第33話 妹

 両親の死後、妹と二人暮らしを始めた。


 不幸中の幸いではあるが、補償金のおかげで生活費にはほとんど困らなかった。


 だが、妹は学校に馴染めず不登校になった。


 中学、高校にほとんど行かず、いつもふらふらしていた。妹を放っておくことが出来なくなり、姉の私は地場の倉庫会社に就職をして、そのまま二人暮らしを最後まで続けることになった。


 妹は私から離れようとしなかった。

 それは、姉である私を慕っているのとは少し違っていた。

 ただ、盲目であったように思える。


 私が言うことに笑顔で頷くだけ。

 だが、頷くだけで、それをあまり実行することはなかった。


 将来のために学校だけは行きなさい。そう言っても毎日登校することはなかった。登校した日も、後から聞けば授業に出席せずどこかでふらふらしていたようだ。何度か補導されて呼び出されたこともあった。問い質してみても、いじめではない。ただ、馴染めなかった。

 会話も雰囲気も。

 何もかも。

 妹はそう言った。


 ――お姉ちゃんが決めて。


 ことあるごとにそう言われた。


 このままでは、いつまでたっても妹から離れることができない。

 妹もまた精神的に独立できない。

 そう危惧した私は社長に相談した。妹を働かせてくれませんかと。社長は親密になることを条件に、話を飲んだ。この口利きによって妹も私の職場でバイトすることになった。


 妹は私と一緒に働けることを喜んでいた。

 梱包作業にも慣れ、ある程度職場にも慣れた頃、妹はこう言った。


 ――いつまでいればいい?

 

 私はこう返した。


 ――とりあえず飽きたと思うまでいればいいんじゃない。お小遣い貯めて買いたいものがあるんじゃないの?


 この軽口に、妹はそっかあと笑って頷いた。



 その翌日、妹は死んだ。



 その日はいつも以上に荷物量が多かった。作業員はあまり休憩を取れなく、ひっきりなしに働いた。私は伝票と発注の山に揉まれて事務所で格闘しており、他に構う余裕はなかった。一通り作業が終了して、妹と昼休憩をしようと思ったが、いつまでたっても妹は休憩室に姿を現さなかった。様子を見に倉庫を訪れると、もの凄い衝撃音が走った。


 何かが落ちた。


 同時に、何かが失われた。


 何故かそう確信した。


 これは倉庫会社の不備であった。

 いや、ガバナンスの欠落とも言える。


 増加する荷物量に対応するには倉庫の内部を拡張する以外ないのだが、資金繰りが厳しかったため、そのような対策は行われなかった。会社は売上拡大を目論み、受け入れは拡大した。次第に導線を圧迫してまで荷物は溢れかえるようになり、許容範囲を超えた積み上げが至るところで行われた。そして、無理な積み上げにより不安定になったパレットが落下。妹はその下敷きになり命を落とした。


 起こるべくして起きた悲劇。

 物事は偶然なんてものはない。

 あるのだ。

 小さな不備が。

 ガバナンスの欠落の兆しが。


 死ぬのは妹である必要はなかった。


 ただ。


 分からないことが一つだけあった。


 それは――なぜ、そんな場所に妹はいたのか。


 妹の持ち場は梱包であり、フォークリフトが動き回る場所じゃない。

 なんで、妹はそんな場所をふらふらしていたのか。


 倉庫に限った話ではない。


 いつも、どこかへ。


 ふらふらと。


 ――お姉ちゃんが決めて。


 この言葉には続きがある。


 ――お姉ちゃんが決めて。みんな、そう言ってる。早く連れていって。


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