第十四話 獣姫のプライド 

 第三試合。オリガ対カイリ。


「二人とも、準備はいいな?」


 ロンは、中庭の中心で向かい合う二人の少女にそれぞれ目をやる。


 鉈の如き剣で己の肩をトントン叩きながら不遜な表情で相手を見下すオリガと、巨大な剣の切先で地面を引っ掻きながらオドオドと上目遣いに相手を見上げるカイリ。


「オイ、ヘッポコ魔族。コッチは一切手加減しねェから、大怪我する前にサッサと降参しろよな?」


 オリガが嗤いながらいうと、カイリは申し訳なさそうに、だが、はっきりと言った。


「降参は、しません……。たぶん、わたしのほうが、

「っ!」

「でも、その、安心してください……。オリガさんを怪我させないように、わたしはちゃんと、手加減します……」

「テメェが、このオレより強ェ、だと……?」


 愕然としたオリガの顔が、やがて苛烈な怒りに染まっていく。


「ヘッ、そうかよ……。いや、そうこなくっちゃ面白くねェ。はじめから負けるつもりで来られても倒し甲斐がねェからよォ……」


 いいつつ、獲物を狙う野獣のように、胸が地面につくほど低い姿勢で剣を構えると、全身に力を溜めながらロンを睨んだ。


「ハナから全力でいく。オレがアイツをブッ殺しちまわねェように、サッサと止めろよな?」

「わかった」


 ロンはいうと、カイリにひとつ頷いてみせてから、高くあげた腕をさっと振り下ろした。


「はじめっ!」


 ほぼ同時、オリガが宣言どおりに地面を強く蹴り、全力で跳躍する。


「オラァァアアッ!!」


 空中で身体を弓なりに反らせて重い剣を振り上げたオリガは、速度を殺さず、全体重を乗せた渾身の一撃をカイリに浴びせる。


「死ンねェッ!」

「いきます」


 対して、至極冷静に呟いたカイリは、その凄まじい膂力でゆうに彼女の身長の二倍はある巨大な剣を一閃。

 迫るオリガの剣をガッチリ受け止め、そのまま易々と弾き返し──、


「どわぁああぁぁぁっ!」


 頓狂な悲鳴をあげるオリガを中庭の端まで吹っ飛ばした。


(やはり、腕力は純血の魔族であるカイリのほうが上だな……)


 攻撃後、相変わらず自信なさげに背を丸め、視線を泳がせている魔族の少女を見つめて、ロンは腕を組む。


 カイリが手にしている重厚長大な大剣はおそらく、もともとは訓練されたトロルかオーガのために鍛えられたものだろう。

 重量も、普通の長剣の二十、いや三十倍はあるにちがいない。

 そんな冗談みたいな得物を片手でいとも容易く振り回すカイリの膂力は、獣人のオリガはもちろん、並の魔族をさえ遥かに凌駕している。


(力比べでは勝負にならないぞ。さあどうする、オリガ……)


「クッソ……!」


 おそらく、オリガはこれまで膂力で己を上回る少女に出会ったことはなかったのだろう。

 中庭の端に呆然と立ち尽くし、あり得ないモノを見るような眼でカイリを見つめる。


「もう、やめましょう……。いまのでわたしのほうがオリガさんより強いとわかったはずです……。これ以上は、時間の無駄です」


 カイリが相手を気遣う口調でいうと、


「ッ! ンだとテメェ……ッ!」


 オリガの銀青の瞳に、ふたたび荒々しい闘志が宿った。


「ザケたコト抜かしてンじゃねェッ!」


 怒声を放った彼女は、カイリに向かって一直線に疾走をはじめる。


「……」


 困ったような眼差しをロンへ向けたカイリは、彼が試合を止めるつもりが無いのを確認すると、短く息を吐き、剣を構えることもせずにオリガを待ち受けた。


「そのナメた態度、後悔させてやンよォッ!」


 両者が間合いに入った瞬間──、オリガは、今度はしっかりと両手で握った剣を勢いよく振り上げ、気合とともに一閃させる。


「ウラァァアアッ!!!」


 だが──、

 ガギンッ!!

 彼女の必殺のはずの一撃は、カイリが軽く構えた大剣の腹でふたたび、いとも容易に防がれた。


「ッ!?」


 驚愕に固まるオリガの腹にドンッ! とカイリが無造作に放った前蹴りが突き刺さる。


「がはッ!!!」


 苦悶を吐いて、哀れなオリガはふたたび中庭の端まで吹っ飛ばされた。

 

「……勝負あったな」


 ロンは、今度は地面に俯せに倒れたまま起き上がらないオリガに同情の眼差しを向けながらいう。


 両者に実力の差がありすぎる。

 カイリの強さは、ロンの想像以上だ。

 力だけでなく、技も経験も、彼女はオリガの遥か上をいっている。

 これでは、まともな勝負にもならない。

 のだが……、


「ザケ、ンな……。オレは、まだ……戦えるぜ……」


 オリガは、痛みと悔しさに顔を歪めながらよろよろと立ち上がり、ふたたび剣を構える。


「もうやめろ。お前の負けだ」

「ウルセェッ!」

 

 オリガは、ロンの言葉を振り切って、駆け出す。


「オレはッ、まだッ、負けちゃいねェッ!!」


 そして、二人の少女が肉薄すると、先程とほぼ同じ結果が繰り返された。


「ぐぼぉっ!」


 オリガの一撃はカイリにあっさりと防がれ、逆に、カイリが繰り出した重砲の如き掌底がオリガの鳩尾に命中、彼女を三度、中庭の端まで吹っ飛ばす。


「言わんこっちゃない……」


 呆れるロンの視線の先で、しかし、オリガはまたもや立ち上がり、剣を構える。


「ま……まだ、だ……ッ」

「いい加減にしろ、オリガ」

「ウルセェつってンだッ! オレは、まだ負けてねェッ! ゼッテェ、勝つッ!!」


 そして──。


「オラァッ──ぶほっ!」「あがっ!」「ぐぶっ!」「げごぉっ……!」


 幾度となく無謀な突撃を続けたオリガは、その度にカイリに容赦なく叩きのめされ……、もう誰も何度目かすらわからなくなった頃、


「マ……まダ、だ──」


 呟きながら立ち上がった瞬間、ついにオリガはそこで力尽き、失神。それを予測してそばに跳んできたロンの腕の中にとさり、と倒れ込んだ。

 

「まったく、お前ってやつは……」


 全身泥だらけの擦り傷だらけで死んだように動かない少女を見下ろして、ロンは苦く目を細める。


 宣言どおりにカイリが手加減してくれたおかげで、オリガは大きな怪我こそ負っていないが、全身に蓄積したダメージは相当なものだろう。


(だが、これでいい。この子を成長させるためには、この完膚なきまでの敗北がどうしても必要だった……)

「あの……先生、すみません。わたし、やりすぎてしまったみたいで……」


 そばに近寄って来たカイリが申し訳なさそうにいうと、ロンは微笑んでかぶりを振った。


「カイリが謝る必要はないよ。これでいいんだ。こうなる前に止めてたら、オリガは絶対に納得しなかっただろうから」


 優しくいうと、今度は中庭にいる他の少女たちにも聞こえるように声を張り上げる。


「俺はオリガを部屋で休ませてくる。各自休憩を取ったあと、昼まで自主練しててくれ」


 少女たちが頷くと、ロンは気絶したオリガを抱きかかえたまま、城の中へと戻っていった。

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