第十二話 騎士と魔女
先に仕掛けたのは、イルマだ。
「我が敵を殺しなさい」
彼女が冷徹に恐ろしい命令を発すると、二体の
四本の剣が、鎧に守られていない少女の頸部や大腿等の急所を狙って、鋭く振り下ろされる。
いずれも、まともに入れば即致命傷となる斬撃。
(イルマのやつ、マジで手加減する気ゼロだな……)
ロンは呆れつつも、冷静に戦闘を見守る。
(まあ、この程度の攻撃なら、アラナにとっては問題にならない)
昨夜、アラナが剣を振るう姿を見て、彼女の実力はある程度把握している。
はっきりいって、彼女はすでに────強い。
「……っ」
ロングソードを中段に構えたアラナは、その場から退くこともせず、四本の剣の太刀筋を冷静に見極め、
ギキ、ギキンッ!
(さすがに隙が無いな)
ロンは、目を細めてひとつ頷く。
アラナが操るのは、マキシア王国の伝統剣術である《
戦場における一対多の戦闘を想定したその剣術は、常に守備に主眼を置き、技の威力よりも速度と精度、省力化と連続性を重視しているため、複数の敵からの同時攻撃を弱点としない。
あの若さですでに《
その後も、その場から一歩も動くことなく、
「なかなかやりますね。では、これならどうでしょう。
魔女が低く呪文を唱えると、直後、
「くっ!」
これで、
さすがのアラナも、八方向からの同時攻撃に対処するのは容易ではないとみえ、焦りの表情を浮かべてその場からジリジリと後退をはじめる。
「防戦一方ですね。もう降参したらどうですか? 人間の貴方とちがい、私の
余裕たっぷりにいうイルマを横目でみたロンは、ふたたびアラナに視線を戻してニヤリと笑う。
(いや、アラナは追い詰められているわけじゃない。あの焦りの表情もおそらくフェイクだ。彼女は、すでに
ロンの予想を裏付けるように、数秒後、事態は動いた。
「うっ!?」
「ふっ」
その瞬間に己の勝利を確信したイルマは、気づいていない。
実際は、アラナは転倒したように見せかけただけ。
地面に片手をついたアラナは、間髪入れず、鞭のような足払いを繰り出す。
『っ!』
完全に意表を突かれた
(そう。それでいい)
ロンは、満足げに頷いた。
イルマが
アラナは冷静にその弱点を見極め、突いたのだ。
(……見事だ)
ロンの視線の先で、アラナは倒れた
「うっ」
「勝負あり、だな」
ロンがいうと、アラナは剣を引き、イルマは肩をすくめた。
「……ええ。私の負けのようです」
「ありがとうございましたっ」
すっかり顔を上気させたアラナは、弾んだ声でいうと、一礼して去っていく。
「…………」
ロンは、ぶらぶらとイルマのほうへ近づいていって傍に立つと、彼女にしか聴こえぬ声で囁いた。
「どうして本気を出さなかった?」
「……さあ、何のことでしょう」
イルマは、ロンの顔を横目でみながら、口の端に冷笑を浮かべる。
「とぼけるな。あのルーンダムドが送り込んできた君がこの程度の実力な訳がない」
「買いかぶりすぎですよ。剣の勝負といわれていましたからね。魔法を禁じられた魔女の実力など、この程度のものです」
そっけなくいって、悠然と立ち去っていく。
「……食えないやつだな」
ロンは、魔女の後ろ姿を見送りながら、低く呟いた。
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