第十一話 真剣試合

 よく晴れた空の下、さまざまな形の雲の影がのんびり行き過ぎていく、城の中庭。


「えー、はい。じゃあ、いよいよ今日から君たちに剣術を学んでもらいます。これは遊びじゃないから、こっちもかなり厳しくやらせてもらうけど、へこたれずについてきてください」


 ロンが真面目にいうと、彼の前に並ぶ六人の少女は、ウィナを除いて皆ジト目を返した。


「ケッ、何をエラソーに。ウィナには、剣術より先にべつのを教えてたクセによォ……」


 オリガが侮蔑の呟きを漏らすと、ロンは平静を装って彼女に鋭い一瞥をくれる。


「はいそこ! 私語は慎む! もう修行ははじまっているぞっ!」

「ウッセェよ、ヘンタイ教師が」

『…………』


 はやくもこの場に流れはじめる気まずい空気。

 ロンは、多少引きつった笑顔のまま、無理やり声を張り上げた。


「えー、はい! じゃあ、今日はねっ、いきなりだけど君たち全員に一対一タイマンで試合をしてもらいます!」

『試合……?』


 ロンの予想通り、少女たちは皆、驚きの表情をみせた。

 狙い通りに彼女たちの意識が今朝の「事件」から逸れたのをみて、ロンはほくそ笑む。


「目的は、君たちの現在の実力を確かめること。君たちの剣の技量、才能、適性などを確認するには、実際に全力で戦っている姿を見せてもらうのが一番だからね」

「一理ありますが……どうして貴方とではなく、生徒同士で戦うのですか?」


 イルマの質問に、ロンはひょいと肩をすくめた。


「時間節約のためさ。俺が六試合戦うより、君たちの三試合を観させてもらうほうが早いだろ? 君たちの親睦を深めることにもなるし」

「なるほど……」

「ヘッ、オモシレェじゃねェかッ! サッサとやろうぜッ!」


 オリガが獰猛に歯を剥き出しながらボキボキと指を鳴らす。

 他の少女たちにも異存がないのを確かめてから、ロンは続けた。


「組合せと試合順はこちらで勝手に決めさせてもらった。一試合目はアラナとイルマ、次はウィナとエロウラ、最後がオリガとカイリの組合せでいく」

「チッ、最後かよ。だりィな……」

「まあそういうな。大して時間はかからないさ。じゃあ早速だけど、アラナとイルマ、十歩離れて向かい合って。他のみんなは壁際まで離れてくれ」


 ロンがいうと、アラナがすぐに困惑の視線を返した。


「あの、武器は何を使うのですか?」

「武器? それだよ」


 ロンは、すまし顔でアラナが腰に下げたロングソードを指差す。


「っ! 真剣を使うのですか? それは危険すぎます」

「大丈夫。どちらかが大怪我をしそうになったら、俺がちゃんと止めるから」

「止めるって……、そんなのどうやって……?」

「どうやって?」


 言った直後──、ロンの姿が皆の視界から消失し、



 次の瞬間には、彼はアラナのに立って、彼女の剣の柄に片手を置いていた。

 わずかに遅れて、彼が刹那に描いた軌跡をなぞるかのように一陣の風が吹き抜けていく。


『っ!?』


 ロンが造作なく見せた理外の神速に、その場にいた全員が驚愕した。


「み、視えなかった……」

「速すぎる。とても人間業とは思えません……」

 

 感嘆とも畏怖ともとれる呟きを漏らしたアラナとイルマをみて、ロンはふたたびほくそ笑む。


(よしよし、じつにさりげなく名誉挽回。これで、失いかけた信用をちょっとは取り戻せたかな……)


 しかし。


「テメェ、何ニヤついてンだよ……。まさか、今回もドサクサに紛れてヤラシイことしようとか考えてンじゃねェだろなァ?」


 恨めしそうにいったオリガの一言が、すべてを台無しにした。


『……っ!』


 アラナとイルマは反射的に胸を両腕で隠し、ロンに不信の眼差しを向ける。


「馬鹿いうな! 今日は揉まないって! 絶対揉まない! だいたい、アラナは鎧の胸当てがあるから揉みたくても揉めないし……」

「あっ、それもそうですね」


 ほっとするアラナの隣で、イルマがその美貌をさらに険しくする。


「では今回、貴方の毒牙にかかるのはこの私というわけですか……。先ほどの速さで接近されたら私に止める術はありませんから、その汚らわしい手でこの胸を淫らに揉みしだかれるのは必至……。乳揉み確定、というわけですね」

「いや確定させるなっ!」


 魔女は、己をひしと抱き締めたまま、潤んだ瞳で足元を見つめる。


「貴方のそのむごたらしい指から抗いがたい快感を与えられた私は、淫らに喘ぎながら幾度となく望まぬ絶頂に達してしまうでしょう……。そして、恥辱と快感の余韻に震えながら泣き崩れた私を見下ろして、貴方は冷酷にこう言い放つのです……『お前はもう俺のオンナだ』と……」

「描写がキワドすぎる! やめろマジで。そーいうのホント、ダメだから。危ないから。イルマ、俺は揉まない。天に誓って揉まない。揉んだら死んでもいい!」

「…………」


 しばらく疑わしげにロンを睨んでいたイルマは、やがて、ちいさく息を吐いた。


「……わかりました。いいでしょう。言質は取りました。揉んだら死ぬ、という今の言葉、けして忘れないでください」


 それからやっと胸を覆っていた腕をおろして、アラナを見つめる。


「では、はじめましょうか」

「……?」

 

 アラナは、丸腰の魔女をみて首を傾げた。


「でも、あなたの剣は?」

我が僕たちよ、ここへベニエ・フィデル・サバス


 質問に答えるかわりにイルマが呪文を唱えると、彼女の両脇に昨夜と同じ軽装黒魔機人ソルジャー・ゴーレムが二体、出現する。


武装せよアルマメント


 ふたたび呪文が唱えられると、黒魔機人ゴーレムたちの前腕がジャキンッ! と機械的な音を発して両刃の剣に変形した。


「私の剣は、これです」


 平然というイルマをみて、すぐさまオリガが不平を口にする。


「オイッ、黒魔機人ゴーレムに戦わせるつもりかよ!? そンなの反則だろッ!」

「いや、反則じゃない」


 ロンは落ち着いてかぶりを振った。


黒魔機人ゴーレムを呼び出したのがイルマなのだから、彼らは彼女の武器といえる。そして、黒魔機人ゴーレムたちが剣で戦うのなら、これも立派な剣の勝負だ」

「ハァ? そンなのヘリクツだろ。そもそも一対一タイマンでもねェしよォ」

「いえ、問題ありません」


 凛とした声で答えたのは、アラナだ。


「やりましょう」


 微笑を浮かべた彼女の眼には、いつのまにか強い闘気が宿っている。

 それを見て、ロンは大きく頷いた。


「よし。じゃあ二人は位置について。他のみんなは下がれ」

「ケッ、まあ本人がいいっつーならいいけどよォ……」


 他の少女たちが全員壁際まで離れると、アラナとイルマは十歩の距離で向かい合った。


「時間無制限。剣以外の武器と攻撃魔法は使用禁止だ。その他の反則は取らない。俺が勝負がついたと判断した時点で試合終了とする。いいな?」

『はい』


 応えて、アラナが腰の鞘から剣を引き抜くと、イルマの両脇で黒魔機人ゴーレムたちは剣に変形した両腕を構えた。


「それでは、はじめっ!」


 ロンの掛け声で、少女たちの真剣勝負が幕を開けた。

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