七剣聖の指南役
クロナミ
第一章 七人の剣聖候補
第一話 無職と六人の少女
ロンは、金に困っていた。
五年前に魔王を討伐して得た報奨金はとうに底を尽き、さりとて、今さらフツーに働く気にもなれず、
(どうすればいいんだっ……)
と毎晩、布団をかぶって深く苦悩していたところに、この話が舞い込んだ。
「みんな、すごく素直な良い子たちなんで、大変なことなんて何もないですよ」
王都からやってきたその男は、俳優顔負けの魅力的な笑顔でいった。
「まあ、生ける伝説、英雄の中の英雄、神すら嫉妬する男と呼ばれるあなたにとっては、楽勝の仕事です。遊びみたいなものですよ。三年間、のんびり気楽にやってください」
綿菓子のように甘く、軽い口調でいうものだから、ロンもつい、軽い気持ちで引き受けてしまった。
それが間違いだった。
元勇者が三年間、《剣聖》を目指す若者たちとともに暮らし、彼らの剣術指南役を務める──。
文字にすると、なるほどそう難しい仕事でもないように思えるが、現実はまるで違った。
ひと月後、ロンはそれを嫌というほど思い知らされることとなる。
***
そよ風が肌に心地よい、よく晴れた春の日。
場所は、カラド王国の北部、アルモス山の中腹にある古城──レオス城。
魔王との戦いで城主一族が滅亡し、廃墟となっていたこの
彼はこの五年間、この巨大な城をひとりでコツコツ修繕、改築などをしながら、孤独で気ままな生活を送ってきたのだ。
その城の、正門前の広場で。
「えーっと……とりあえず、自己紹介からはじめようか」
ロンは、彼の前で横一列に並ぶ、個性豊かな六人の少女に愛想よく笑いかけた。
「じゃあ、まずは俺からね。名前は、ロン。ロン・アルクワーズです。今日から三年間、君たちに剣術を教える先生です。好きなモノは、お金と昼寝と、二度寝。将来の夢は……とくに無いです。よろしくお願いします」
一礼して締めくくったが、少女たちはとくに拍手するでもなく、まったくの無反応だ。
「じゃ、じゃあ、今度は君たちね……」
ロンは、はやくも笑顔をやや引きつらせながら、右端にたつ少女に視線を向ける。
「まずは、君から。名前と出身と……あと将来の夢とか、そういうの、ひと言お願いしようかな」
声をかけると、白銀の秀麗な鎧に身を包んだその少女は、ロンに真摯な眼差しを返した。
切れ長の大きな緋色の眼。新雪のように白く澄んだ肌。艶やかな真紅の長髪。しなやかな長身だが、出るところはしっかり出ている、瑞々しく健康的な肢体。
背筋の伸びた凛とした姿勢が、意志の強さと育ちの良さを感じさせる、正統派の美少女だ。
「アラナ・エクレイアと申します」
腰に素晴らしい長剣をさげた少女は、その見た目から想像したとおりの涼やかな美声でいった。
「出身は、マキシア王国。十七歳です。将来の夢は、ここで《剣聖》となり、みずからの剣で世界を守護する最強の勇者になることです。よろしくお願いします」
全身に静かな闘志を
「おお、最強の勇者か。そりゃあすごい。うん。よし、これから一緒に頑張ろう」
ロンは笑顔で拍手したが、他の少女たちはやはり判を押したような無反応。
「……じゃあ、次。隣の君、お願いします……」
「イルマ・アデルナです」
細身の黒いワンピースに身を包んだ眼鏡少女は、異端審問官のごとき冷眼でロンを凝視しながら、無愛想にいった。
ショートボブにした空色の髪。瑠璃色の瞳。クールな美貌の持ち主だが、学者風の野暮ったい眼鏡がその魅力を半減させてしまっている。
胸のサイズは、アラナより小ぶりで、この年頃の少女の平均サイズもやや下回っているが、対照的に腰回りはずっと豊かで、薄手のワンピースが悩ましげな曲線を描いている。
