第二章 ふぞろいな日常
第二十二話 修行開始
城の中庭。
「よぉーし、全員集まったな。じゃあ、今日からいよいよ、本格的な剣術修行をはじめます」
ロンが目の前で横一列に並んだ少女たちを眺めながらいうと、
「ちょっと、いいですか?」
イルマが、列の端に立つキヤを睨みながら口を開いた。
「どうして、彼女がここにいるのですか?」
「どうして、ってキヤも君たちと一緒に修行するからだよ」
ロンが当然のようにいうと、キヤも頷く。
「ワタシはすでに強いが、現在よりさらに強くなる必要がある。やがて襲来するであろう敵から己と、マスターを護るためにな。よって、ワタシも今日からマスターに鍛えてもらうことにした」
「それは、納得できかねますね。私達は皆、この方に正当な報酬を支払って剣術指南役を務めてもらっています。貴方だけ無料というのは不当です。道理に合いません」
イルマが意地悪くいうと、キヤは真顔でかぶりを振る。
「無料ではない。ワタシはマスターに正当な報酬を支払う。このカラダでな」
『っ!?』
とんでもない爆弾発言に、この場にいる全員が驚愕する。
「研究所の蔵書を読み込んで、成人男性を慰安する術はすでに完璧に学習済みだ。ワタシは、この肉体を使ってマスターに究極の快楽を提供する」
「そっ……そんな不道徳で破廉恥なこと許されません! というか、貴方のいた研究所は
イルマが顔を真っ赤にしながらいうと、
「許されない……?」
キヤは首を傾げながらオリガへと視線を移した。
「しかし昨夜、そこにいる獣人もマスターに同じコトをするつもりだと──」
「わあぁぁああっ!!!」
突如、奇声を叫んだオリガは、素早くキヤに跳びかかって、彼女の口をばっと両手で塞いだ。
「んンんっ!?」
「キヤ、ちょぉっとだけ黙ってろ、な? いま、オレが
オリガは、当惑するキヤの口を押さえたままイルマへ振り向き、媚びへつらうような、気弱な笑みをみせた。
「イルマよォ……そんなケチ臭ェコトいうなよ、なァ? 人類皆兄弟。困った時はお互い様、だろォ? いいじゃねェか、コイツが一緒でもよォ。べつに減るモンじゃあるめェし、仲良くやろォぜェ……?」
「おおっ、オリガ。お前にしては良いコトいうじゃないか」
わざとらしく感心したロンは、機を逃さずイルマをなだめにかかる。
「まあ、そういうワケだからさ? ちなみに、俺はキヤに金以外のモノで報酬を払わせようとか、そんなこと考えてないし……。な? いいだろ? キヤだけ仲間外れってのも可哀想だしさ?」
しかし、冷酷非情な魔女はまだ納得しない。
「まあ、百歩譲って報酬の話はいいとしても、キヤさんはそもそも自分の剣だって持っていません。剣も無しに剣術指南を受けるなど、冗談にも──」
丸腰のキヤを睨みながら言いかけた時、ふいに、それまでつまらなそうに自分の髪を弄んでいたエロウラが口を開いた。
「剣なら、アタシがあげてもいいわよぉ」
『っ!』
意外な提案に驚いた全員が見つめると、エロウラは、空中にだらしなく寝そべる姿勢のまま、おもむろに右腕をあげた。
すると──、たちまち虚空より一本の剣が召喚されて、彼女の手にすとん、と納まる。
「コレ、いらないからアンタにあげるわぁ」
間延びした声でいったエロウラは、手にした剣をすぐさまキヤに向けて放り投げた。
「っ!」
飛んでくる剣の柄を正確に掴んだキヤは、その風変りな細身の剣をまじまじと見つめながら、鞘から刃を引き抜く。
それはとても美しいが、見れば見るほど奇妙な剣だった。
刃文のついた細く長い刃は、驚くほど薄く、全体が緩く湾曲しており、断面構造は扁平な五角形。
硬貨のような形の鍔は、その剣の全長に不釣り合いなほど小さい。
ひと目見てわかるのは、耐久性を捨てて切れ味に特化した、超攻撃重視の剣である、ということ──。
「カタナ、か」
感嘆の声で呟いたのは、ロンだ。
「これはまた、随分と珍しいモノを持っていたものだな」
「カタナ?」
不思議そうな顔をするキヤをみて、ロンは説明を加える。
「千年前に《断海》が生まれるより前、まだ地続きだった東の大陸で造られていた剣だよ。かなり特殊な鍛冶法が用いられていて、現在でもこっちの鍛冶師は誰ひとりその製法を再現できていない。そんなわけで、この大陸に現存するカタナはもう十本も無いといわれているんだ」
