第三十話 はじめての町

 ネドは、交通の要所にあることもあってこの地方ではかなり大きく、歴史も古く、それなりに栄えた町である。


 人口は、一万人ほど。目抜き通りの商店街はつねに活気に溢れ明るい雰囲気だが、裏通りに入ると色街や地下市場などもあって、それなりに治安も悪い。

 キレイすぎず汚すぎず、明るすぎず暗すぎず、そんな良くも悪くもありふれたフツーの町であるネドが、ロンはわりと気に入っていた。


「これが、人間の町……」


 フードを目深にかぶったカイリは、人通りの多い商店街を興味深そうにキョロキョロ見回しながら、感心したように呟く。


「食べ物も服も道具も、何でもすごくたくさん……。あれが、全部売り物なんですよね……?」 

「そうだよ」


 ロンは、小柄な少女の隣を歩きながら頷く。


「アンヴァドールでは、王都でさえこれほどモノが豊富にあることは滅多にありません。やっぱり、人間ってすごいです……」

「そうか……」


 アンヴァドールの経済事情については、ロンもよく知っている。

 

 寒帯に位置し、一年のほとんどが冬ともいうべきかの地では、作物はあまり育たず、それゆえ家畜も多く飼うことはできず、鉱物資源だけはわりと豊富にあるものの、けして豊かな土地とはいえない。


 さらに、魔族という種族は元来商売に疎く、他国との交易にもあまり積極的でなかったことが仇となり、アンヴァドールは発展が遅れ、現在でも飢えや貧困に喘ぐ者が多くいるのが実情である。


「アンヴァドールにも、いつかこのように豊かでにぎやかな町ができるのでしょうか……」

「できるさ。君が大人になったら、君自身の手であの国を変えてやればいい。もっと自由で……開かれた国にね。そうしたら、アンヴァドールはきっと、今よりずっと豊かになる」

「……そう、ですね」


 カイリが視線を落としていつものように気弱に、自信なさげに頷いた時、


「うぉおッ! 『元祖アルモス豚の地獄一本焼き』だってよォッ!」


 前をゆくオリガが、通りの端に並ぶ露店のひとつを指差して、弾んだ声でいった。


「うっはァ、ムチャクチャいいニオイさせやがンなァッ!」

「……」

「くゥー、肉汁もスゲェ! 炭火で焼いてほどよく脂も落ちてサッパリってかァ? チクショー、こりゃ何本でもイけちまいそうだなァッ!」

「…………」

「くはッ、またこの音がいいじゃねェかッ! 肉の焼ける音聞いてると、ホント腹減るよなァ……」

「………………」

「あー、こりゃもうアレだ、テロだ。飯テロだ。そろそろ昼飯時だしなァ……」


 わざとらしい大声でいいつつ、チラチラとこちらを振り返るオリガ。


「いや、食いたいなら食いたいってハッキリ言えよ……」


 ロンは、呆れ顔でため息つきつつその露店に立ち寄り、豚のバラ肉を串で焼いただけの「名物料理」を三人前注文した。


「三本も買ってくれンのかァ!? 今日は太っ腹だな、オイッ!」

「バカッ! 一人一本に決まってんだろ!」


 ご褒美を待つ犬よろしく尻尾を振りながら料理が出てくるのを待っていたオリガは、恰幅のいい店主が笑顔で渡してくれた豚串にすぐさまかぶりつき、


「うンめぇぇええッ!」


 世界一幸せそうな顔で感動を叫んだ。


「そりゃよかったな。……ほら、カイリも一緒に食べよ──お?」


 苦笑しながら背後を振り返ったロンは、そこにカイリの姿がないことに気づいて、眉を寄せる。


「あれ……? おい、オリガ。カイリどこいった?」

「ぁア? ウ〇コだろウ〇コ。食べる前にスッキリしとこうと思って、そこらの脇道で踏ん張ってンだよ」

「んなワケないだろっ!」


 ロンは、すぐに通りの真ん中に出て精神を集中させてみたが、カイリの気配を掴むことはできなかった。

 すでにこの付近にいないことは間違いないようだ。


「……マズイな」


 カイリの性格からして、どこかで勝手に遊び呆けているという可能性は低い。

 とすれば、何らかのトラブルに巻き込まれたと考えるべきだろう。

 彼女は真面目で頭も良いが、人間の国こっちでは世間知らずのウブな田舎娘にすぎない。

 もっと注意を払って然るべきだった──。


 後悔に襲われその場に立ち尽くすロンの手から、残りの豚串もさっと奪ってペロリと平らげたオリガは、おもむろに彼にしなだれかかって、色っぽい笑みを浮かべた。


「邪魔者も消えたし、腹も膨れたしよォ……そこらの安宿でちょおっとしてこーぜェ?」

「するかバカッ!」


 ロンの本気の剣幕をみて、オリガはひょいと肩をすくめる。


「冗談だよ、冗談。そう心配すンなって。オレがコレを使えば、アイツはすぐに見つかる」


 いって、自分の鼻を指差す少女をみて、ロンはすこし表情を和らげた。


「ニオイで追えるのか?」

「ったりめーだろ。オレを誰だと思ってンだ」

「そうか……助かるよ、オリガ。お前がいてくれて本当によかった」


 ロンの何気ないひと言に、オリガは目を見開き、ぽっと頬を赤らめる。


「そ、そうだろォ? でも、べつにタダってワケじゃねェからな。あとで、ちゃんと寄こせよ?」

「ああ、わかった」


 ロンは、深く考えずに頷く。


「それじゃ、すぐはじめてくれ」

「よっしゃ」


 ニンマリ笑ったオリガは、目を閉じてクンクンと周囲の空気を嗅ぎ始め──、


「……こっちだ」


 すぐにカイリのニオイを捉えたらしく、近くに見えている狭く薄暗い路地を目指して、駆け出した。

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