第十二話 騎士と魔女

 先に仕掛けたのは、イルマだ。


「我が敵を


 彼女が冷徹に恐ろしい命令を発すると、二体の黒魔機人ゴーレムは同時に跳躍、十歩の距離をひと跳びで詰めて、アラナに斬りかかった。

 四本の剣が、鎧に守られていない少女の頸部や大腿等の急所を狙って、鋭く振り下ろされる。

 いずれも、まともに入れば即致命傷となる斬撃。


(イルマのやつ、マジで手加減する気ゼロだな……)


 ロンは呆れつつも、冷静に戦闘を見守る。


(まあ、この程度の攻撃なら、アラナにとっては問題にならない)


 昨夜、アラナが剣を振るう姿を見て、彼女の実力はある程度把握している。

 はっきりいって、彼女はすでに────強い。


「……っ」


 ロングソードを中段に構えたアラナは、その場から退くこともせず、四本の剣の太刀筋を冷静に見極め、

 ギキ、ギキンッ!

 黒魔機人ゴーレムたちの絶妙な時間差攻撃を逆手にとって、四本すべてを剣で弾き、二体を大きく仰け反らせた。


(さすがに隙が無いな)


 ロンは、目を細めてひとつ頷く。


 アラナが操るのは、マキシア王国の伝統剣術である《天聖騎士剣術エクエスアーツ》。

 戦場における一対多の戦闘を想定したその剣術は、常に守備に主眼を置き、技の威力よりも速度と精度、省力化と連続性を重視しているため、複数の敵からの同時攻撃を弱点としない。


 あの若さですでに《天聖騎士剣術エクエスアーツ》をほぼ完璧に習得しているアラナにとって、二体の黒魔機人ゴーレムを相手にすることなど、造作もない。


 その後も、その場から一歩も動くことなく、黒魔機人ゴーレムたちの攻撃を易々と捌いてみせるアラナをみて、イルマは眼鏡の奥の冷眼を細めた。


「なかなかやりますね。では、これならどうでしょう。武装倍化デュプレクス


 魔女が低く呪文を唱えると、直後、黒魔機人ゴーレムたちの肩から、やはり前腕が剣と化した腕が追加で生え、それがすぐさまアラナに襲い掛かる。


「くっ!」


 これで、黒魔機人ゴーレムたちの振るう剣は、合計八本。

 さすがのアラナも、八方向からの同時攻撃に対処するのは容易ではないとみえ、焦りの表情を浮かべてその場からジリジリと後退をはじめる。


「防戦一方ですね。もう降参したらどうですか? 人間の貴方とちがい、私の黒魔機人ゴーレムたちは体力を消耗することもない。戦いが長引けば長引くほど、不利になるのは貴方のほうですよ?」


 余裕たっぷりにいうイルマを横目でみたロンは、ふたたびアラナに視線を戻してニヤリと笑う。


(いや、アラナは追い詰められているわけじゃない。あの焦りの表情もおそらくフェイクだ。彼女は、すでに黒魔機人ゴーレムたちに生まれたに気づいている)


 ロンの予想を裏付けるように、数秒後、事態は動いた。


「うっ!?」


 黒魔機人ゴーレムたちの猛攻を捌ききれなくなったアラナが、ついに体勢を崩して、転倒したのだ。


「ふっ」


 その瞬間に己の勝利を確信したイルマは、気づいていない。

 実際は、アラナは転倒したようにだけ。

 地面に片手をついたアラナは、間髪入れず、鞭のような足払いを繰り出す。


『っ!』


 完全に意表を突かれた黒魔機人ゴーレムたちはそれをまともに喰らい、二体はぶつかってガシャガシャ音を立てながら無様に倒れ伏す。


(そう。それでいい)


 ロンは、満足げに頷いた。


 イルマが黒魔機人ゴーレムたちに二本の腕を追加した後、たしかに彼らの攻撃回数は増えたが、同時に、彼らの戦闘姿勢は不安定となり、四本の腕を同時に動かすことに意識を集中しすぎて、下半身への注意も疎かになっていた。


 アラナは冷静にその弱点を見極め、突いたのだ。


(……見事だ)


 ロンの視線の先で、アラナは倒れた黒魔機人ゴーレムたちをその場に置き去りにして飛ぶように疾駆、イルマに逃げる暇も与えず、彼女の喉元に長剣の切先を鋭く突き付けた。


「うっ」

「勝負あり、だな」


 ロンがいうと、アラナは剣を引き、イルマは肩をすくめた。


「……ええ。私の負けのようです」

「ありがとうございましたっ」


 すっかり顔を上気させたアラナは、弾んだ声でいうと、一礼して去っていく。


「…………」


 ロンは、ぶらぶらとイルマのほうへ近づいていって傍に立つと、彼女にしか聴こえぬ声で囁いた。


「どうして本気を出さなかった?」

「……さあ、何のことでしょう」


 イルマは、ロンの顔を横目でみながら、口の端に冷笑を浮かべる。


「とぼけるな。あのルーンダムドが送り込んできた君がこの程度の実力な訳がない」

「買いかぶりすぎですよ。剣の勝負といわれていましたからね。魔法を禁じられた魔女の実力など、この程度のものです」


 そっけなくいって、悠然と立ち去っていく。


「……食えないやつだな」


 ロンは、魔女の後ろ姿を見送りながら、低く呟いた。

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