第二十一話 メイド服は男の雑貨
二人の少女が同時に振り向くと、エプロン姿のロンがしかめ面でこちらに歩いてくるところだった。
「おい、オリガッ! そろそろキヤが起きる頃だろうから様子を見てきてくれ、って言っただけなのに、どうしていきなり決闘する流れになってんだ!?」
「お、オレは悪くねェッ! このアマがフザけたコト抜かしやがるから……」
バツの悪そうな顔でモゴモゴいうオリガの隣で、キヤが姿勢よく一礼する。
「おはよう、マスター。さっそく用意してもらった服を着てみたのだが、どうだろう?」
「…………っ」
セクシーなメイド服を完璧に着こなした
「ウン……スゴくイイ、と思うよ。最高」
「それはよかった」
キヤは目を細めて、誇らしげにいう。
「ワタシのようなクールでミステリアスな雰囲気の美女が、このようないかにもフェミニンでキュートな服を着ると、世の男性はそのギャップが堪らないらしいな。俗にいう、ギャップ萌えというやつだ。研究所にあった書物で学んだ。さあ遠慮せず、好きなだけ見つめるといい。もちろん、その手で触れても構わない。何なら、このままワタシのベッドへ──」
「黙れこの尻軽女ァッ!」
オリガが、鬼の形相で叫ぶ。
「やっぱテメェはここで潰すッ! ゼッテェ潰すッ! そのムカつくお人形みてェな顔ボッコボコにしてやるッ!」
「オリガッ! いい加減にしろ!」
ロンがわりと本気で怒ってみせると、獣人の少女はたちまち太い尻尾をしゅんと丸めて、たじろいだ。
「だ、だって、コイツが……」
「コイツが、何だ? 昨日のことキヤに謝りたいかと思ってわざわざお前をいかせたのに……正直、ガッカリだよ」
「……っ!」
ロンの厳しい視線を受けて石のように硬直したオリガは、まもなく、その銀青の瞳に大粒の涙を浮かべて、呟いた。
「なンだよ……。なンで、コイツの味方すンだよ……」
「なんだ? 泣いてるのか?」
「う、ウッセェッ! 泣いてなンかねェよ、バーカ! バカバカバーカ! コスプレ好きの変態乳揉み野郎ッ! テメェなんか、テメェなんか……、バァーカッ!!」
半泣きのオリガは低レベルの罵詈雑言を喚いたあと、くるりと背を向けて走っていってしまい、その場に残されたロンは困惑しつつガシガシと頭を掻いた。
「アイツ、なんでいきなり泣き出したんだ? 俺、そんな酷いこと言ったかなあ」
「さあ。ワタシにはわからない」
真顔で答えるキヤを横目でみて、ロンは短く息を吐く。
「ま、いいか。朝飯食ったらアイツも機嫌直すだろ。食堂にいこう。他のみんなにも君のことを紹介するよ」
「わかった」
それから、二人が階下の食堂へいくと、六人の少女たちはすでに和やかな雰囲気で食事をはじめていた。
朝食を用意したロンが席に着くまで待つつもりなど、カケラもなかったようだ。
オリガもちゃんと自分の席について、すこし目を赤くしたまま、パンやらスープやら手当たり次第にガツガツ食べている。
「あー、みんな。ちょっといいか?」
ロンが声をかけると、六人は食事の手をとめて一斉に振り向いた。
「わあっ! メイドさんだっ、キレー!」
いきなりはしゃぐウィナをみて、キヤは満更でもなさそうに目を細める。
「えー、今日からここで生活する仲間がひとり増えることになりました」
ロンが昨夜の出来事と、キヤの出自や事情について簡単に説明すると、オリガとウィナ以外の少女たちは皆、
「ひとつ、いいですか。そこの彼女が真実
イルマが冷やかにいうと、エロウラもテーブルの上で組んだ手に細い顎をのせて、口を開いた。
「そうねぇ。アタシほどじゃないけどわりと美人だし……お馬鹿でお人好しなロンちゃんを騙して取り入る目的で造られた女スパイか、
「あっ、いや、この服は俺が貸したんだ……」
ロンがすこし気まずそうにいうと、少女たちの視線がズゥンと冷たさを増した。
「そのメイド服は、先生の私物……? どうして男性である先生がそのようなモノを所有しているのか、その理由をお聞かせ願えますか?」
アラナに凄みのある声音で問われたロンは、顔を引きつらせながら脂汗を流す。
「いや、あのね……べつに、ヤマシイことは何もなくて。まだ子供の君たちにはワカラナイかもしれないけど、人生長く生きてると、こんな服の一着や二着、家にあっても自然っていうか、普通っていうか……」
「我が家にはありませんでしたが?」
ジト目のアラナを見つめ返して、ロンは肩をすくめる。
「そうとも限らないさ。君のお父さんがコッソリ自分のタンスに隠し持っていて、たまにお母さんに着せて愉しんでた可能性もあるし……」
「っ!? 私の両親を侮辱する気ですか!」
「あ、ちがうちがう! そうじゃなくてっ……俺が言いたいのはつまり、男の人生には色々ある、ってことで……」
弱りきった顔のロンをみて、カイリがおずおずと助け舟を出した。
「あの……メイド服についての話は、また今度にしませんか? いま重要なのは、キヤさんとわたし達の今後について、だと思うのですが……」
「ウンッそうだ! ありがとうカイリ。重要なのはそこだよなっ!」
ロンがほっとした笑顔をみせると、イルマがわざとらしくため息をついた。
「誠に残念ですが、それについては議論の余地はないでしょう。この城の所有者はロン・アルクワーズ──貴方なのですから、貴方がそこの
「おっ、そうか。そうだよな、ウン。その通りだ」
大きく頷くロンを無視して、魔女はキヤに冷酷な眼差しを向ける。
「ただし……このことはよく覚えておいてください。そこの
「っ!? おいっ、イルマ──」
「この条件は譲れません」
イルマがピシャリというと、意外にもキヤはあっさりと頷いた。
「問題ない。オマエたちがマスターの敵とならない限り、ワタシがオマエたちを攻撃することはあり得ないからな。もっとも──」
「オマエたちに、このワタシを殺せるだけの力があるとも思えないが」
『……っ!』
少なからず自尊心を傷つけられた少女たちは、程度の差こそあれ、キヤに敵意と反感のこもった眼差しを返す。
両者の間でバチバチと青い火花が散りはじめたのをみて、
「はぁいっ! みんながすぐに打ち解けてくれてよかったっ! じゃあ、今日からは八人で、仲良く楽しく生活しようっ!」
ロンは笑顔でぱん! と大きく手を叩き、やたらと元気よくいった。が、
『…………』
それぞれ異なる、七色の闘気を全身から立ち昇らせる少女たちは、誰も何も答えない。
ロンは顔に笑みをはりつけたまま、背中にイヤな汗を流した。
(神サマ、どうかお願いします……。お願いですから、これ以上俺を余計なトラブルに巻き込まないでください……)
無神論者の彼はこんな時ばかり都合よく神に祈りを捧げたが、当然のことながら、その願いが天に聞き届けられることはなかった。
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