第十三話 脱いだら負けです

 第二試合。ウィナ対エロウラ。


「エロウラ、がんばろーねっ!」


 ウィナが腰からエルフナイフを引き抜いて構えると、彼女の正面で相変わらず宙にふわふわと浮いているエロウラは、


「それ、アタシの一番キライな言葉なのよねぇ」


 ダルそうにいって、はわぁあ……、とひとつ大きな欠伸をした。


「おいエロウラ、真面目にやれ。怪我するぞ」


 ロンが睨むと、サキュバスは鼻で笑いながらひらひらと手を振る。


「アタシが怪我するぅ? ないない」


 いった直後──虚空より多種多様な十本の剣が音も無く出現し、彼女の周囲で地面と垂直に円を描いた。

 武器召喚──それ自体は高難度の魔法ではないが、十本もの剣を同時に出現させるとなれば、話は別だ。 

 造られた時代も場所も異なる美しい業物たちは、その全てが切先を真直ぐウィナに向けて、空中でピタリと静止する。

 

(複数の武器の「召喚」と「操作」に呪文も動作も必要としない、か。こんな芸当ができるサキュバスがいるとはな……)


 ロンは、期待に胸を躍らせつつもそれを表には出さず、対峙する二人を交互に見つめる。


(エルフとサキュバス……どちらも高い魔力をもつ種族だが、両者の戦闘を見るのはこれがはじめてだ。はてさて……)

「ふたりとも用意はいいな? ……それでは、はじめ!」


 ロンが叫ぶと、すぐに中庭に嵐のごとき突風が吹き荒れ、ウィナを中心にして大きな渦を巻いた。


「空を飛べるのは、エロウラだけじゃないよーっ!」


 愉しげにいったウィナは、呼び出した風の膨大な力をその身に受けて、ばっと天高く舞い上がる。

 風属性の飛翔魔法──身に纏う風を攻撃や防御にも使える便利な魔法だが、魔力消費が大きく、長距離の移動には向かない。

 エロウラは、縦横無尽に空を飛ぶウィナを眩しそうに見上げるだけで、何も仕掛けようとはしない。


「こないなら、こっちからいくよーっ!」


 上空で叫んだウィナは、次いで、手にしたエルフナイフを間合いの遥か彼方で素早く一閃させた。


『っ!』


 ロンは、少女が何をしたのか瞬時に悟ったが、それはエロウラも同じだった。

 サキュバスの周囲で静止していた剣の一本が、彼女を護るように素早く前に出て、

 バシュッ! 

 上空より飛来したを斬って捨てた。


(……真空刃か。魔力を纏わせた剣で放つ、不可視の斬撃。それを用いた遠距離戦闘が、ウィナのスタイルだな)


 片手で顎を撫でるロンの視線の先で、ウィナは目を丸くする。


「うわっ、簡単に見切られちゃった! エロウラって、スゴイなーっ!」


 素直に驚いてみせた後、上空で大きな円を描きながら飛翔しはじめる。


「でもっ、まだまだこれからだよっ!」


 さらに速度をあげたウィナは、やがて、流星の如き速さで四方から無数の真空刃を降らせた。

 しかし──、


「ふふ……」


 エロウラは顔色ひとつ変えることなく十本の剣を自在に操作し、雨あられと降り注ぐ視えない刃を、ひとつも漏らさず両断してみせる。


「うわー! これでもダメかあ……ならっ!」


 遠距離攻撃は通じないと理解したウィナは、すぐさま地上へ降り、そのまま真直ぐにエロウラへ突進する。


「これなら、どうだーっ!」


 叫んだ彼女は、直後──いきなり三体に


(幻影、じゃないな。魔力で形成した、実体のある分身だ。風の魔法以外にもこんな奥の手を隠していたか。……だが、たとえ三体に分身したところで、エロウラが十本の剣を同時に操れる以上、勝負は見えている)


