第二十話 グッドチョイス

 翌日。


「…………ん、ぅん」


 窓から朝陽の差し込む明るい部屋で目覚めたキヤは、全裸の自分が柔らかなベッドに寝かされていることに気づいて、反射的に身を竦ませた。


(研究所に連れ戻された……っ!?)


 一瞬、おぞましい記憶と恐怖が甦ったが、すぐに窓から見える景色に見覚えがないことに気づいて、緊張を解く。


(そうか……。ここは、ロン・アルクワーズの城……)


 昨夜の出来事と、我が主と定めた男の言葉を思い出しながら、ゆっくりと身体を起こす。


 ──俺が君を守る。


 ロン・アルクワーズは、たしかにそう言った。

 しかも、その対価は一切求めないという。

 あんな男に出逢ったのは、はじめてだ。

 自分の知るどんな人間よりも、強くて、優しくて──、


「不思議な男……」


 思わず呟いた時、ふと、ベッドの脇の小さなテーブルに女性用の服が一着、綺麗に畳んで置かれているのに気づいた。その下には、真新しい黒革のストラップシューズも一足置かれている。

 部屋を出る前にこれらを着用しろ、ということだろう。

 これまでの短い人生で一度も衣服など与えられたことのなかったキヤは、四苦八苦しながらどうにかその服と靴を身に着け、部屋の壁に掛けられた姿見の前に立った。


「…………」


 黒地に白のレースをふんだんにあしらったメイド服──なのだが、胸元は大胆に開き、丈もかなり短く、すこぶる露出度が高い。

 本物のメイドが着る服というよりは、プレイを売りにしている店で女たちが着ているタイプのそれだ。

 肌の透ける薄い黒のガーターソックスまでしっかり履いたキヤは、半分ほど露になった己の乳房を見下ろしながら、


「マスターは、こういうモノが好みか」


 納得顔でひとつ頷いて、そのまま部屋を出た。

 すると──、


「チッ、やっと起きてきやがったか」


 部屋の前の通路に、昨夜出会った獣人の少女が不機嫌そうな顔で立っていた。


「遅ェンだよ──って、何だその服ッ!?」


 オリガは、キヤのメイド服をひと目みて、仰け反る。


「テッ、テメェッ! ようやく服を着たと思ったらソレって……ひ、卑怯だぞッ!」

「卑怯……?」


 キヤは、真顔で首を傾げる。


「しらばっくれンなッ! そんなドエロい格好でロンのヤツをユーワクして、今夜あたりパパッとヤッちまって、ちゃっかりアイツのオンナになる腹づもりだろォがッ!」


 いきなり焦りまくって喚き散らすオリガとは対照的に、キヤはつとめて冷静に答える。


「そんなことは考えていなかったが……この服装を見てマスターが欲情し、ワタシを求めてきたなら、もちろん応じる。それがワタシの義務だからな」

「ッ!? ザケンなッ! そんなナメたことゼッテェ許さねェ! そのクソエロメイド服、今すぐ脱ぎやがれッ!」

「他の服は用意されていなかったからこれを脱いだらまた全裸で過ごすことになるが、それでいいのか?」

「ぐぅっ……」


 オリガは、忌々しげに爪を噛みながらかなり長い間悩んだあと、観念したように呟いた。


「クソッ……そんな服でも、スッポンポンよかいくらかマシか……。てかロンのヤツ、もっとマトモな服は持ってなかったのかよ……」

「そのようだ」


 キヤは頷いたあと、相手の顔をまじまじと見つめる。


「ところで、オリガといったな。オマエにひとつ質問がある」

「ぁア? なンだよ?」

「オマエは、マスターの何だ?」

「ッ! な、何って、そりゃあオメェ……」


 獣人の少女は、口を尖らせながら視線を逸らし、言葉を濁す。


「恋人か?」

「こ、コッ、恋人ッ!? バカッ! ンなワケねェだロッ! オレが、アイツの恋人なンて、そんなコト、ゼンゼンあるワケねェ……と、そう考えるのがフツーであって……、だって、まだ出会ったばっかだし、ち、乳は揉まれたケド、まだ手だって繋いだコトねェし……、そんな、だから……」


 みるみる頬を染め、斜め下を睨みながらモジモジする少女をみて、キヤはまた頷く。


「そうか。では、マスターの妻でもないわけだな」

「あ、当たりめェダロッ! アイツからまだぷ、プロポーズだってされてねェのに……。第一、オレの親父がそう簡単に人間との結婚なんか認めるワケがねェ。ロンはたしかに強ェけど、金はあんま持ってなさそーだし、家柄も良くなさそーだし、そもそも定職にも就いてねェし……。あァ、アノ頑固親父に会わせたら、一体どんなコトになるかなァ……。考えただけで今からユーウツになるぜ……」


 言葉とは裏腹に、夢見る少女そのもののウットリした表情で遠くを見つめるオリガを見て、キヤはまたまた頷く。


「なるほど。つまり、オマエは現時点でマスターの恋人でも妻でもない。ということは、ワタシがマスターと肉体関係を持っても何ら問題はなく、オマエにそれを禁じる権利もない、ということだな」

「なッ!? ばッ、ちょッ! そッ、そンなのダメに決まってンだろォがッ!」

「なぜだ? マスターは健全な成人男性であり、ワタシのような性的魅力に溢れた美女を四六時中そばに置いていたらそのような欲求にかられるのは必然。そして、そのような時には、マスターの野獣の如く猛り狂った肉欲をこの身ひとつで受け止めるのがワタシの務めだ」

「ワタシの務めって……テメェ、ポッと出のクセに何サマのつもりだァッ!」

「マスターのだ。昨夜、ロン・アルクワーズを我が主と定めた時点で、ワタシはこの身のすべてを彼に捧げている」

「ざッ、ザケンなッ! そンなのオレは認めてねェぞッ!」

「オマエに認められる必要などない」

「クッ……! あァ、そうかよ……。やっぱ、テメェとはどう転んでもダチになんかなれそうもねェなァ」


 にわかに、爽やかな朝に似合わぬドス黒い不穏な空気が通路に満ち、その中心でオリガが凶悪な顔でボキボキと指を鳴らす。


「今ここで、キッチリ白黒つけようぜ? 負けた方はすぐさまこの城から出ていって、もう二度とロンには近づかねェ……それでいいな?」

「仕方な──」

 

 キヤが応える前に、


「よくなぁぁあいっ!!!」


 突然、通路の先からいきおいよく怒声が飛んできた。

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