第二十四話 本能の少女
アラナが初手で繰り出したのは、最速最短で相手に届く攻撃──刺突。
《
(技の連続性に一切の無駄も隙もない、どこまでも合理的な攻撃。だからこそ──恐くない)
その場でさっと低くしゃがんで二撃目も回避したロンは、アラナが間を置かずに放った斬り上げと袈裟斬りの連続技も、その場から後退することなく最小限の動きで左右に躱してみせる。
「くぅっ!」
アラナは口元を歪め、さらに加速しながら猛烈な斬撃の嵐を浴びせかけるが、そのすべてが、目を閉じたまま踊るように身を躱すロンに掠りもしない。
「……っはぁっ、はぁっ、はぁっ」
早々に攻め手を失ったアラナは、一度後方へ跳んで距離を取り、何度も荒い息を吐いた。
「俺の言葉の意味がわかっただろ?」
ロンは、その場で腕を組んで軽くいう。
「いまの君の攻撃にも、これといった欠点はなかった。すべての技の選択は理に適っていて、君の剣はどれも速く、強く、正確だった。でも、俺には届かない」
「……」
「読めてしまうんだよ、次に来る攻撃が。あまりにも簡単にね。君の剣には、まったく意外性がないんだ。その点では、オリガの剣のほうがよほど怖かった。あの子の攻撃には合理性も規則性もないから、動きを読むのが難しいんだ」
「わたしの剣は、オリガにさえ及ばないと……?」
「いま二人が闘えば、間違いなく君が勝つと思うよ。でも、君の剣がこのまま変われなければ、近いうちに必ずオリガに追い抜かれる。そして、二度と追いつけなくなる」
「……っ」
ショックで固まる少女に、ロンは容赦なくさらに厳しい言葉をぶつける。
「君の剣は、独り善がりなんだ。合理的であることのみを追求していて、相手の考えを読み、その裏をかこうという意識がない。だから、逆に読まれる。いまの君の剣は剣術ではなく、ただの剣舞だ。とても美しいが、恐ろしさはない。そんなものは、自分より格下の相手にしか通用しない」
「わたしの剣が、ただの剣舞……っ」
「アラナ。鎧を脱がせたのは、君に《
ロンは、本心からそう言った。
アラナには、間違いなく剣の才がある。
それも十年、いや、百年に一人というレベルの天才だ。
彼女の振るう剣をひと目見て、ロンはそれを確信した。
だが、彼女の生真面目すぎる性格がその稀代の才能を縛り、抑圧してしまっている。
基本に忠実であろうとするあまり、彼女は《剣聖》を目指す者がすべからく備えているべき「技の独創性」を失っているのだ。
「アラナ、自由になれっ! 本能に身を任せて、己の魂が命じるままに剣を振るうんだ!」
「……本能に、身を任せる……」
しばし呆然としていた少女の眼に、やがて、ふたたび闘志が宿る。
それは、今までの荒々しい情熱に満ちたものではなく──夜の湖に煌めく極星の如き、
(雰囲気が、変わった……)
ロンは目を閉じたまま、少女の確かな変化を感じ取って、微笑む。
「わかりました。やってみます……」
アラナは、それまで両手で握っていた剣を右手のみで握り、弓を引くような独特の姿勢で構えて、その切先を真直ぐロンへ向けた。
「本能の、命じるままに……」
もう一度、己に言い聞かせるように呟いて、跳躍。
しかし今度は大きく跳ばず、不規則な、嵐に舞い踊る木の葉のような動きで接近し、先を読ませない。
そして──、
「はっ!」
数回のフェイントを入れた後、短く気合を叫んで、ロンに躍りかかった。
(そうだ、それでいい)
目を瞑ったまま頷いたロンは、少女が空中で放った横薙ぎを確実に躱し──、
「っ!?」
刹那、強烈な違和感を得て、大きく仰け反った。
直後、振るった剣の勢いを利用したアラナの回し蹴りがロンの額を掠め、そこに浅い傷を負わせる。
「くっ……!」
ロンは、たまらず数歩後退って、驚愕に息を呑んだ。
(読み切れなかった……っ。両手で握った剣に己の全てを乗せる《
アラナはすぐに追撃に移らず、ロンを見つめて不敵な笑みを浮かべる。
「いまのは、惜しかったですね?」
「……ああ」
「本能の命じるままに……。すこしだけ、わかったような気がします」
どこか愉しげに呟いて、少女は歩き出す。
今度は剣を下げたまま、ゆらり、ゆらり……と、幻影を追う夢遊病者のように、緩慢な動きで。
(次の動きが読めないだけじゃなく、まったく隙が無い……っ)
少女の放つ不気味な迫力に気圧されたロンは、顔に焦燥さえ浮かべて身構える。
(見込みちがいだ。アラナは天才なんかじゃない……超天才だ)
たしかな畏怖を覚えたロンを見つめて、アラナは昂然と宣言する。
「あなたに勝てる気がしてきました。次で、決めます」
「大した自信だな。やってみろ」
ロンも閉じた両眼で相手を睨み、嗤う。
「いきますよ?」
アラナの声が耳に届いた、瞬間──それまで点で捉えていた彼女の気配が、ぎゅんっと直線に伸びて、瞬時にロンの真横に到達する。
「つぅっ!」
ロンは即座に反応するものの、
(また横薙ぎ、いや、斬り上げ? 蹴りか? ……駄目だ、読めない!)
攻撃の先読みができず、結局、間合いの外まで大きく跳んで、やり過ごす。
これまでの攻撃や動きから相手の思考を分析し、次の一撃を予測する《
(現在の、「本能アラナ」の分析が完了するまでは、逃げの一手しかないな)
そう結論づけたロンに、剣を大きく振りかぶったアラナが一匹の美しき猛獣のように襲いかかる。
ロンが横っ飛びに跳んで、ふたたび間合いの外まで逃げようとした、その時──。
ダンッ!
少女が、空中で何かを蹴る音がした。
(────木の幹かっ!)
そう。いまのアラナの攻撃そのものがフェイント。
その実、彼女はロンの背後に生えていたカシの大木に向かって跳躍していたのだ。
ロンが真横に逃げることまで読み切っていた彼女は、カシの幹に両足をついて三角跳びをし、無防備なロンの背中に迫る。
(動きづらい森という地形を、逆に利用してきた!)
ロンが次の手を考えるより先に少女が彼に肉薄。
やむなく、ロンはその場で振り向いて、迎え討つ。
(《
ロンの脳裏に一瞬、空中で剣を大上段に構えた少女の姿が浮かぶ。
(袈裟斬りか!)
そう読んで、咄嗟に左に半身になって攻撃を躱そうとした────が。
アラナがここで剣を構えたように見せたのさえもフェイント。
突如、彼女は空中でぐるん、と身体を捻って百八十度回転、形の良い尻をロンの顔に向けて股を開いた。
(っ!? 何をっ────)
そして、まさに意表を突かれたロンの顔面に、開脚したアラナの股間がいきおいよくぶつかる。
ぼむっ♡
少女はそのまま、ロンの頭部を太腿で挟みこみ、ガッチリとロックした。
ヘッドシザーズである。
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