第三話 ナナメ下の決着

「オラァァアアッ!!」


 すでに怒りと焦りで冷静さを失っているオリガはそれに気づかず、がむしゃらに剣を振り回し続ける。

 すると、ロンはで、そのすべての攻撃を、これまでどおり易々と躱してみせた。


「わぁっ! すごいっ、手品みたいっ!」


 ウィナが幼女のようにピョンピョン跳ねながらはしゃぐ横で、アラナはその白銀の鎧をガシャリと震わせて、戦慄する。


「嘘でしょう……信じられない……っ」


 相手の視線や下半身の動きから次に来る攻撃をある程度予測することなら、アラナにも出来る。

 しかし、ロンは今、視覚を完全に遮断してそれ以上のことをやってのけている。

 

 かすかな音や空気の揺らぎから相手の動きを察知しているのか? 

 いや、それにしては回避の初動が早すぎる。

 まるで、相手が次にどこをどう攻撃してくるかが、あらかじめわかっているかのような──。


「超人的な集中力と洞察眼。さすがというべきですね」


 アラナの横で、イルマが眼鏡の奥の冷眼を細めた。


「おそらく、彼はこれまでの戦闘でオリガさんの性格、身体能力、技、志向など……彼女の戦闘技能に関する情報を全て、完全に把握したのでしょう。そして、それらの情報を駆使して、彼女の行動の二手、三手先までを完璧に読み切っている……」

「まさかっ、この短時間でそんなこと──」

「出来るでしょう、。もはや、彼には相手を眼で視る必要はない。この戦いにおいて、彼にはのだから」

「テメッ……! クソがァアッ!!」


 ようやくロンの「舐めプ」に気づいたオリガは、実力差を思い知って降参するどころか、ますます逆上して空虚な猛攻を続ける。


「いい加減諦めろ。ほら、もう足元がふらついてるじゃないか」


 ロンが両眼を閉じたまま指摘してやると、


「ハァッ、ハァッ……! ウルセェッ! テメェに一発ブチ当てるまでは、ゼッテェあきらめねェッ!」


 さすがに疲労の色が濃くなってきたオリガは、荒い息を吐きながら叫んだ。


「まったく……」

「ウラァアアッ!!」


 残りわずかな体力を振り絞って渾身の一撃を繰り出そうとオリガが、大きく足を前に踏み出した、その時──。

 すでに踏ん張りがきかなくなっていた足が地面に埋まっていた丸い石に滑り、彼女は大きく体勢を崩した。


「うぉッ──!?」

(マズイッ!)


 刹那、少女が派手に転倒して頭から地面に激突するイメージを得たロンは、彼女の体を支えようと素早く腕を伸ばした。

 しかし──、さすがの彼もこの展開までは予測しきっていなかったために、わずかに手元が狂った。

 この瞬間まで両眼を閉じたままでいたのが、いけなかった。

 

 その結果──、


 ぼにゅうんっ♡


 オリガの肩を掴むはずだったロンの手は、斜め下にズレて彼女の胸を覆う毛皮の中に滑り込み、彼女のたわわな乳房を見事に鷲掴みにしてしまった。

 

「ひぁんっ♡」

「……へっ?」


 掌に伝わる、むっちり柔らかく、艶めかしい至福の感触と、少女の漏らした切なげな喘ぎ声に、ロンは思わず目を開け──、


「っ!? だっ、わぁっ! ごっ、ゴメンッ!」


 叫んで慌てて手を引いたが、もはや後の祭り。

 みるみる顔を赤くしたオリガは、剣を地面に落として両腕で己を抱き締めながら、涙目でロンを睨む。


「こ、こっ、コイツ……ッ、お、お、オレの……ッ!」

「乳房をじかに揉みましたね」

 

 イルマの冷静な指摘に、オリガはコクコクと何度も頷く。


「今の行為は、もはやセクハラと呼べるレベルではありません。立派なです。到底看過できず、ただちに貴方の身柄をしかるべき機関に引き渡し、厳正なる処罰を受けさせるべきと考えます」

「え、ちょっ、ちょっと待てぇっ!」


 ロンは、両手を高くあげて必死に身の潔白を主張する。


「今のはちがうだろ! ちがうだろーっ! 俺はただ、転びそうになったオリガを助けようとしただけで……」

「転倒しそうになったオリガさんを助けようとした結果、己の手が彼女の服の中に入り込み、彼女の乳房を揉みしだいてしまった、と?」

「う、ウン。そうだよ……」

「つまり、無意識でやってしまった犯行というわけですね。なるほど、余計にタチが悪い。貴方はこれからも、毎晩私達の寝室へ忍び込み、私達を犯す可能性がある、ということですから」

「は? あっ、いや、そうじゃなくてっ!」

「そうではない? ということは、やはり故意による犯行だったわけですか」

「ちがーう! ちがうってばっ! あれは事故っ! 偶然起こったただの事故なんだよ!」

「事故……?」


 イルマは、汚物以下のモノを見るような眼で吐き捨てた。


「転倒しそうになった女性を支えようとした結果、相手の服の中に自分の手が入り込みその胸を揉みしだく、などという可能性は、限りなくゼロに等しいと考えますが?」

「いや、だって、俺はその時、眼を閉じてたし……」

「誰に強制されたわけでもなく、みずから視界を閉ざしたんですよね? ……ん? なるほど、そうか。はじめからこの展開を狙っていた……? 犯行後に、あれは事故だった、と主張するために……。ああ、なんと嘆かわしい。恐るべきは貴方の未来を視る唯一無二の能力と、それを悪用するおぞましき性欲……」

「ちがーうっ! だから、本当にちがうんだってっ!」


 追い詰められたロンがほとんど半狂乱になって叫んだ時、それまで両者の会話を愉しげに見守っていたひとりの少女が、助け舟を出した。


「もうそのヘンにしてあげたらぁ?」

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