第十八話 忠実なる僕

「オリガッ!?」


 突然のことに驚愕し、ロンが地面にくたりと倒れ込んだ少女を見下ろすと、


「少しの間眠らせただけだ」


 謎の少女は、平静にいった。


「……っ、何が目的だ」


 律儀にまた両眼を閉じて顔をあげたロンをみて、少女は淡々と答える。


「ロン・アルクワーズ。ワタシはオマエと闘いにきた」

「だから、その理由を訊いているんだ!」

「オマエが勝ったら教える」

「……君が勝ったら?」

「その時、オマエはもう死んでいる──」


 言った直後──、少女は、いきなりロンの顔面めがけて右の拳を放つ。


「くっ!」


 意表を突かれたものの、ロンは眼を閉じたまま気配だけでそれを確実に避けた──と思った瞬間、

 ドムッ!!!

 少女の重い中段蹴りが、彼の腹に深く突き刺さった。


「がハッ!」


 破城槌で打たれたような凄まじい衝撃を受けて、ロンの身体はゆうに十メートルは飛び、ゴロゴロと無様に地面を転がる。


(はじめの突きは、フェイントか……。だが、まだ《時神の慧眼クロノス・アイズ》を発動していなかったとはいえ、この俺にまったく気配を悟らせずに蹴りを入れるとは……)


 口の端から細く鮮血を流したロンは、相手の技量に驚愕しつつ、立ち上がる。


(それに、あの膂力……とても人間とは思えないが、かといって獣人や魔族でもない。一体、何者なんだ……?)


 謎の少女は、そんな彼を見つめて、かすかに眉を寄せた。


「なぜ、オマエは眼を閉じている?」

「君が服を着てないからだろっ!」

「……? なぜ全裸のワタシを直視できない? これまで出遭った男共は皆、鼻息を荒くしながら食い入るように見つめてきたのに」

「俺は……そいつらとは違うからだ」

「……」


 まもなく、ふたたび表情を消した少女は、今度は脚を前後に大きく開き、重心を低く落として身構えた。


「まあいい。ワタシのやることは変わらない」


 呟いて、跳躍。放たれた矢の速度で瞬時に距離を詰め、今度は四肢のすべてを使ってロンに一分の隙もない猛攻を浴びせる。


「くうっ……!」


 ロンは、後方に退きながら相手の攻撃を両手両足で懸命に防御するものの、一撃一撃が恐ろしく重く、鋭く、すぐに全身の骨と筋肉が悲鳴をあげはじめる。


(強いっ! 力を巧く受け流さないと、たちまち骨を砕かれるな……)


「オマエの力はこんなものか?」


 怒涛の攻撃を続けながら少女が冷淡にいった時、ロンは口の端に笑みを浮かべた。


(視覚を遮断しているから時間がかかったが、もう充分だ……《時神の慧眼クロノス・アイズ》!)


 奥義を発動し、直後から少女が放つ無数の攻撃をすべて先読み、服に掠らせもせずに易々と躱してみせる。


「っ!? 動きが変わった。まるで別人だ」


 少女ははじめてありありと、驚愕の表情を浮かべた。

 ロンは、必要最小限の動きで攻撃を回避しつつ、余裕たっぷりにいう。


「君の力も技も速さも、すべては常人離れしている。だが、もう見切った。君の攻撃は、もう二度と俺には当たらない」

「一度も見もせずに、ワタシの技の全てを見切ったというのか……」


 到底信じられぬ、という口調でいった少女はしかし、まもなく攻撃の手をとめて、その場で棒立ちになった。


「……だが事実であるようだ。なるほど強い。敵わない。これがロン・アルクワーズ……伝説の勇者の実力か」


 少女は荒く息を吐き、露わな胸を大きく上下させながら、なぜか満足げにいった。

 

「じゃあ、俺の勝ちってことでいいかな?」

「そうだ。

「……ん? ま、マスター?」


 自分のことをいきなり我が主マスターと呼びはじめた少女に、ロンは当惑させられる。


「ええっと……、どういう意味かな?」

「只今より、ワタシはこの命尽き果てる時までオマエの。末永くよろしく頼む」


 あまりにも唐突に、一方的な宣言をした後、少女は胸に片手をあてながら深く一礼した。


「は、はいぃ?」


 「忠実なる僕」にしては彼女の言葉遣いはかなりオカシイが、まずツッコむべきはそこではない。


「ちょ、ちょっと待て! まるで話が見えないんだがっ!? なんで、いきなり君が俺の僕になるんだ? というか、そもそも君はどこの誰だ?」

「ワタシは、キヤ。ワタシが造られた研究所ではそう呼ばれていた」

「研究所……? それに、つくられたって……」


 ロンがますます眉を寄せると、キヤと名乗った少女はあっさりと、衝撃の事実を口にした。


「ワタシは、人造人間ホムンクルスだ」

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