第十九話 オマエのモノ
「っ! ウソだろ……」
ロンは、思わず言葉を失う。
今より三百年前、当時のルーンダムドで実用化、量産されていた
それ故、現在でも
「まさか、ふたたび実用化されていたとは……」
キヤが嘘をついているようには見えないし、何より彼女が先程みせた人外の膂力も、彼女が
ロンは、眉間に深くシワを刻みながら顎を撫でた。
「君の正体を知ってしまったらはさすがに放って置けないな。君が造られたという研究所は、どこにあるんだ?」
「言えない」
キヤは無表情のまま、首を横に振った。
「研究所と、ワタシの製造者についての情報は秘匿事項となっていて、
「なるほど……」
彼女を造ったのは紛れもない悪の組織だ。そのあたりはさすがに抜かりないというわけか。
「じゃあ、質問を変えよう。君が俺のもとへ送られてきた理由は何だ?」
少女は、また首を振った。
「ワタシはここへ送られてきたわけではない。ワタシはみずからの意思でここへやってきた」
「……?」
「ワタシは研究所から逃げ出してきたのだ」
「逃げた? どうして?」
「ワタシは
キヤは視線を落として、しばらく言葉を探すような素振りをみせたあと、いった。
「ワタシは、死にたくなかった。だから逃げた」
「なるほど……君にも生存本能があるわけか」
「わからない。だが、そうかもしれない」
少女はすこし不思議そうに、無垢な声音でいった。
やはり、噓をついているようには見えない。
「でも、なんで俺のところへ来ようと思ったんだ?」
「研究所にいた時、オマエの話を耳にしたことがあった。魔王ヴァロウグを単身討伐した伝説の勇者ロン・アルクワーズの話を……。研究所から追手が差し向けられても、オマエのそばにいれば安全だと考えた。最強の勇者なら、きっとこのワタシを守り抜けると」
「ふむ。いきなり闘いを挑んできたのは、俺が噂通りの実力者かどうか確かめるためか」
「そうだ」
キヤは頷いたあと、ロンの顔を真直ぐに見つめて、いった。
「ロン・アルクワーズ。ワタシの主となれ。この要求を受け入れるのなら、只今よりワタシはこの身のすべてをオマエに捧げる」
「この身の、すべて……?」
全裸の少女が口にした言葉に、ロンは思わずゴクリと生唾を呑む。
「そうだ。さあその眼を開けて遠慮せずにワタシの裸体を存分に観賞するがいい。ワタシは相当な美人であるからオマエは間違いなく欲情するだろうが、問題ない。ワタシがこの場でオマエを満足させてやる」
「なっ……!」
「うら若き美貌の乙女とはいえ、
「まっ、待て! ちょぉっと待て!」
あまりの急展開に思考が追いつかず、ロンは慌てふためく。
「き、君が困難な状況にあることは、わかった! ウン! 話を聞いてしまった以上、俺としても君を今すぐここから追い払うようなことはしない」
「そうか。では契約成立だな。よし、下を脱げ。さっそく務めを果たす」
「まてぇいっ! だから待てぇぇいっ!」
「なんだ、ここでは嫌だというのか。仕方がない。ではオマエの寝室へ連れていけ。続きはベッドの上だ」
「ちがうっ、そうじゃない! ひとまず俺の話を聞け!」
「……」
少女がやや困惑したような顔でようやく黙り込むと、ロンは深く息を吐いたあと、落ち着いていった。
「いいかい、キヤ。君がここにいたいというなら、いてくれて構わない。今さら同居人がひとり増えたところで、この生活に大した変化はないしな。でも、だからといって、俺は君にその対価を求めるつもりはないよ」
「対価を、求めない……?」
「ああ。君がここにいる間は、俺が君を守るよ。でも、そのために君が望まぬ行為をする必要はないんだ」
「何故だ。なぜ、お前は何も求めない。ここへ来るまでに出遭った男共は皆、僅かばかりの食料や金銭と引き換えに、必ずこのカラダを求めてきたというのに……」
「……そういう男も、この世界にはいる。でも、男がみんなそいつらと同じというわけじゃない」
恥じるような口調で呟くロンを、キヤはぼんやりと見つめた。
「ロン・アルクワーズ。オマエは──」
これまでとはちがい、
「ヲォォイ、テメェ……」
突如、凄まじい殺気を放つ灰色の影がキヤの背後から迫り、彼女の肩をむんずと掴んだ。
「さっきは、よくもやってくれたなァ……」
「オリガッ!? ま、待て! 落ち着けっ!」
慌てたロンが止める暇もあらばこそ、
「今度はコッチの番だッ、オラァァアアッ!!」
怒りに我を忘れたオリガは、振り向いたキヤの顔面に全体重をのせた渾身の右ストレートを放つ。
ドゴォォオオッ!!!
周囲の木々が震えるほどの衝撃とともにキヤは吹っ飛び、数十メートル先のカシの幹に激突。
そのまま、糸の切れた人形のようにドサリと地面に落ちて、ピクリとも動かなくなる。
「何やってんだぁあぁっ!?」
頭を抱えたロンの絶叫が、月夜の森に響き渡った。
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