第十七話 七人目

 そして、その日の夜。


「オリガ、お前なあっ!」


 夕食後の自由時間。城門の外の空き地でオリガと落ち合ったロンは、いきなり彼女に詰め寄った。


「どうしてみんなにちゃんと説明しなかったんだよっ! お前のせいで俺はもう完全にヘンタイ教師扱いだぞ!」

「ケッ、仕方ねェだろ」


 オリガは、悪びれた様子もなく両手を頭の後ろで組んでそっぽを向く。


「テメェとこうして特訓してるコトをバラさねェためには、ああでもいうしかねェ」

「いやバラせよ! 特訓してることを隠す必要なんてないだろっ!」

「必要あるわッ! 『えーっズルい! わたしたちも一緒にやりたいーっ!』とか、アイツらが言い出したら困ンだろ!」

「べつに困らないが?」

「オレが困ンだよッ! 全員でやるならそれはもう特訓じゃねェし、オレがこれから倍の努力してアイツらを追い抜く、って計画もパァだ」

「まあ、それは……そうか」


 ロンが素直に頷くと、オリガは横目で彼をチラチラ見ながら、ぎこちなくいった。


「ま、まァ……さっきのは、オレもチットは悪かったと思ってっからよ……。アトでちゃんと、アノシてやっからよ……。ここなら、邪魔も入らねェだろォしな」

「いや、それはいい」


 ロンは、真顔でかぶりを振る。


「ぁア!? なんでだよっ!」

「だからっ、俺は自分の生徒とそーいうコトするつもりはないって言っただろ!」

「くっ、口ではそんなコトいっても、アッチのほうはヤル気満々だったじゃねェか! あそこでアラナが邪魔しなかったら、オレに最後までヤらせるつもりだったくせによォッ!」

「そ、そんなコトない!」

「とにかくッ! オレはテメェに借りなンてつくりたくねェンだから、黙ってオレにヤられろ! 毎晩アヘアへだらしねェ顔さらしながら死ぬほどキモチよくなりやがれッ!」

「うっ、くぅ……、こ、断るっ!」

「なんだよ今の間は!? やっぱオレにシてほしいんじゃねェかッ!」

「ちっ、ちがう!」


 端から見るとただの痴話喧嘩にしかみえない低レベルな口論を続ける二人と……、そんな彼らを森の奥からじっと見据える、ひとつの視線。


 ロンもオリガも、脳裏に浮かぶ淫らな妄想のためにすっかり注意力が散漫になっていて、まだそれに気づかない。 


 やがて────、闇に潜む者は、完全に気配を殺したまますっと立ち上がり、右手に握ったモノをいきなりオリガめがけて鋭く投擲とうてきした。 

 ブーメランのように回転しながら弧を描いて飛び、そのままオリガの側頭部を直撃しようとしたそれは、


「──っ!」


 命中する寸前に、パシッ! と、脇から素早く伸びた手に掴まれる。


「誰だっ!」


 ロンは、掴んだ短い木の枝をすぐに投げ捨て、闇の奥を睨んだ。


「クソッ、もうアイツらにバレてンじゃねェかッ!」


 頭を抱えるオリガを尻目に、ロンは低く呟く。


「いや……、

「っ!?」

「おい、出てこいよ」


 ロンは身構えることもせず、そっけなくいう。


(相手がこちらを殺すつもりなら、木の枝など投げてはこない。おそらく、さっきの不意打ちはこちらの実力を確かめようとしたもの……)


 クンクンとあたりの空気を嗅ぎはじめたオリガは、やがて、


「ああ、たしかに知らねェヤツだ……。女だな」


 敵意剥き出しの口調で吐き捨てた。


「出てこないなら、こっちからいくぞ」


 ロンがふたたび言うと、数秒後、森の奥に生まれた気配がゆっくりと動きだし、まもなく、月光に照らされた空き地にひとりの少女が姿を現した。


「……っ!」


 闇色の長い髪と、そっくり同じ色の大きな眼。対照的に、骨の色にも似た不気味なほど白い肌。目鼻立ちはエルフ並みに整っているが、そこに表情と呼べるものは一切なく、見る者に底知れぬ恐怖を抱かせる。

 齢は十五、六といったところだろうか。手足はすらりと長く、胸と腰はまだ発育途上で豊満とはいえない。


 ただ、ロン自身は、そんな相手の容姿をほとんどまともに見ることができなかった。

 なぜなら────、その少女は


「ちょっ、ちょっと待てえ! なんでハダカなんだ!?」


 慌てて目を閉じたロンが叫ぶと、謎の少女は恥ずかしがる様子もなくドンドン大股に歩いてきて、彼のすぐ目の前に立った。


「ロン・アルクワーズか?」


 鈴の音のように美しいが、やはり一切の感情を感じさせない冷えた声音で訊く。


「そうだけどっ!? いや君に出て来いって言ったのはこっちだけどさ、話する前に何か着てくれないかな!?」

「衣服は与えられなかった」

 

 少女は直立不動のまま、抑揚のない、無機質な口調で答える。

 

「与えられなかった? じゃあ、そもそも服を持ってないってことか……?」


 怪訝な顔をするロンの隣で、オリガがチンピラそのものの表情と口調で凄んだ。


「ヲォォイ、テメェ。何モンだァ……? いきなりケンカ吹っ掛けてきやがって、タダで済むと思うなよゴラァッ!」


 鼻と鼻がぶつからんばかりの距離まで顔を近づけて言った、その瞬間。


 トンッ──。


 謎の少女が死角から放った手刀がオリガの頸部に当たり、たったそれだけで、


「う、く……ぁ」


 強靭な肉体をもつ獣人を即座に失神させた。

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