第十五話 お前が一番

 それから、約二時間後。


「ん……ぅ」


 自分の部屋のベッドでようやく目を覚ましたオリガは、年相応の可愛らしい仕草でぼんやり目を擦った後、


「ンッ!?」


 いきなり、カッと目を見開いて、ばっと上体を起こした。

 そして、己のいる場所を確認すると、まもなく寂しげに俯いて、呟く。


「そうか……。オレ、負けたのか……」

「そうだ」


 ベッド脇の椅子に腰かけていたロンは、そっけなくいった。

 オリガは反射的に彼を横目で睨んだが、その眼にもいつもの覇気がない。


「……なんで、テメェがオレの部屋にいンだよ?」

「はは、ひどい言い草だな……。お前が目を覚ますまで一応様子を見てようと思っただけだ。もう大丈夫そうだから、いくよ」


 ロンは苦笑しながら立ち上がりかけたが、


「待てよ。べつに、出てけとはいってねェだろ……」


 少女が視線を逸らしながらぎこちなくいったので、すこし戸惑いながらまた椅子に座り直した。


『………………』


 オリガはそれきり無言で俯いているので、ロンとしてもどう扱ってよいのかわからず、しばし気まずい沈黙が続く。


(それにしても……、普段の性格と態度のせいで目立たないけど、こうして落ち着いて見てみると、オリガって、すごい美人だよな……)


 ボサボサの髪にちゃんと櫛を通して、上等なドレスでも着せてやれば、きっとエキゾチックな美女として社交界で名を馳せるにちがいない。


(せめて口調と服装さえ、どうにかなればな……)


 ロンが、腕を組んでそんなことを考えていると、


「スゲェ、強かった……」


 ふいに、オリガがぽつりと呟いた。


「ん? ああ、そうだな。カイリの実力は、俺の予想もはるかに超えていた」


 ロンが頷くと、少女はかぶりを振る。


「カイリだけじゃねェ。アラナも、イルマも……ウィナだって、みんなオレより強かった」

「……」

「認めたくねェが、ここで一番弱ェのは、このオレだ。いまのオレは、アイツらの足元にも及ばねェ……」

「なんだ、ちゃんとわかってるじゃないか。そのとおり。六人の中で一番未熟なのはオリガ、お前だよ」


 ロンが淡々というと、オリガは一瞬彼に恨めしそうな視線を向けたが、すぐにまた己の豊かな胸に視線を落とした。

 しおれた花のような少女を真直ぐ見つめながら、ロンは続ける。


「だが、六人の中でのもお前だよ、オリガ」

「……っ!」


 はっと顔をあげたオリガは、突然愛の告白を受けたかのような表情で、ロンを見つめる。


「て、テキトーなコト、いうンじゃねェヨ……。そんなオベンチャラでこのオレがヨロコぶとオモったら、大マチガイだゾ……」

「いや、おべんちゃらなんかじゃない。俺は、本気でそう思ってる」


 ロンは、至極真面目にいう。


「お前の戦い方をひと目みて、これまでお前が誰からも剣術を学んだことがないのがわかった。すべてが我流で、呼吸も太刀筋も、まるで滅茶苦茶。はっきりいって0点だ」

「ズバリいいやがる……」


 可愛らしく顔をしかめた少女をみて、ロンは微笑んだ。


「だが……、それでもお前は強かった。教科書どおりの技はなくとも、その抜群のセンスだけで、すでに並の剣士の十人やそこらなら圧倒できる技量に達している。いくら獣人でも、こんなことは普通あり得ない」

「……」

「オリガ。お前には間違いなく剣の才能があるよ。それも他の五人や、この俺さえ凌ぐほど、とてつもなく大きな才能だ。これから、ここで正しいやり方で己を鍛え、その才能を開花させれば、お前はきっと、ここにいる誰よりも強くなれる」


 知らぬうちにその銀青の瞳を潤ませてロンを見つめていたオリガは、はっとして慌てて両目を擦ると、また視線を逸らして、少し怒ったような口調でいった。


「いまの話、ウソじゃねェだろな……?」

「本当だ。この俺が保証する」


 ロンが頷くと、ほんのり頬を染めた少女は、横目で彼の顔をちらちら見ながら、ためらいがちにいった。


「じゃ、じゃあヨ……、とっ、特訓、してくれヨ……」

「特訓?」

「ああ。毎日ここでアイツらと同じコトしてるだけじゃ、いつまでたってもアイツらには追いつけねェ。アイツらだって、これからもっとずっと強くなるだろォしな。だから、アイツらを追い越すには、アイツらの倍の努力をするしかねェ……」

「だから、俺とふたりで特訓したいと?」

「そ、そうだよ。なんだ、イヤなのか? イヤならハッキリそういえよ……」


 拗ねた子供のような顔でベッドの足元を睨む少女をみて、ロンはまた微笑んだ。


「わかった。付き合うよ」

「ホントかッ!?」


 少女は、ぱっと花が咲くような笑みをみせた。


「ああ。お前たちを強くするのが俺の仕事だからな。生徒の溢れる情熱には、ちゃんと全力で応えてやるさ」

「そうか……」


 ほっとしたようにいったオリガは、なぜかおもむろにベッドから出て、ロンのすぐ目の前に立った。

 椅子に座ったままのロンの眼前にいきなりボリューム満点の乳房が迫り、彼は目のやり場に困る。


「ど、どうしたんだよ、急に……」


 オリガは、これまでとはちがう色の熱を帯びた眼差しで、ロンをじっと見下ろした。


「交渉成立したのはいいが……オレは、テメェに追加で払う金は持ってねェ」

「……?」


 ロンが思わず眉を寄せると、


「だ、だからヨ……、かっ、カ、……ッ!」


 とんでもない台詞を口にしたオリガは、いきなり胸に巻いた毛皮を脱ぎはじめた。

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