夜が消えた日

藍条森也

夜を取り戻せ!

 その日、夜が消えた。

 原因は地球に飛来した巨大彗星。その彗星は空中爆発を起こしたため、地上には衝突せずにすんだ。人々は胸をなで下ろした。しかし――。

 思いがけない事態が起きた。爆発した彗星の塵が地球をすっぽり包み込むことで日の光を乱反射させ、地球全体をぼんやりした光に包み込んだのだ。

 太陽の輝く昼が消えたかわり、闇に包まれた夜も消えた。

 言わば、地球全体が白夜に包まれたのだ。

 塵の量と微細さから言って、塵がすべて地上に落ちて夜が戻るまで数十年の時がかかると予測された。

 「まあ、大したことはないさ。困ることと言ったら眠りずらいことぐらいだろう」

 ところが、事態の恐ろしさはすぐにわかった。

 「大変です! 世界中で植物が実をつけなくなりました!」

 「なんだと⁉ どういうことだ⁉」

 「夜が消えたせいです! 植物だって夜は眠り、昼に活動する。その活動時間によって実を付ける時期を知るんです。ところが、その夜が消えてしまった。そのため、植物の体内時計が狂い、実をつけることをしなくなったんです!」

 穀物が実をつけなくなれば世界はたちまち飢えに襲われる。

 自然と夜が戻るまで数十年。しかし、現在の備蓄食糧だけでは数年ともたない。

 夜に閉ざされることで滅亡を迎える。

 そんな予想はさんざんされてきた。だが、夜が消えることで滅亡にさらされる。

 そんなことが予測された試しはなかった。その『予測されたことのない』事態がいままさに起こったのだ。

 なんとしても夜を取り戻さなければならない。

 そのための議論が世界中で交わされた。

 「どうする⁉ どうすればいい?」

 「核ミサイルで塵を吹き飛ばそう!」

 「そんなことをすれば塵はますます高く吹きあがる。地上に落ちるまでの時間が増えるだけだ!」

 「夜が消えたなら作ればいい。世界中の農場を幕で覆って人工的に夜の時間を作ればいいじゃないか」

 「そんなことで覆える面積はたかが知れている! 必要な食糧を賄えるわけがないだろう」

 「では、こんな方法はどうかね?」


 その日、地球上を史上最大の流星雨が覆い尽くした。

 まさに、空一面が激しく輝くほどの流星の群れだった。

 夜を取り戻す。

 そのために採用された方法。それは――。

 空に接着剤をまくことで塵同士を癒着させ、大きな塊として落下させる。そして、大気との摩擦で燃え尽きさせるといういたってシンプルなものだった。

 その日、世界では史上最大の流星雨を肴とする大宴会が繰り広げられたのだった。

                 完

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