第11話 アンテナショップ
次の往査先は――郊外に居を構える当社のアンテナショップだ。
ユニバーサル食品の主力事業はカレーやシチューに各種スパイスの製造販売――商品を製造して販売することを生業にしている。ではなぜ、アンテナショップなんて俗物が存在しているのか。
それは、いわゆる社長案件だからだ。
代々梶原家が支配するオーナー企業の当社は、業績低迷を打破するため上場に打ってでた。必然的に経営の透明性に迫られているなか、前社長が五十五歳の若さで急死したことを受けて、外部から阿場多新社長を招聘することになった。
外資系大手コンサルから招聘された阿場多新社長は四十代と若い。所謂ニューリーダーらしく梶原家に右へ倣えの旧態依然の組織の改革に着手した。
赤字部門の撤退から始まり、海外進出、人員刷新などなどドライな改革は続いた。なかでも、阿場多新社長肝いりの改革が新事業の推進だ。
その第一弾が、今から向かうアンテナショップになる。
アンテナショップの事業目的は一言でいえば新規開拓。二年前から新商品のマーケティングを兼ねて、これから売り出そうとする新商品をメニュー化して提供している。
この事業に対する力の入れようはすごい。
SNSを活用した拡散指示を始め、毎月忘れた頃に、食事の奨励が業務通達で飛んでくる。皆、腹の内にどう思っているのか定かではないが、阿場多新社長に取り入って出世をしたい人間は、ここに足繁く通っているようだ。東京支店の西山支店長もその一人だという。
出世欲というのは宗教に似ている。
盲目に従う。
だが、これだけ会社の後押しを受けた新事業は軌道に乗っているかといえば、そうではない。所詮は素人の始めた商売。競合チェーンに押されて、赤字が続いていた。都心の一等地でもなければ、そこまで目新しいメニューを提供しているわけでもない。すぐに世の関心事は移り行き、話題にのることすらなくなった。
念のため聞いてみたが、案の定小雪さんは社長の号令は無視しており、わざわざ食事をしにきたことはないという。
らしいと言えばらしい。
忖度はしないと鼻で笑われた。
「客足が遠のいている理由を確認するのよ」
小雪さんから手渡された資料に視線を落とす。細かい報告書の羅列に頭が痛くなる。現地に着くまでに頭に入れてねと言われたが、大した予備知識もない僕では荷が重い。内部監査というのは、対象先全てを理解する必要があり、読み込む資料が膨大だ。全てを理解することなんて、小雪さんにしか出来ない芸当だろう。
「こちらから提案するんですか? こうした方が客足が伸びる、このメニューが今若い人にうけているとか」
「いや、そんなことはしないわ」
監査ってね。そんな前置きをされて、
「執行には関わらない。努力するのは彼ら。私たちは準拠性に則り、適切にリスクに対応しているかを確認するだけよ」
にべもない言い方だが、突き詰めると内部監査とはそのような意味合いがあるようだ。
なんとも他人事のようで冷たい印象を受けたが、監査とはそういうものだと彼女は言った。こちらが逆に執行(業務)にまで手を伸ばすということは、監査は主体的と見做され、その分、客観性が損なわれるのだという。
「客観性の失われた保証なんて信用に値しない。それに、向こうからしても、短期間で自分たちの業務をチェックしにきた存在に、あれこれ上から口出しされたくないでしょ。余計なお世話だって」
あくまで、傍観者の域を出ない、という意味なのか。
僕にはその良し悪しが未だわからない。
逸脱やリスクを調べて、それを報告して終わり。
問題があっても、解決するのは向こう。
そんなものなのか。
頭に沸いた糸くずに引き寄せられたように、湿った風が二人の間をすり抜ける。微かにアスファルトの汚れ、空中を舞う塵、埃の匂いが鼻を突いた。
もうすぐ雨が降るかもしれない。
ふいに車中で遭遇した赤い女の子の囁きを思い出した。
そおだよねと、全てを諦めたような言葉が耳鳴りのように耳朶に響く。
そうなのか。
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