第十六話 天国の谷間

「はっ、はぁっ!? ちょっ、な、何やってんだ!」


 少女の胸に巻かれていた毛皮がはらりと床に落ち、たわわもたわわな魅惑の果実に視界を埋め尽くされると、ロンは慌てて目を閉じ、叫んだ。


「何って、だヨ……」


 オリガは、死ぬほど恥ずかしそうにしながらも胸を隠そうとはせず、むしろそれを差し出すようにロンの顔に近づけながら、彼の太腿の上に跨る。


「て、テメェに借りなンてつくりたくねェからヨ……。特訓に付き合ってもらう間、テメェに、オ、オレのカラダを……好きにさせてやるヨ……」

「はいぃい!?」


 ロンは、一瞬驚愕に見開いてしまった眼をまた慌てて閉じる。


「かっ、勘違いすンなよ! べ、べつにテメェに惚れたとか、テメェの子を孕みたくなったとか、そンなんじゃねェからなっ!」

「そんな勘違いしてない!」

「いまテメェの子を孕んじまったら剣の修行なんてできなくなっちまうからよ……それだけは、まだ我慢しろよな……?」

「俺が孕ませたがってるみたく言うなっ!」

「アト、ソノ……だ、誰にでもこーいうコトさせるワケじゃねェかンなッ! むしろ、テメェがハジメテだし、他のヤツにはゼッテェさせねェし……」

「いや俺の話を聞けっ! 俺もさせてもらわんでいい!」


 必死の拒絶を続けるロンをみて、オリガは次第に苛立たしそうに口を歪める。


「遠慮すンなッて! オレがいいっつってンんだから揉めよ! 揉みてェンだろ? モミモミパフパフしてェんだろ? ほら、好きなだけ揉ませてやるから揉めッ!」

「だからいいって! 揉みません! 間に合ってます!」


 ロンが怒鳴ると、少女はふいに、悲しげに視線を落とした。


「やっぱ、オレみてェなガサツなオンナの乳なんか、触りたくもねェってコトかよ……」


 いつも勝気な彼女らしくもない沈んだ声音でいうので、ロンはひどく狼狽する。


「いやそうじゃない! 揉みたいよ、ウン! 正直すごく揉みたい! オリガのおっぱいは、色も形も大きさも、ぜんぶ満点! パーフェクトだよ! お前のおっぱいを揉むどころかひと目拝めるだけでいくらでも金を出すって男が、この世にはゴマンといるよ!」

「じゃ、じゃあなんで揉まないンだよッ!」

「お前がだよ! 俺は自分の生徒とそーいうカンケイになるつもりはない!」

「ッ!? ザケンなッ! 今朝いきなりウィナとはそーゆーコトしてただろォが! あ、アレをあんなにさせて、だらしねェ顔でアヘアへ喜んでたじゃねェかッ!」

「だからっ、アレはちがうって何度もいってるだろ! あれはただの事故で──」

「あーもうッ! 面倒くせェッ! こ、こうなりゃ実力行使だッ!」


 言うが早いか、オリガは腕を伸ばしてロンの後頭部をガシっと掴むと、人間を圧倒する腕力でグンと抱き寄せ──、彼の顔を己の豊かな胸の谷間にぎゅうっと挟み込んだ。


「ンむぅうっ!?」


 瞬間──獣人の少女の温かさと、柔らかさと、甘くとろけるような匂いに包まれたロンは、たちまち吹っ飛びそうになる理性を必死に保ちながら、もがく。


「ンんっ! んンんーっ!!」


 しかし、オリガは両腕でガッチリと彼を抑え込んでいて、どれだけ抵抗しても脱出は不可能だった。


「ど、どうだヨ……? テメェが満点だっていったモノに包まれた気分は、ヨ?」


 オリガも興奮しているのか、彼女のしっとり汗ばんだ乳房から胸の高鳴りがじかに伝わってくる。


(て、天国デス……)


 思わずそう答えそうになったロンは、慌てて唇を噛み、その鋭い痛みでどうにか正気を取り戻す。


(ダメだ! このままじゃ取り返しがつかないことになるっ!)

「オリガ、やめろ。これは命令だ。今すぐ俺を解放しろ」


 ロンは厳しい口調でそう言ったつもりだったが、少女の乳房に完全に口を塞がれているので、


「ほひは、はへほ。ほへはへひへひは。ひはふふほへほはひほふへほ」


 なんともマヌケな、珍獣の鳴き声みたいなモノしか出てこなかった。


「アハハッ、やめろっ、くすぐってェッ!」


 身をよじらせながら可愛らしく笑ったオリガは、やがて、ロンの頭をやさしく撫でながら、驚くほど色っぽい声でいった。


「皆まで言うな、わかってるって……。そろそろ、?」

「……?」

「ホラ……て、手でシてやるから……出せよ」

「っ!?!?」


 仰天したロンは、


「ひはふ! はんひはひふんはっ!」(ちがう! 勘違いすんなっ!)