 と、ロンは早合点したのだが──、


「なっ!?」


 すぐに彼は度肝を抜かれた。

 三人になったウィナは、すぐさまそれぞれが三体に分身、その全員がさらに三体に分身して、あっという間に合計二十七人の大集団となったのだ。


「ちょっとぉっ!?」


 エロウラもにわかに焦りだしたが、時すでに遅し。


『いっくよーっ!』


 あっという間にサキュバスを取り囲んだウィナ軍団は、元気よく叫んで、至近距離から連続して無数の真空刃を放つ。


「くぅっ!」


 エロウラはすぐさま十本の剣で応戦するも、到底すべての攻撃を捌くことはできず、斬り漏らした真空刃のいくつかが彼女を襲う。

 しかし、サキュバスもさる者、

 

「こんのぉっ!」


 エロウラは空中で驚くほど機敏に、しなやかに身をくねらせて、迫り来る刃をすべて、紙一重で躱してみせた。


『えーっ!?』


 今回ばかりは、さすがにショックを受けて固まるウィナ軍団。


「ふふっ、いまのはちょっと、危なかったわぁ……」


 艶美に微笑むエロウラの足元に、彼女が身に着けていた下着が数枚のボロ切れと化してはらはらと落ちていく。

 ──そう。

 エロウラの肉体は攻撃を躱し切ったものの、まさに紙一重であったために彼女の下着は無事では済まなかったのだ。


 たちまち全裸になったエロウラは、愛の女神の最高傑作ともいうべきその凄艶な肢体を惜しげもなく衆目に晒しながら、その露わな爆乳をぶるんと踊らせる。


「今度は、こっちの番よぉ」


 余裕たっぷりにいったのとほぼ同時──ロンの絶叫が中庭に響き渡った。


「ちょっと待てぇええっ!」


 抗いがたい欲望に抗って少女の裸体から必死に顔を背けつつ、彼は続ける。


「もう終わり! 試合終了! エロウラ、お前の負けだ!」

「はぁ? どうしてよぉ?」


 エロウラは、完璧なラインを描く腰に片手を当てて、口を尖らせた。


「どうしてって、そんな格好で戦わせるわけにはいかないだろ!」

「だから、何でよぉ? 服を脱いだら負け、なんてルール聞いてないわよぉ?」

「言わなくてもわかるだろっ!? お前がそんな格好してたら、俺が試合を観てられないし!」

「あらぁ、アタシはロンちゃんに視られたって気にしないわよぉ。間近でたぁっぷりその目に焼きつけて、今晩のオカズにしなさいな♡ ほらほらぁ」むにむに、ぶるるんっ。

「す、するかぁ! とにかくもう終わり! エロウラの反則負けで試合終了!」

『えーっ』


 エロウラとウィナが同時に不満の声をあげるが、ロンは聞く耳を持たない。


「問答無用! 俺がルールだ! ほら、エロウラは早く部屋に戻って何か着てこいっ!」

「……ま、べつにいいけどぉ」


 つまらなそうにいったエロウラは、地面に散らばった布切れを集めると、ロンのそばまで飛んでいって、それをいきなり彼の顔に押し付けた。


「をぶっ!」


 すぐさま、ロンの鼻腔にサキュバスの甘く刺激的な体臭が満ち、彼はくらくらと眩暈を覚える。


「……ぷ、はぁっ! なっ、ナニすんだ!」

「コレェ、アタシのお気に入りだから、ちゃんと縫って直してねぇ。じゃないとぉ、あとでお仕置きしちゃうからぁ♡」


 言いつつ、エロウラは律儀に目を閉じて硬直しているロンの内股につつーっと細い指先を這わせる。


「わっ、わかった! ちゃんと後で直しとくからっ、と、とにかく離れろ!」

「ちゃんと直してくれたらぁ、一回くらい使ってもいいわよぉ? でも、汚したら洗わないでそのまま持ってきてねぇ♡」

「使うかぁっ! ほら、さっさといけ!」

「うふふ、素直じゃないトコもかぁーわいい♡」


 愉しげに笑いながら去っていく全裸のサキュバスを見ないようにしつつ、ロンは彼女の下着をいそいでポケットに突っ込む。

 そこへ、


「ねえ、せんせぇ? エロウラの下着って、ナニに使えるの?」


 もはやお約束とばかりに、ウィナがキワどい質問をぶつけてきた。


「ウィナ……、もしかして、全部わかって聞いてないか?」

「ううん、わかんないっ!」

「あ、そう……」


 ロンは答えるかわりに、片手を額に当て、深い深いため息をついたのだった。

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