第二話 不良獣耳娘をわからせる
「ん?」
振り向いたロンを睨んで、獣人の少女は田舎のチンピラそのものの表情と態度で続ける。
「コイツラはどうか知らねェがよ、少なくともオレは、マジで強くなりたくてここに来てンだよ」
「うん……そうだろうな」
ロンは怪訝な顔で頷く。
「だがよ……テメェを見てたら、すンげェ不安になってきた」
「どうしてだ?」
「テメェが弱そうだからだよッ!」
オリガは、腰に手をあてて頭を大きく反らせ、上背のあるロンを見事に見下す。
「オレより弱ェヤツから剣を学んでも強くなれるハズがねェ。そんなヤツとここで三年も一緒にいンのは時間のムダってモンだ」
「まあ、それはそうかもな」
ロンは、素直に頷いた。
「つーわけでよ? 今からここで、オレと戦え。オレがテメェについてく価値があンのかどうか、確かめさせてくれよ」
堂々と言い放って、少女は血に飢えた野獣のような獰猛な笑みを浮かべる。
「……いま、ここでか?」
ロンは、露骨に渋い顔をした。
初日の今日は、自己紹介を済ませた後、適当に城の中を案内して終了にするつもりだったので、訓練用の木剣すら持ってきていない。
「そーだよ。まさかイヤとは言わねェよなァ、センセェ?」
オリガが、毛皮に包まれた乳房をぶるんっと揺らしてずずいっと迫ると、
「うっ……」
ロンは思わず怯んで、ジリジリと後退った。
他の五人の少女は、この急展開に口を挟むつもりもないらしく、二人のやりとりを興味深げに見守っている。
「スグ終わるし、誰に迷惑をかけるワケでもねェ。断る理由はねェだろ?」
「いや、でもなぁ──」
「ハッ! ビビんじゃねェよ! べつに、コッチだってテメェの
すでに己の勝利を確信しているらしい少女をみて、ロンは、まもなく観念したように息を吐いた。
「言って聞かせても無駄みたいだな。仕方ない……やるか」
「ヨシッ! いいぞォ、センセェ、その意気だッ!」
話がまとまったのをみると、他の少女たちは無言で脇へ寄っていき、ふたりのために場所を空ける。
「ホラ、さっさとテメェの剣を持ってこいよ。真剣で構わねえぜ。コッチも、コレでやらせてもらうからよォ」
十歩離れたところに立ったオリガは、余裕たっぷりに言いながら、背負っていた大剣を鞘から引き抜き、やや湾曲した柄を片手で握って、構えた。
その奇妙な剣に鍔はなく、片刃の剣身は分厚く、長く、直線的で、形状としてはまさしく鉈そのもの。
刀身の材質は、その特徴的な暗紅色からみて、鋼鉄の三倍の強度と質量を持つガリア鋼だろう。
重量は相当なもので、一撃の破壊力はあるだろうが、振り回すには相当な膂力を必要とするはずだ。
(身体能力に秀でた獣人ならではの剣、というわけか……)
コンマ数秒で相手の武器を分析し終えたロンは、ゆっくりとかぶりを振った。
「俺の剣は必要ない。このままやろう」
「ッ!? ……テメェ、このオレをナめてンのか?」
いきなりプライドを傷つけられた少女の顔が、みるみる鬼の形相に歪む。
「それとも、丸腰でやりゃ敗けても言い訳がたつとか考えてンのか? ぁア?」
「そんなこと考えちゃいない。君ひとりを相手するのに武器なんて必要ないからそう言ったまでだ。他意はない」
「……素手でもこのオレに勝てるって、マジでそういってンのか?」
「ああ」
あっさり頷くロンをみて、オリガの銀青の瞳に昏く冷たい怒火──本物の殺気が宿った。
「上等ォだぜェ……。やっぱ手加減すンのはヤメだ。マジで、ブッ殺してやるッ! あの世でテメェのマヌケさを永遠に後悔してろッ!」
(はは……物語の序盤で出てくるケチな悪役そのもののセリフだな……)
苦笑しながらロンがくいくい、と片手で手招きすると、
「クッ……!」
オリガは灰色の髪を見事に逆立てて鋭い犬歯を剥き出し、素足で大地を踏み掴んだ。
「ここまでコケにされたのは、はじめてだ……マジで、キレたぜ。もうカンタンには終わらせねェ。テメェが泣いて詫びるまで、百回でも千回でも斬り刻んでやらァッ!」
叫んで足の十指に力を込め、次の瞬間、少女は──跳んだ。
(──やはり速いな)
ビュオッ! と空気を裂きながら刹那のうちに眼前に迫ったオリガをみて、ロンは冷静に目を細める。
(だが、獣人であればこの程度の瞬発力を出すことはじゅうぶん予想できた。問題は、この次──)
「死ねやァッ!」
少女は空中で最上段に構えた剣を、全身の強靭なバネを活かして勢いよく振り下ろす。
その速度も威力も常識外れで、並の剣士には回避も防御も不可能な一撃──ではあるが、
(やはり、この程度か)
いとも容易く相手の太刀筋を見切ったロンは、右に半身になって迫る刃を紙一重で躱す。
ブォンッ! と大気を震わせながら少女の剣が肩を掠め、そのまま硬い地面に激突、ズガァンッ! という轟音とともに、そこに深く長い一文字の亀裂を奔らせる。
(凄まじい威力だな……。相手を防具ごと断ち切る、剛の剣。まともに当たれば即死は免れない)
ロンがわざとギリギリで躱したことに気づかないオリガは、今の回避をただのマグレだと勘違いして、すぐさま追撃にかかる。
「オラオラッ! センセェ、どしたァッ!」
ブォンッ、ブォンッ! と烈風とともに繰り出される恐ろしい連撃を、ロンはしかし平然と、柳の葉のようにひらりひらりと躱し続ける。
(言うだけあって、筋は悪くないな……。現在の実力でも、そこらの野盗の数十人程度ならラクにあしらえるだろう。だが──)
はやくも緊張感を失ったロンは、思わず欠伸を漏らした。
(恵まれた身体能力にあかせて適当に剣を振り回してるだけだ。こんなものは、ただの児戯。とても剣技とは呼べない)
「ッ!? クッソ……ッ!」
ここにきて、ようやくロンの神懸かった回避がマグレなどではないことに気づいたオリガは、焦燥に口を歪める。
「なンでッ……、なンで、この距離で当たらねェッ!?」
両者の距離は、一歩半。完全にオリガの間合いだ。
なのに、彼女の渾身の猛攻はロンの身体に掠り傷ひとつ負わせられない。
「今の君じゃ、たとえ丸一日やっても俺に攻撃を当てることはできない。諦めろ」
「ッ! ザケンなァッ! ゼッテェ、ブッ殺すッ!」
叫んで、なおも虚しく空を斬り続ける少女をみて、ロンは呆れ顔でため息をつき、
(仕方ない……ちょっとだけ、力を見せるか)
(──《
己の奥義のひとつを発動。集中力を極限まで高めて、両眼を閉じた。
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