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風を切って、ナベショー目掛けて飛んでくる。
ナベショーは、とっさに自身の尾を伸ばし、 鈴音を叩き落とすため、鞭の如く振ると、尾をターンして回避してみせた。
「マジかッ!?」
驚きも束の間、そのままナベショーの顔を鷲掴みにし、芝生に押し付けながらえぐり進んでいく。
やがて、そのまま飛翔し、ある程度の高さから投げ捨てられる。
「がふッ!!」
水辺に叩きつけられたナベショーは、あまりの衝撃に怯んでしまう。
これは、ガチでヤベェ!!
水しぶきが舞う最中、鈴音が垂直に落下し、ナベショーの腹部へ拳を入れると、短い悲鳴をあげた。
彼は歯を食いしばり、尾で振り払うが、当たる寸前に避けられてしまい、一旦後退し、距離を置かれる。
鈴音は美術館前にある球体の上で四つん這いになり、歯をむき出しては唸っている。
まるで、猛獣だべよ。
ずぶ濡れで上体を起こし、低い姿勢でゆっくり横へと移動する彼女を見て、そう感じた。
ナベショーから視線をそらさず、警戒しながら一瞬の隙をうかがっている。
今まで、疳によって興奮状態に陥り、暴走した者達を何人も相手をしてきたナベショーだったが、ここまで理性を失った者は初めてだった。
ゆえに、下手な動きができない。
ナベショーは、何とか立ち上がり、水を吸った服のせいで、ますます動きが鈍くなってしまう。
とにかく、陸に上がらないと━━。
緊迫した空気の中、ナベショーは、賭けに出た。
重い足取りで駆け出し、 水辺から上がろうと試みる。
しかし、隙を見せた彼に、彼女は口から怪音波を撃ち放った。
まさかの必殺技に、ナベショーは驚き、直撃しては図書館側の窓も盛大に割れてしまった。
ナベショーは、勢いよく壁に激突し、地面に倒れ込む。
「うッ、ぐッ…」
うずくまりながらも、無理して立ち上がろうとするが、負ったダメージが非常に大きく、力が抜けてしまう。
がッ、ガチでヤベェ━━。
ピンチに追いやられ、焦り出したその時━━。
「
新たな声が聞こえ、鈴音は、とっさに振り向くと、 そこには、直樹の姿があった。
「それと、一応、初めましてかな。
星さん」
直樹は駐輪場から現れ、鈴音へ気の抜いた挨拶を交わす。
なッ、なっくん…。
倒れているナベショーを、遠くから視認し、平然と鈴音へ声をかける。
「誤解してるようだけど、オレ等は、そこで寝ている友達のように、疳の虫っていうのを払ってるんだ」
芝生で気を失っているサラを指摘し、鈴音は威嚇しはじめる。
「オレ等は、それを━━」
やがて標的を変え、一直線に直樹に向かって飛んでいった。
「“害虫駆除”って呼んでるんだ」
すると、鈴音の体がピタッと宙に止まった。
「ねッ、ケータ君」
直樹がそう言うと、駐輪場からふらつきながらも、左目を開眼したケータが現れた。
口元には、血を拭った痕があり、ケータは、直樹の横を通り過ぎ、ゆっくり鈴音の元へと向かっていく。
彼女は、悪あがきで口から怪音波を放った。
「させないよ」
しかし、 蛇眼によって、怪音波も時が止まったかのように静止されてしまった。
鈴音と対面したケータは、落ち着いた空気を醸し出しているのだが、どこか殺気が滲み出ているのが分肌で分かる。
ゾッと悪寒を感じた鈴音の疳は、赤く染まった蛇眼が余計に際立って見え、身の危険を案じた。
「大丈夫、すぐ終わるから」
そう告げて、手を伸ばしたその時だった。
「えッ!?」
突如、二人の間に志保が割って入ってきたのだ。
走ってきたのか、呼吸は荒く両手を広げてケータの前に立ちはだかる。
「小賀坂、さん!?」
いきなりの登場に驚いたが、何より彼女の行動にも動揺を隠せない。
あとから、未来も息を切らして合流し、小休憩してから図書館で倒れているナベショーの元へと向かった。
「小賀坂さん、そこどいて━━」
しかし、志保は首を振って拒否する。
そして、動きを封じられている鈴音と向き合い、そっと抱きしめた。
志保の温もりに触れて、敵意が徐々に落ち着いていく。
やがて翼をしまい、彼女の疳は身を引いて、心層に潜っていった。
これには、ケータも驚き、つい異能を解いてしまった。
鈴音の体重が志保にのしかかり、お互いにその場に座り込む。
「し、ほ…?」
我に返った鈴音は、か弱い声で名を呼んだ。
━━ 一週間前、鈴音が去った後、志保は、元同級生の菊乃から事情を聞いていた。
「二人が階段で喧嘩しているのを、たまたま立ち聞きしてしまって、それであんなことを…」
地下へと通じる入口で二人は座り、菊乃は、当時の出来事を振り返った。
「我ながら最低だったと思うけど、嫌だったのッ、つらかったのッ。
スズちゃんが、今まで会った誰よりも頼もしくて、優しくて、格好良かったから。
そんなスズちゃんと仲良くなりたくて、声をかけるようになったんだけど、スズちゃんのことを、知れば知るほど夢中になっていた。
あんなに誰かに夢中になったのは生まれて初めてだったのッ。
だから、もっと一緒にいたい、キクだけを見て欲しい。
想いは、日に日に増していった。
でも時々、友達の話をされて、その度に胸が苦しかった。
キクの知らないところで、キクの知らないスズちゃんを知ってる。
たまらなく悔しくて、耐えられなかった。
許されないことなのは分かってる。
だからッ、だからッ、あの日から、ずっと━━」
話す度に前のめりになり、やがて顔を隠しながら涙を流しだした。
志保は、事の顛末を聞き、すすり泣く彼女の横で、静かに耳を傾けていたのだった。
「━━どう、して」
どうして、志保がここに?
どうして、志保が泣いて?
疑問が次々湧いてくるが、頭がボーッとしていて、うまく機能しない。
志保は、鈴音を抱きしめたまま、すすり泣いている。
ただ、言葉などなくとも、鼓動、体温、抱きしめ方から慈愛が伝わってくる。
アタシ、何度も志保の厚意を無下にしてきたのに…。
志保に嫌われても、おかしくないのに…。
歓迎会だって、アタシ…、事情の知らない志保を置いて…。
「ごッ、ごめッ、しほッ…、ごめッ…」
涙があふれ、声が震える。
彼女に対し、申し訳ない気持ちがこみ上げてくる。
どうしたら許してくれるかわからない。
だから、今だけは精一杯謝らせてほしい。
泣きじゃくりながら、何度も何度も志保の胸の中で謝った。
そんな二人をケータは戸惑い、躊躇っていた。
オレは…、どうすれば…。
先ほどまでのやる気も完全に失せてしまい、動揺していると、図書館の階段から、負傷したナベショーが未来の肩を借りて一段ずつ降りてきた。
「何やってんだで…、オメェしか駆除できねェんだぞ」
「ナベショー、無茶すんなって」
珍しくボロボロのナベショーが、痛みに耐えながらこちらへと向かってくる。
そこへ、ケータの肩に直樹が手を置いた。
察してくれたのか、マスク越しでも若干表情が柔らかくなったのが分かり、そのまま彼女たちの前でしゃがみこむ。
次の瞬間、直樹の発言で全員の思考が停止した。
「星さん、
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