いかなる武器も身に帯びておらず、その白い手も、とても剣士とは思えぬほど華奢で小さい。
「十六歳。見てのとおり、魔女です。出身はルーンダムド。将来の夢は、貴方に教える必要を感じません。ここへは母の指示で来ました。よろしくお願いします」
冷淡にいって、一礼もなく締めくくる。
「へ、へえ……お母さんの指示でねえ。お母さんも、きっと君に似て美人なんだろうねえ」
少女の頑なな態度を少しでも和らげようと、安い世辞を口にしたのが、まずかった。
イルマは、眉間に深く
「いまの発言はセクハラに該当します。撤回してください」
「えっ、せっ、セクハラ……!?」
「女性の容姿についての発言は、その評価の如何にかかわらずセクハラです」
厳しい指摘を受けて、ロンは叱られた犬のように肩を落とす。
「ス、スミマセン……、撤回します……」
「以後気をつけてください。ちなみに、母は美人ですが私と血縁関係はないので顔は似ていません」
「あ、そう……。じゃあ、その……これから一緒に頑張ろうね」
ロンはぎこちなく言いながらまた拍手したが、やはり他の少女たちは(以下略)。
「……じゃあ、次……お願いします……」
「ハイッ。えと、名まえは、ウィナ、ですっ!」
イルマの隣にたつ金髪碧眼の小柄な少女は、とても元気よく、ちょっとたどたどしい口調でいった。
特徴的な長い耳を持っているので、エルフなのは間違いない。金髪碧眼で、彫像のように整った美しい顔立ちをしているが、身体つきはまだ幼く、見た目の年齢は十歳前後。
草色の簡素なつくりの服が森の妖精みたいで、なんとも可愛らしい。
腰に差した一本のエルフナイフのみが、彼女も一応戦士であることを示している。
「ウィナ、何かな? あと、年齢とか」
ロンがやさしく促すと、ウィナははっとしたような顔でまた口を開いた。
「ウィナ・モル・デ・マウル、ですっ! 十五歳、ですっ! えと……、あっ、エルフですっ! ロナの森から来ました! 夢は、えと……、ラグリアの実のケーキをひとりで丸ごと食べること、ですっ!」
ウィナは、その見た目も言葉も、何もかもが幼く、可愛らしいが、これから自分が剣術を教えなければならない生徒だと考えると一抹の不安を覚えずにはいられない。
「はい、ありがとう……。じゃあ、これから一緒に頑張ろうね」
「ハイッ。がんばりますっ!」
ロンは頷いて、ウィナの隣にいる少女に視線を移す。
「じゃあ、次。お願いします」
「え、アタシ? エロウラ・ガド・ゾーランドでぇーす……」
豊満な白い裸体に奇抜な黒革の下着のみを身に着けた少女は、寝そべるような姿勢で宙にふわふわと浮いたまま、ダルそうにいった。
腰まである葡萄色の髪。蛇を思わせる大きな金眼。むきだしの背に生えたコウモリに似た翼と、黒い鞭のような尻尾。あらゆる男を欲情させずにおかない、性的魅力の結晶ともいうべき肉感的肢体──。
ひと目で純血のサキュバスだとわかる少女は、伸びた爪の手入れをしながら、のろのろと続ける。
「サキュバスでぇーす。年齢は、言いたくありませぇーん。ガド商会から来ましたぁ。将来の夢はぁ、いつか世界最強のオトコを捕まえてぇ、ソイツの精を一滴残らず搾り尽くすことでぇーす」
イルマと同じく一切の武器を持たない少女は、恐ろしいことをサラリと口にする。
「えっと……」
急に背筋が寒くなったロンは、顔に笑みを貼りつけたまま、おずおずと口を開いた。
「その、なんだ……、一滴残らず搾り尽くしちゃうってのは、ちょーっとマズいんじゃないかな? その人、たぶん死んじゃうだろうし……」
