第13話 オペレーション
榊原店長に事務所に通されるまで、一体何ヶ所の指摘をしたのか。
バイトの声が小さい。
客も少ないのに、入店してもすぐ接客に来ない。
入り口のレジが常に無人でお金の管理が不徹底など。
「教育マニュアルは更新し、周知徹底していますか?」
小雪さんが次々と繰り出す攻めの一手に榊原店長は青冷める。後で確認しますと終始目を合わせなかった。そして、若干張り詰めた空気のなかインタビューが始まった。
監査のインタビューには以下の目的がある。
①責任者が正しく現状を把握しているか
②現状に対して対策を講じているか、
③講じた対策は適切に記録を残して可視化しているか、等。
現場の状況確認だけでなく、PDCAが適切に機能しているかを確認して記録する。完結に説明すればこの三つだが、やってることは根掘り葉掘りに近い。刑事に憧れているのなら、監査を目指すのが良い。きっと、地味で嫌われ役だと理解するから。
「さ、最初は話題になってお客様も絶えなかったんですが、飽きが来たんでしょうか、段々と客足が減っていき、どうしたものかとお」
「理由はどのように考えていますか?」
榊原店長の現状把握は不十分だと言わざるを得ない。
「いや~」「あの~」「頑張ってはいるんですがあ」と歯切れの悪い常套句を挟みながら、これはという対策が打たれていなかった。未経験者でいきなり畑違いの業態の責任者に異動になったので、酷と言えば酷だが、責任者としてこれでは困る。
「こんなに魅力的な商品なのにい」と目だけは欄欄と輝いている。
ここでは定番メニューとして、当社のレトルトカレーやシチューが食べられる。基本となる味は、どこにでも売っている市販品だが、契約農家から仕入れた野菜、肉を具材に入れ、特注スパイスを調合しているので、コクや深みが家庭料理と段違いと謳っている。なかでも、特注スパイスの調達にはわざわざ別会社を立ち上げるほどの念の入れようであり、阿場多新社長が積極的に推し進めている新事業の中核でもある。
僕もサラリーマンの例に倣ってここを食べにきて、SNSへ発信したことがある。確かに、何とも言えない中毒性があったように思えた。妻も気に入っていた。
「熱心なお客様はいるんですよう。何度も何度も同じメニューを注文して」
「再来店は何%ぐらいですか」
「ぱぱ、%ですか」
資料を見せてもらうと、特定の客は店長の言う通り何度も訪問しているが、新規離脱がそれ以上に多い。売上構成も歪だ。半ば信者のような人間が売上を支えていた。
「まずは、もう一度基準に則った活動をされているか自己点検してはいかがですか?」
小雪さんは念仏のようにそう繰り返す。
外食産業の不正の大部分は現物の横領だ。
現金、食材、商品といったものを従業員が勝手に持ち出しをするケース。この辺に関しては、当然の如く、管理帳簿を付け、適切にレジ締め、棚卸を行っていた。そもそもシステムが本社と繋がっているため、不正は起こり難い。そもそも、仮に従業員の不正が起きたとしても、それが売上に直結するわけではない。内部の管理体制はお客様には関係ないベクトルの話なのだ。
「原材料や提供メニューの衛生管理はいかがですか?」
「もも、もちろんきっちりやってます! 当然、O157なんて発生していませんし。なにより先月、保健所から査察が来た時も問題なしとされてます! そこは疑われなくても宜しいんじゃないでしょうか」
「オペレーションは榊原店長の目が行き届いてますか?」
「全く問題ないです! バイトの子達は経験者ばかりを採用してますし。今のご時世バイトを採用するのも難しいんですよう。時給も近隣より高く設定しないとそっちに取られちゃうし、かといって、時給を上げると利益を圧迫するし、値段に転嫁出来ないし」
外食産業は想像以上に大変なんですよ!と目を血走らせた。
監査のインタビューは想像以上に相手を威圧するようだ。詰問口調の小雪さんを前にそう力説すると、彼女はわかりました、と一旦インタビューを切り上げた。
「お、お二人も新メニューを食べてください。味は最高なんですう」
「いえ、結構です。お邪魔になりますし」
小雪さんの冷たい返しに榊原店長は子犬のようにしゅんとなる。
小雪さんはひとます礼を述べて、事務所を後にした。
彼女の存在は異質なのだろう。
僕らは、招かざる客として映っている。
いきなり(正確には無通告ではない)、自分たちの職場にやってきて、適切に業務を遂行しているかチェックしにくる。不備でも見つかろうものなら経営陣に報告される。社内の出世を気にする者なら尚更だが、そうでなくても嫌な気分になる。
僕らは彼らにとってただの異物だ。
その異物の張本人の鋭い視線は暇そうな厨房スタッフに向けられていた。流石に我々がいる前で、ぺちゃくちゃお喋りをしていない。ただ、皆が一様に僕らを眺めている。
まるでこちらが物色されているようだ。
「さっきの顧客管理だけど、偏りが酷いわ」
「といいますと」
「熱心なリピーターって、ほぼここの従業員よ」
「えっ。よくあるブラックじゃないですか。売上の補填を従業員にさせているんですか」
「まあ、そうとも言えない部分があるけど、皆、この店に愛着を感じているのか、榊原店長が従業員に熱心に薦めているか」
「問題ありでしょうか」
「給料天引きならまだしも、サービスの対価が発生しているからすぐに問題ありにはならない。従業員がこの店、料理が好きなら喜ぶことじゃない」
「確かにそうですね」
「仕組みに完璧なものはないけど、合理的に問題ないことが多い。あとは潜在リスクが顕在化していないか、とかね。ヒューマンエラーというのはどこの場面でも起きるから。人の感情は特にね」
「人の感情……ですか」
外に出た途端、どっと汗が噴き出た。
ずっと、へらへらと馬鹿にした笑い声が店内を包み、息苦しさを感じていた。
誰が嘲笑っていたのだろう。
厨房の男の子。ホールの女の子。はたまたまばらな客の誰か。
見えない異物がどこかに潜んでいた。
床の隙間?
ロッカーの中?
厨房の隅?
店内角に位置するお一人様用の席?
姿を見せない異物が獲物を狙うように僕らを見ている。
へらへらと嘲笑いながら、むだむだ、と。
息を潜めてそう囁いている。
静まり返った店内に、僕だけに聞こえた嘲笑。
むだむだ、むだむだ、
むだむだ、むだむだ――
無駄。
何もかも否定するこの言葉が羽音のようにまとわりつき、いつまでも耳朶を震わせた。
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