: 3p.

風を切って、ナベショー目掛けて飛んでくる。


ナベショーは、とっさに自身の尾を伸ばし、 鈴音を叩き落とすため、鞭の如く振ると、尾をターンして回避してみせた。


「マジかッ!?」


驚きも束の間、そのままナベショーの顔を鷲掴みにし、芝生に押し付けながらえぐり進んでいく。


やがて、そのまま飛翔し、ある程度の高さから投げ捨てられる。


「がふッ!!」


水辺に叩きつけられたナベショーは、あまりの衝撃に怯んでしまう。


これは、ガチでヤベェ!!


水しぶきが舞う最中、鈴音が垂直に落下し、ナベショーの腹部へ拳を入れると、短い悲鳴をあげた。


彼は歯を食いしばり、尾で振り払うが、当たる寸前に避けられてしまい、一旦後退し、距離を置かれる。


鈴音は美術館前にある球体の上で四つん這いになり、歯をむき出しては唸っている。


まるで、猛獣だべよ。


ずぶ濡れで上体を起こし、低い姿勢でゆっくり横へと移動する彼女を見て、そう感じた。


ナベショーから視線をそらさず、警戒しながら一瞬の隙をうかがっている。


今まで、疳によって興奮状態に陥り、暴走した者達を何人も相手をしてきたナベショーだったが、ここまで理性を失った者は初めてだった。


ゆえに、下手な動きができない。


ナベショーは、何とか立ち上がり、水を吸った服のせいで、ますます動きが鈍くなってしまう。


とにかく、陸に上がらないと━━。


緊迫した空気の中、ナベショーは、賭けに出た。


重い足取りで駆け出し、 水辺から上がろうと試みる。


しかし、隙を見せた彼に、彼女は口から怪音波を撃ち放った。


まさかの必殺技に、ナベショーは驚き、直撃しては図書館側の窓も盛大に割れてしまった。


ナベショーは、勢いよく壁に激突し、地面に倒れ込む。


「うッ、ぐッ…」


うずくまりながらも、無理して立ち上がろうとするが、負ったダメージが非常に大きく、力が抜けてしまう。


がッ、ガチでヤベェ━━。


ピンチに追いやられ、焦り出したその時━━。


お疲れ・・・ナベショー・・・・・


新たな声が聞こえ、鈴音は、とっさに振り向くと、 そこには、直樹の姿があった。


「それと、一応、初めましてかな。

星さん」


直樹は駐輪場から現れ、鈴音へ気の抜いた挨拶を交わす。


なッ、なっくん…。


倒れているナベショーを、遠くから視認し、平然と鈴音へ声をかける。


「誤解してるようだけど、オレ等は、そこで寝ている友達のように、疳の虫っていうのを払ってるんだ」


芝生で気を失っているサラを指摘し、鈴音は威嚇しはじめる。


「オレ等は、それを━━」


やがて標的を変え、一直線に直樹に向かって飛んでいった。


「“害虫駆除”って呼んでるんだ」


すると、鈴音の体がピタッと宙に止まった。


「ねッ、ケータ君」


直樹がそう言うと、駐輪場からふらつきながらも、左目を開眼したケータが現れた。


口元には、血を拭った痕があり、ケータは、直樹の横を通り過ぎ、ゆっくり鈴音の元へと向かっていく。


彼女は、悪あがきで口から怪音波を放った。


「させないよ」


しかし、 蛇眼によって、怪音波も時が止まったかのように静止されてしまった。


鈴音と対面したケータは、落ち着いた空気を醸し出しているのだが、どこか殺気が滲み出ているのが分肌で分かる。


ゾッと悪寒を感じた鈴音の疳は、赤く染まった蛇眼が余計に際立って見え、身の危険を案じた。


「大丈夫、すぐ終わるから」


そう告げて、手を伸ばしたその時だった。


「えッ!?」


突如、二人の間に志保が割って入ってきたのだ。


走ってきたのか、呼吸は荒く両手を広げてケータの前に立ちはだかる。


「小賀坂、さん!?」


いきなりの登場に驚いたが、何より彼女の行動にも動揺を隠せない。


あとから、未来も息を切らして合流し、小休憩してから図書館で倒れているナベショーの元へと向かった。


「小賀坂さん、そこどいて━━」


しかし、志保は首を振って拒否する。


そして、動きを封じられている鈴音と向き合い、そっと抱きしめた。


志保の温もりに触れて、敵意が徐々に落ち着いていく。


やがて翼をしまい、彼女の疳は身を引いて、心層に潜っていった。


これには、ケータも驚き、つい異能を解いてしまった。


鈴音の体重が志保にのしかかり、お互いにその場に座り込む。


「し、ほ…?」


我に返った鈴音は、か弱い声で名を呼んだ。




━━ 一週間前、鈴音が去った後、志保は、元同級生の菊乃から事情を聞いていた。


「二人が階段で喧嘩しているのを、たまたま立ち聞きしてしまって、それであんなことを…」


地下へと通じる入口で二人は座り、菊乃は、当時の出来事を振り返った。


「我ながら最低だったと思うけど、嫌だったのッ、つらかったのッ。

スズちゃんが、今まで会った誰よりも頼もしくて、優しくて、格好良かったから。

そんなスズちゃんと仲良くなりたくて、声をかけるようになったんだけど、スズちゃんのことを、知れば知るほど夢中になっていた。

あんなに誰かに夢中になったのは生まれて初めてだったのッ。

だから、もっと一緒にいたい、キクだけを見て欲しい。

想いは、日に日に増していった。

でも時々、友達の話をされて、その度に胸が苦しかった。

キクの知らないところで、キクの知らないスズちゃんを知ってる。

たまらなく悔しくて、耐えられなかった。

許されないことなのは分かってる。

だからッ、だからッ、あの日から、ずっと━━」


話す度に前のめりになり、やがて顔を隠しながら涙を流しだした。


志保は、事の顛末を聞き、すすり泣く彼女の横で、静かに耳を傾けていたのだった。




「━━どう、して」


どうして、志保がここに?


どうして、志保が泣いて?


疑問が次々湧いてくるが、頭がボーッとしていて、うまく機能しない。


志保は、鈴音を抱きしめたまま、すすり泣いている。


ただ、言葉などなくとも、鼓動、体温、抱きしめ方から慈愛が伝わってくる。


アタシ、何度も志保の厚意を無下にしてきたのに…。


志保に嫌われても、おかしくないのに…。


歓迎会だって、アタシ…、事情の知らない志保を置いて…。


「ごッ、ごめッ、しほッ…、ごめッ…」


涙があふれ、声が震える。


彼女に対し、申し訳ない気持ちがこみ上げてくる。


どうしたら許してくれるかわからない。


だから、今だけは精一杯謝らせてほしい。


泣きじゃくりながら、何度も何度も志保の胸の中で謝った。


そんな二人をケータは戸惑い、躊躇っていた。


オレは…、どうすれば…。


先ほどまでのやる気も完全に失せてしまい、動揺していると、図書館の階段から、負傷したナベショーが未来の肩を借りて一段ずつ降りてきた。


「何やってんだで…、オメェしか駆除できねェんだぞ」


「ナベショー、無茶すんなって」


珍しくボロボロのナベショーが、痛みに耐えながらこちらへと向かってくる。


そこへ、ケータの肩に直樹が手を置いた。


察してくれたのか、マスク越しでも若干表情が柔らかくなったのが分かり、そのまま彼女たちの前でしゃがみこむ。


次の瞬間、直樹の発言で全員の思考が停止した。


「星さん、特設帰宅部ウチに入らない?」





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