「べつにいいでしょぉ? 最期にちゃあんと天国味わわせてあげるしぃ♡」
サキュバスの少女は淫らに舌なめずりしつつ、右手の指をウネウネと妖しく蠢かせる。
「う、うーん……。まあ、その夢の是非ついてはまた今度、ゆっくり話し合おうか?」
「うわ、ダルぅ」
「はい、じゃあ、次の人」
ひとまず話を切り上げて、ロンが隣に視線を向けると、
「オリガ・ロロだ」
背に大きな
モフモフの獣耳と太い尻尾、雑に切り散らした灰色の髪と銀青の瞳を持つ、半人半狼の獣人だ。
胸と腰にわずかばかりの毛皮を巻きつけただけの半裸の少女は、豊かな乳房を持ち上げるようにして腕を組み、ロンを親の仇のごとく睨みつけている。
「十七歳。ウルグ山国から来た。夢、というか野望は……オレの剣で他種族をすべて征服し、獣人の支配する世界をつくることだっ!」
グッと拳を高く掲げながら、これまた危険キワマリナイ思想を
「ウン。ええっと……、君の夢についても、あとでじっくり話し合おうか?」
ロンがはやくも疲れの滲みはじめた声でいうと、オリガは片眉をあげて口を尖らせた。
「ぁア? なンでだよ?」
「まあ、それもまた後で、ね? 話がすごぉーく長くなりそうだからさ……」
「チッ、めんどクセーなァ」
「……はい。じゃあ、最後の君、お願いします……」
「えっ、あっ、はい……」
列の左端にたつ小柄な少女は、ロンが視線を向けるとなぜかビクッと体を震わせて、俯いたまま消え入りそうな声で答えた。
「か、かっ、カイリ・ラム・ゼーラ、です……」
色素の薄い長い銀髪。かすかに青みがかった肌。見る角度によって少しずつ色を変える花色の瞳。ちいさな頭には、山羊のそれに似た黄金の角が、二本。
血の色のロングドレスを纏うカラダは意外にも豊満で、サキュバスのエロウラにはさすがに敵わないものの、十分すぎるほどに煽情的だ。
(──遅まきながらここで断っておくが、ロンが少女たちのカラダをじっくり、つぶさに観察しているのは、べつにヤラシイ目的からではない。
これから彼が各人に最適な剣術を選択し、教授するに際し、少女たちの体格と、それが生む身体能力がとても重要な判断材料となるからだ。
決して、断じて、彼女たちをエロい眼で視ているわけではないのだ。)
カイリは、身の丈をはるかに超える重厚長大な剣を片手でやすやすと持ち、その幅広の厚い刃で地面をガリガリと引っ掻きながら、言葉を続けた。
「……魔族、です。十五歳、です。あ、アンヴァドールから来ました……。将来の夢は、その……、どなたにもご迷惑をかけず、どこか暗く寂しい場所でひっそり、孤独のうちにこの一生を終えること、です……」
なんともネガティブな夢(?)を告白した後、少女は背を丸めていっそう体を小さくする。
ロンは、おもわず頭を抱えたくなる衝動を抑えて、必死に笑みを浮かべた。
「えーっと……、まあそんなこと言わずに、もっと気楽に、愉しく生きよう? 人生は、愉しんだ者勝ちだよ?」
「いえ……わたしは、魔族……呪われし宿命を背負うおぞましき種族ですから……人生を愉しむなんて、そんな大それたこと、けして許されません……」
「いや、そんなことないって──」
にわかに全身からドス黒い負のオーラを発散しはじめた少女を、ロンがなんとか元気づけようとした、その時。
「オイ……、チョットいいか?」
ふいに、オリガが太い尻尾をブンッと大きく振って、挑発的に口を開いた。
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