「さすがはロンちゃん……はわぁ……物知りねぇ」
エロウラは、途中に大きな欠伸を挟みながら、気怠そうにいった。
「ソレ、使えるかと思って手に入れたんだけど、全然ダメだったのよぉ。切れ味はピカイチなんだけど、刃が脆くって下手に扱うとすぐ刃毀れしちゃうし、刃が薄いから強く打たれると簡単に折れちゃうのぉ。三本手に入れたうちの二本はもうダメにして、それが最後の一本。剣を盾としても使うアタシには無用の長物だから、アンタにあげるわぁ」
「……」
キヤは、手にしたカタナとエロウラの顔を交互に見つめる。
「いいのか? ワタシは無一文で代金も支払えないが……」
「タダでいいわよぉ。そのかわりぃ、いつかアタシがピンチになった時にはちゃんと助けなさいよねぇ」
「……わかった。この恩には必ず報いる」
目を輝かせながらいったキヤをみて、ロンはひとつ頷き、ふたたびイルマに視線を戻した。
「これで、問題はすべて解決かな?」
「……そのようですね」
イルマはまだ不満そうな顔で腕を組んでいたが、これ以上文句をつけるつもりはないようだった。
「よかったなァ、キヤ! これでオメェも一緒に修行できるぜェッ!」
ニッコリ笑いながらいったオリガは、次の瞬間、キッと真剣な表情になってキヤに素早く耳打ちをした。
「……なに?」
怪訝な顔をする
「だからァ、ゴニョゴニョ……で、アレは、ゴニョゴニョ……なンだよ。じゃないとテメェも、ゴニョゴニョ……な? わかったか?」
「……わかった」
やがて、キヤがひとつ頷くと、オリガはほっとしたような顔で息を吐く。
「よぉし……約束だぞ? 約束だからなッ!」
話がまとまったらしいことを見てとると、ロンはあらためてこの場にいる全員の顔を見回した。
「よし。じゃあ、今日からはじめる修行の内容を伝える。君たちはちょうど七人で、一週間もちょうど七日だ。だから、これからは各曜日に一人ずつ、俺がマンツーマンで剣を教えることにする。自分の番じゃない日は、自主練してくれ」
「先生から剣を学ぶことができるのは、一週間のうち一日だけってことですか」
アラナが不安そうに訊くと、ロンは頷いた。
「そうだ。はっきりいって、君たちはすでに強い。そして、それぞれが使う剣術も多種多様で、これから伸ばすべき個性もまったく違う。今さら全員で揃って剣の素振りをしたり、基本の型を一から学んだりするのは非効率的というか、無意味だ。君たちを今以上に強くするためには、俺が個別に稽古をつけるのが一番だと判断した」
「なるほど……。一日かけて先生から教えてもらったことを残りの六日で自分のモノとしろ、ということですね」
「そういうことだ。他に質問はあるか?」
ロンは、イルマやオリガあたりが不満を口にするかもと覚悟していたが、意外にも、彼女たちはすんなり納得したようで、すまし顔で彼を見返している。
「……よし。じゃあ今日はアラナ、君の番だ。一緒にきてくれ。他の者はここで自主練な」
ロンが言うと、アラナは怪訝な顔をした。
「ここでやらないんですか?」
「他のみんなのためだ。俺がこの場にいたら、みんなどうしたって俺の言葉や動きが気になって、己の鍛錬に集中できないだろう」
「ああ、たしかに」
納得顔のアラナとは対照的に、エロウラがロンに妖しい流し目を送る。
「とかなんとか言っちゃってぇ、どっかでアラナとふたりでイイコトしようとしてるんじゃないのぉ?」
「す、するかぁっ!」
「ねえ、エロウラ。イイコトってナニ? ウィナもせんせぇとイイコトしたい!」
無邪気に笑いながらいうウィナをみて、エロウラは頷く。
「うふっ、イイコトっていうのはぁ──」
「やめろ、バカ! ……ウィナ、イイコトっていうのはもちろん剣の修行だよ。ウィナの番になったら一緒にやろう、な?」
「ハーイッ!」
元気よく答えるエルフ少女に頷いてみせたあと、ロンははやくも疲れを感じながらアラナとともに中庭を後にした。
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