 さらに熱を増していく谷間で懸命に叫んだが、やはり相手には伝わらない。


「アハハッ、だからやめろって! そんなにウレシイのかよ?」

「ひはふっ!」

「さ、さっきも言ったけどヨ……は、ハジメテだから、そんなに上手くはできねェからな?」

「へひはふへひひっ!」

「ああ、そうしてくれると、助かる。ドコをどんなにサレたらキモチイイ、とか、ちゃんと教えてくれたら、その通りにするからよ……」

「ンむふぅう……」(だ、だめだ……)


 元勇者の人並み外れた強靭な意志も、そこでついに、挫けた。


(俺は、精一杯抵抗した。抵抗したけど、力が及ばなかったんだ)

されるんだ。これは、不可抗力)

(決して、断じて、俺自身が要求したことじゃない)

(つまり、俺は無罪だ……)


 ロンが、己に言い訳しつつゴクリと生唾を飲み、すっかり脱力して少女に身を任せようとした、その時。


「先生、そろそろお昼ですが、オリガの具合は──」


 なんとも間が悪いことに、開いたままだったドアからいきなりアラナが顔を見せた。


「──っ!?!?」


 心配そうな顔をしていた彼女は、ベッド脇の二人を視界に捉えた瞬間、見事に硬直し、その約三秒後──、


「きっ、きゃぁあぁああっ!」


 当然のごとく、甲高い悲鳴をあげた。


「チッ、邪魔が入りやがった」


 不満げに呟きつつ、オリガはあっさりとロンを己の胸から解放する。

 

 その後の展開も、やはり誰もが予想する通り。

 アラナの悲鳴を耳にした他の少女たちがすぐさま部屋に駆けこんできて、


「なっ!? 今度は怪我人を襲うとは、なんと卑劣なっ!」

「うわあっ! オリガのおっぱい、すっごくおっきい! いいなーっ!」

「あらぁ♡ 半日のうちに二人も食べちゃうなんて……ほんと、人は見かけによらないわねぇ♡」

「そ、そんな……っ、わたしがオリガさんを傷つけてしまったばかりに、こんなことに……。やはり、わたしは、呪われし邪悪な運命から逃れられないのでしょうか……」


 じつに、さまざまな反応を示した。 

 当然のことながら、ロンはただちに、全力で弁解する。


「ち、ちがう! ちがうんだっ! 誤解っ、誤解なんだよ!」

「今朝もまったく同じセリフを口にしていましたね……」


 イルマの、恐ろしく冷たい視線がロンの胸を刺し貫く。


「いやっ、でも、これは本当にちがうんだっ! オリガに無理やりヤられて、俺は必死に抵抗したんだけど……」


 ロンの言葉を聞いて、アラナがキッと表情を険しくした。


「抵抗しているようには見えませんでした。オリガの胸に顔を埋めたままだらしなく脱力し、彼女の乳房を存分に堪能しているように見えました」

「ち、ちがう! あれはただ、力尽きてただけで……」


 このままではマズいと思ったロンが、椅子から立ち上がって少女たちに近づいていくと、


『…………っ』


 なぜか一斉に彼の下半身に視線を集中させた少女たちは、目を見開いたまま頬を染める。


「……っ」ゴクリ。

「力尽きていた、と? むしろ、これ以上ないほどように見えますが?」

「うわあっ、せんせぇ、またおっきくしてるーっ。ねえねえ、ズボン脱いでウィナにみせてーっ!」

「あぁん、素敵ぃ♡ もうダメぇ……疼いてきちゃう♡ ほんと、目に毒だわぁ♡」

「せ、先生……さすがに下をそんなにされていては、口で何を言われても、説得力がないです……」

「っ!?」


 ロンは慌てて股間を隠しながら、オリガのほうを振り返る。


「そっ、そうだ! オリガ! お前からちゃんと説明してくれっ!」


 一縷の望みをかけてそう懇願したものの、


「ふ、ふう……アブねェトコだったぜ。アラナが来るのがもうチョイ遅かったら、ソイツにヤられちまうトコだった……」


 オリガはそっぽを向いて冷たく言い放ち、床に落ちていた毛皮をそそくさと身に着ける。


「お、オリガ!? お前……っ!」


 ロンが絶望の眼差しを向けるが、どこ吹く風。


「あー腹ヘッタ……」


 オリガは呑気にいいながら、そのままひとりでさっさと部屋を出ていく。


「被害者からの証言も得られましたし、これでもう有罪は確定ですね」

「うっ……」


 少女たちに詰め寄られ、取り囲まれたロンは、膨らみきった股間とは裏腹に精一杯体を小さくした。

 こうなっては、彼に出来ることはもはやひとつだけ────買収である。

 

 結局、ロンは今回の一件を見逃してもらうかわりに、これから三カ月、少女たちの食事に毎回豪華なデザートをつけることを確約させられたのだった。

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