた少女を見て、ロンは頷く。


 この数カ月──、ロンは特訓を通じてオリガに己の強みを理解させ、それを活かす術を徹底的に叩き込んだ。

 その成果が、いま彼女がみせている超高速戦闘だ。


 これは、当初オリガも勘違いしていたことであるが、獣人である彼女の一番の強みは「力」ではない。

 獣人が他種族より圧倒的に優れているのは、その強靭かつ柔軟な筋肉が生む驚異的な瞬発力と敏捷性──つまり、「速さ」だ。


 それを理解していなかったオリガは、単純な膂力りょりょくで相手を圧倒することにこだわり、必要以上に力んでしまっていたため、その「速さ」という最大の武器を犠牲にしてしまっていた。


 ロンは、日々の特訓でオリガが自然とそのことに気づくよう導き、さらに、幾度となく繰り返した組手で、隙のない走法や体捌たいさばきを教え込んだ。


 その結果──、オリガは、ロンの予想すら超える速度で急成長し、現在では数カ月前の彼女とはまるで別人ともいえる強さを手にしていた。


(いまのオリガなら、丸腰でもこの程度の相手なら楽勝だ。俺が加勢する必要はない)


 ロンの視線の先で、オリガはさらに攻撃の速度を増し、


「しゃあッ、ドンドンいくぞコラァッ!」

「まっ、待て──ブホォアッ!」「げべへっ!」「がばふっ!」


 恐怖に身を竦ませる男たちを容赦なく、一方的に蹂躙していく。


「……まあ、頑張れよ?」


 ロンはオリガにではなく、敵である男たちに励ましの言葉をかけたあと、ひとりでさっさと階段へ向かった。

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